Track 3-4

 亜央は、先輩の相原誠哉の言葉にハッとした。


 1番自由に動けるのは、センターの隣……。


 半分冗談、半分本気で理玖に「お前からセンター奪ってやる」と言い放ち、一人だけ違う場所でアドリブの振り付けを入れて、目立つようなこともした。

 雑誌の集合撮影ではわざと目線を外してみたり、一人だけ微妙に指定と違うポーズをしてみたりした。


 だけどもし、センターがそれをやっていたら?


「グループの雰囲気壊してる」


「自分しか見えてない」


 きっとそんなことを言われていただろう。だって、センターはグループの色を決めてしまうのだから。

 理玖には圧倒的な華がある。李智にも似たものを感じる時がある。存在するだけで、街一つ分の明かりを賄ってしまいそうなくらいの輝きを持ち、皆がその一挙手一投足に目を奪われてしまうのだ。


 だけどその華が、亜央や我来などΦalの他のメンバーを枯らすことはなかった。センターのせいで個性が消えた人間なんて、いなかったのだ。

 ハジン達のプロデュースが上手かっただけじゃない。そこにはきっと、亜央の自由さを受け入れて、全体を調整してくれた理玖の努力がある。


 胸に手を当ててみれば、思い当たる節がいくつもあった。


 新曲にしても、過去曲のリミックスにしても、センターの理玖とリーダーの莉都は「亜央、どこの振りアレンジしたい?」と最初に聞いてきてくれていた。亜央が振り付けに強いこだわりを持っていることを、知っているからだ。


 理玖とのデュエット曲も、メロディと振り付けのベースは亜央に任されていた。作詞は苦手だったし、理玖が作詞に意欲的だったから、単に互いの長所を活かしただけだと思ってたけど。本当は理玖が、亜央の好みと強みを見極めていたのかもしれない。亜央の作曲と振り付けがやりたそうな猫目を見て、自分の役割を決めたのかもしれない。


 自分にそんなことが、できただろうか?

 自分だったら、きっと……。


 考えただけで嫌になる。

 李智の代わりにセンターを務めるんだって責任背負ったつもりでいて、本当は自分が好き勝手できると思い込んで、舞い上がって。


 今は李智の姿を借りているから最年少に見えているけれど、中身の亜央の年齢はNext Gleamingの中でも兄組に当たる。そんな人間が、こんなにもいい加減な気持ちでセンターを担っていたことに、本気で嫌気が差した。


 消えたい。

 すごく、消えたい。


「李智、お前には華がある。圧倒的な華がな。みんながどれだけ悔しがって、地団駄踏んでも手に入らない華が。その華の咲かせ方だけなんだよ、今の李智に必要なのは」


 亜央はゆっくりとかぶりを振った。


 違うんだ、誠哉くん。

 俺は李智じゃないから。天馬亜央だから。

 理玖とか李智みたいに、華のある人間じゃないから。

 咲かせ方とかじゃない。そもそも俺には、咲かせるものがない。


 亜央はいても立ってもいられなくなって、レッスン室を飛び出した。


「おい、待てって!」




 ☆




「はぁっ、はぁっ、待てって李智。レッスン後にこんなに走らせんなよ俺を」


 振り向かなくても分かる。

 自分を追いかけてきたのは、シンメだって。


 レッスン室を出て、廊下を走り抜けて、階段を2階分下がって、撮影スタジオの並ぶフロアへ。

 その中に一つ、予約なしで使えるダンススタジオがある。そのリノリウムの床に、亜央はへたり込んでいた。


 真っ暗なスタジオに、未地の姿が鏡越しにちらりと見える。振り向かずに亜央は口を開いた。


「走らなくていいのに」


「走るよ。センターが逃げ出したんだから」


「……ほっといて」


「それは無理だ」


「ほっとけよ!」


 つい、天馬亜央の気性の荒さが出てしまった。今は李智の体なのに。

 暗がりでもはっきりと分かるほどに目を見開いた未地に向き直って、すぐに「ごめん」と目を伏せた。


「俺も悪かった。もう行くよ」


「いや待って、未地」


「……気にすんな、李智。20歳の俺でも聞いてて難しいこと、誠哉くんから言われたんだ。15のお前に一発で理解しろって方が酷だろ」


「でも、ぼ……僕は、センターだから……」


「李智さ、お前本気なんだな」


「は?」


「お前、やっぱ本気でセンター守りたいんだな。悔しいって顔に書いてある」


「そんなわけ」


「お前と伊達にシンメやってねぇってば。なぁ、センター守りたい理由は何? 欲? 憧れ? 社長との約束?」


「約束……?」


 亜央は社長との約束の意味が分からず首を傾げたが、未地には単に否定と捉えられたようだった。


「約束じゃないのか。じゃあ理玖くんへの憧れ?」


 理玖というよりは、天城匠斗への憧れかもしれない。幼少期の自分が見ていた景色を、そのまま舞台と客席を逆にして再現したいという気持ちだろうか。


 逆に言うと、それ以外に理由があるだろうか。

 自分に向いていないと悟ってしまった立ち位置を、天城への憧れだけで目指してしまっていいんだろうか。


 自分には、何ができるんだろう。

 センター・神城理玖の隣として。

 時に理玖のシンメとして。


 そういう意味で、未地はΦalにいる時の亜央と同じポジションにいる。

 未地はNext Gleamingにおける存在価値を、どう捉えているんだろう。


 そう思った時、未地がいつの間にか亜央の隣であぐらをかいて、ぽつぽつと話し始めた。


「俺さ、今の李智もいいと思ってるんだよね。ハングリーな李智。華のある李智がパワーアップしたら、絶対Next Gleamingは見たことない場所に行ける。だから俺……この前センター奪いたいなんて言ったけど、あれ嘘な。単に李智がハングリーになった理由が知りたくて、もっと火をつけたくてああ言っただけなんだ。

 『AviewSE』のショーケースやってて隣で思った。本気の李智タダモンじゃねぇって。その時悟ったんだよ。俺には俯瞰する力はあるけど、絶対センターにはなれないし、なれても李智と同じグループにはなれないだろうし、違うグループで競ったら絶対負けるって。そんくらい衝撃だった」


 亜央は未地の三白眼を思わず見つめる。

 亜央のダンスは、未地にもしっかり伝わっていたのだ。


「でも俺には何もできないって諦めたわけじゃない。俺は……絶対お前とデビューしたい。だからお前がセンターで苦しんでる時は、俺も一緒に悩みたい。華はないけど、しんどさとか苦しさとか、それを分かってやることは多分できるから。センターの1番近くにいることが、俺多分1番楽しいんだと思う」


 センターの1番近く。

 誰よりも近くで理玖を見て、時には支えながら自分の色を作る。

 センターにも関われるし、実は最も美味しい所なのかもしれない。


 でも、なぜ……。


「なんで、そんなに僕と一緒に……?」


 未地はアホな質問すんなよ、と李智の肩をポンと叩いた。


「俺こそが李智の唯一無二のシンメだって、誇り持ってるからだよ。お前と歌って踊ってる時が1番楽しいから。1番いい景色見られるから。それだけだ」

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