Track 2-4
あの後、マネージャーの浅倉の車には乗らず、
帰宅して、宅配で夕食を頼み食べ終わると、少し気持ちが落ち着いてきた。
まだ何が悔しかったのか、そもそも悔しいという感情だったのかすらも分からない。ただ、本物の
動画配信の出演取り消しに活動休止。
何から話せば良いのだろう。
食べ終えたままのプラスチック容器を前に体育座りをしていると、隣に置かれたスマホが震えた。震える時間がいつもより長く、誰からの電話だろうと思って画面を見ると、李智が今最も話したくない人の名前が映し出されていた。
映し出されたのは、李智自身の名前。つまり電話の相手は、天馬亜央だ。
『もしもし……』
『あぁ、もしもし。李智? ごめんな急に電話して。何かメッセージ打つのめんどくさくってさ。今平気?』
『あぁ……大丈夫です。何かあったんですか』
『いや別に。ただ最近連絡してなかったからさ。急に
『あ……まぁ、はい』
『まぁ……急に4歳も年上の先輩の体になっちゃったんだから、大変じゃないわけないよな。何かあったら俺に言えよ? 体は変わってあげられないけど、多少の経験則で話せる部分はあるから』
いつもファンの前ではクールで、近寄り難いような危険な雰囲気を纏わせ虜にする亜央から吐き出される言葉が、とても優しい。そのせいで、先ほどハジンにかけられた言葉の痛みを思い出してしまって、その瞬間、李智の目頭が急激に熱を帯び始めた。
『……っ、う……っ』
『……おい? どうした? 李智、お前……泣いてんのか!?』
『亜央くん! ごめんなさい!……僕の、僕のせいでっ!』
『ん?』
『実は、僕……ハジンさんに、活動休止を言い渡されました』
『え?! えっ、えーっと、待て待て待て。ごめん、状況飲み込めん』
電話の向こうで、えっ、えっ、と連呼する亜央に、本当に申し訳なくなる。
『今日の……バラエティ収録は、参加できたんですけど……その後急遽やった動画撮影は、僕以外の4人で撮影してるみたいです。僕が動画のセリフ、言えなかったのをハジンさんがたまたま見ていて……僕、亜央くんの足を引っ張らないって決めてたのに……』
あぁ、ついに言ってしまった。
電話の謝罪だけでは許されない。対面で土下座したとしても、殴られて当然のことをしでかしてしまった。
電話の向こうの亜央は黙っていた。天井がどんどん自分に迫ってくるくらいの、空気の重たさを李智は感じていた。
長すぎる沈黙に、窒息しそうになる。だが、言葉を催促できる立場ではない。
『……李智』
ようやく亜央が喋った。
さっき流れた涙が乾くくらいの時間が経っていた。
『は、はい』
『ハジンに何て言われた?』
『え……えっと、僕のミスには誠意がないとか、私の方がヤケドしそうなパッションがなさすぎる、とか、
でも、確実に僕が悪いんです。スケジュールについていけなくて、いつの間にか目の下にクマ作ってて、Φal兄さんのすごさに見惚れるだけで、ぼーっとして』
『誠意とパッション、ねぇ……』
再び亜央はしばし黙り込み、そして語りかけた。
『なぁ李智。これチャンスじゃねぇの? 自分で一回、考えてみなよ。俺に対して申し訳ねぇとか、クマできちゃったとか、今そういうのいいから』
『え? チャンス?』
『俺も正直分かんねぇよ。アイドルの誠実さとかパッションとか。ハジンの言うこと、俺半分くらい理解できてないまま、活動してた気ぃするもん。
李智さ、俺の部屋最初見た時ギョッとしたろ? 俺はただ何となく、姉ちゃんの影響で
『で、でも、僕は時間がかかってしまうかも……』
『李智の期末テストまでには答え見つけて欲しいけどな。あと1ヶ月くらいか。一人だけ活動休止って、目立って逆に良くね? 俺目立つの好きだし』
『本当、亜央くんと僕は性格が正反対ですね……』
『そうだな。でも俺さ、信じてるから』
『信じてる?』
『おうよ。お前さ、俺にないものあるじゃん。
だからきっと李智は答えを探して、しれっと活動復帰するって俺は思ってる。お前は俺とは違って、よく考えるタイプだし。
もし俺が俺のままで、さっきのハジンのセリフ投げられてたら、俺多分ハジンのことぶん殴って退所してそうだもん。まぁ
『我来くん、確かにハジンさんに掴みかかろうとして、理玖くんに止められてました』
『ハハっ、そうだろ? 俺の思った通り』
『……あの、僕、ハジンさんに怒られた後、亜央くんのロッカー、拳で殴っちゃいました。少し凹んだかもしれません』
『何、殴ったの? へぇ、李智も悔しがるんだね』
『……これ、やっぱり悔しかったってことなんですかね? 亜央くんへの申し訳ない気持ちとか、今までにない怒られ方で怖かったりとか、急に涙が出てきたりとかして。なんで泣いてるのか、分かんなくて。アイドルやってて、こんなの初めてで』
すると、亜央は途端に大声で笑い出した。M-1で優勝した芸人のネタでも見ているような笑い方をして、時々しゃくりあげている。李智には意味が分からなかった。
『李智っ。お前、今週中には活動再開しそうだな』
じゃあ切るぞ、俺明日も中学校なんで! あとクマにはコンシーラー塗ってくれよ、と弾丸のように言って、亜央は電話を切ってしまった。
亜央に怒られなかったことに安心しつつも、心の奥がざわざわとしていて、心地が悪い。
李智には分からない。なぜ彼があんなに笑ったのか。
亜央よりは勉強が得意なはずなのに、彼の真意は全く掴めなかった。
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