Track 2-7
高久社長やプロデューサーの部屋が集まるブースに足を踏み入れ、ハジンの部屋の前で足を止める。入室状況を示すドア横の小さなプレートは、「在室」となっていた。深呼吸をしてから、李智はドアをノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアを開けると、ハジンは目を丸くした。
「
「……はい。ぼ……俺が何に対して怒られたのか、分かりました。ツアーが終わってからどこか歯車がズレてしまって、デビューしてもずっと貪欲でいる様子、仕事だけに真っ直ぐ向き合う姿勢が、あの時の俺にはありませんでした。時間管理がうまくできてないまま、無理なトレーニングとかやって、肝心の仕事の準備が遅れて。
gloocuyの皆さんは、デビュー後もたくさんぶつかって、泣いて、センター争いして、とことん話し合って、セールスでも視聴率でもチャンネル登録でも一位を取るんだって言ってたのに。最近のΦalには、それがなかった。
お、俺は……
ハジンは腕組みをして座りながら、李智の言葉を黙って聞いていた。
「……それで?」
「それで……だから……あの、活動休止して、動画が4人になって、SNSも更新できなくなって、でもファンの人があんなに反応してくれて……。
実はさっき、りと兄も話に来てくれて……。自分が大事にしなきゃいけないのは、ファンとメンバーなんだって。それが分かったから……。
だから、ぼ……俺は、活動復帰が、したいです。これからはもっと、丁寧に仕事に向き合います。そして、ハングリー精神を大事にします。gloocuyみたいな、刺激的なグループになりたいから」
「そうですか。どうします?」
「え?」
「活動休止していた理由、メディアにどう伝えますか? 何も言わないままだと多分、メディアやファンが、なんでだったんだろう? って思うままです」
そういうのを決めるのは運営側の仕事だと思っていたが、今回は李智に任されるらしい。
「亜央。体調不良ってことにしておきますか?」
「あ……いえ! 事務所のブログ、俺に書かせてもらえませんか」
ハジンはその円な目を見開き、勢い良く椅子から立ち上がった。
「えっ! そ、それは……大輔さんに聞いてみないと」
「自分から、高久社長にお願いしてみます」
流石に私から話を通さないと、と言うハジンを残して部屋を出て、隣の社長室に李智は突っ込んだ。天馬亜央ならきっとこうする、と考えて。
そして社長に事の顛末を話し、ブログを自分で書く許可をもらった。
亜央本人には事後報告になってしまうが、きっと彼は李智の決断を支持してくれると信じるようになっていた。あのΦalの絆をこの目で見たのだ。間違いない。
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Φalファンの皆様
こんにちは。天馬亜央です。
この度は、突然活動休止となり、皆様に多大なるご迷惑をおかけしまったこと、心よりお詫び申し上げます。
この理由について、自分の口からお伝えしたいと思ったため、このブログに書かせていただきたいと思います。
休止した理由は、体調不良でもスキャンダルでもありません。
自分自身のアイドルとしての熱意が足りず、プロデューサーの叱責を受けたためです。
Φalとしてデビューして、やっと芸能界のスタートラインに立っただけなのに、いつの間にか油断していました。センターじゃなくても、リーダーじゃなくても、メンバーとしては安泰だって思い込んでしまって、それが撮影現場でのミスを生みました。これがこの前の動画が4人になった理由です。準備不足でセリフがたくさん抜けてしまい、撮影を止めてしまったんです。
この時代、日本にもアイドルはごまんといるし、海外にだって有名で力のあるアイドルはたくさんいる中で、僕達はその競争に入っていかなければいけません。
ファンの方々もそれを分かっているからこそ、Φalが埋もれないようにセールスを押し上げてくれたり、SNSでいっぱい拡散してくれたりしている。デビュー記念ツアーでも、みんなの熱気がたくさん伝わってきたからこそ、僕達は無事にツアーを完走することができました。
なのに、僕はその競争を自ら放棄して、メンバーに迷惑をかけました。多くの練習生の中から選抜してくれたハジンさんにも、迷惑をかけました。そしてファンの皆様にも、たくさんの心配と迷惑をかけました。本当にごめんなさい。
この一週間、とても長く感じました。そして、自分がΦalであることの意味を、たくさん考えました。
活動を休止して改めて、ファンやメンバーなど、自分を自分として見て支えてくれる人の大切さとか、この世界でガッツを持って生きていくことの重要性がよく分かりました。休んで現場を離れることでしか気づけなかった自分が馬鹿だと思います。申し訳ありませんでした。
これからはまた、自分の行動に強い責任を持って活動していきたいと思います。ファンの皆様の期待に応えられるように、期待以上の結果を出せるように、精進します。
Φalでもっと目立って、グループの良さをもっと多くの人に伝えられるように努力して、世界一のアイドルになります。だから、これからも応援してくれたら嬉しいです。
高久社長と朴プロデューサーの許可をいただけたので、本日より、天馬亜央はΦalとして活動を再開します。
これからもどうか、Φalをよろしくお願いいたします。
High Gleaming Entertainment
Φal 天馬亜央
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「社長。これで、出していいですか」
「ここまで赤裸々に書いて良いのか? 芸能界は、多少の嘘も求められる世界だよ」
「それでも……ちゃんと説明した方が、ファンの皆さんに信頼してもらえると思うから、それでいいんです」
「そう。じゃあ、これで世に出すよ。本当にいいんだね」
「お願いします」
李智は社長室に乗り込んできた時とは打って変わって、深くお辞儀をしてから社長室を出た。晴れやかな気分だった。
きっと大丈夫。いつまでになるかは分からないけど、僕が亜央くんの場所を全力で守ってみせる。Φalとして、ちゃんとアイドルになってみせる。
一方、社長室に一人残された高久はブログの公開手続きをして、ぽつりと呟く。
「信頼、ねぇ……」
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