第16話 叶えられる未来
「佳織ぃ」
ハンドルを握る紘平が、左手を離して佳織の座る助手席側の窓を指さす。
母親に夕飯がいらないことを伝えるメールを打っていた佳織は携帯から視線を上げた。
「なに?」
「あそこなんてどうだ?」
「え・・・なにが?」
話が見えずに彼の指先を辿る。
あ・・・・
歩道の向こうに見えたのは、大きな結婚式場。
ついこの間テレビでもCMを見たばかりのそこは、屋上庭園での挙式と、ガーデンウェディングが人気らしい。
「・・・それって・・」
宙ぶらりんなままだった佳織と、戻って来た絋平が再会してから半年。
最早、社内でふたりの関係を知らない人はいない。
隠すつもりなんてなかったけれど。(悪いことしてるわけじゃないし・・)絋平がどこでも佳織の名前を呼ぶのであっという間に噂が広がってしまったのだ。
以前の恋が、公にできるものでなかった佳織にとっては、まわりからの反応が新鮮でしょうがない。
みんなから”付き合ってるんだね”って言われるのは・・意外と悪くない。
人目を憚らずにいられる自分がとても楽で、幸せだってことを初めて知った。
決して恋愛に左右されるような女じゃないと思ってたけど。
社内恋愛がおおっぴらになったことで開き直って”幸せ”そうにしていられる意外と”恋愛主義”な自分に驚いたり。
忘れかけてたけど・・・私も”オンナノコ”だったんだなぁ。
一瞬見えた綺麗な式場に心躍る程度には。
「そろそろ、結婚しないか?」
強気、強引、利己主義。
見事に三つ揃った彼から出てきた言葉は”問いかけ”だった。
どんなに強引な手を使っても、大事な所では佳織の意見を尊重するのだ、紘平は。
だから、嫌いになれないんだと思う。振り回されるってわかってても・・・
”嬉しい”とか”感動”とか普通の女子が抱くべき感情とは違って佳織の胸に浮かんだのは、
”違和感”だった。
だって・・・一生純白のドレスを着ることはないって思ってたから・・・
苗字が変わることも、家族を持つことも何もかも、まるで実感が湧かなかったのだ。
それに。
そういう関係になってからまだ三か月だ。
ってこーゆーこと言うから婚期逃してきたんだろうなぁ・・・
自分の現状を苦々しく把握しながら口を開く。
「そろそろって・・・私たちがちゃんと付き合ってからどれくらいか知ってる?」
「もうすぐ三か月」
「・・・は・・早すぎない・・?」
「遅すぎる位だと思ってるけどな」
「・・・な・・なんで」
「本当なら、九州に連れて行くつもりだったし」
「あ・・あれは・・」
「あの時、少しも迷わなかったか?」
”一緒に行こう”
文字通り”すべて”をかけた恋を終わらせてズタボロ状態の佳織を必死に支えてくれた人。
その彼の言葉に、選んだ答えは”行けない”だった。
次の幸せや、新しい恋。
そんなものを見つけることも、見つけようとする自分も許せなくて、怖くて、逃げた。
だから、寂しくて泣いた。
紘平がくれた優しい時間が恋しくて彼と過ごした時間が愛しくて。
会いたくて、泣いた。
かぶりを振って口調を荒げる。
「そんなわけないでしょ!」
「泣いた?」
「・・・そういうこと言わせないでよ」
「だって俺は、笑って見送ってくれたお前しか知らねぇよ。知る権利あるんじゃねぇの?」
「・・・泣いたわよ・・・悪い?」
不貞腐れてそっぽ向いたら、彼の左手に頬を撫でられた。
佳織が拗ねた時に限って、彼はうんと優しい。
”放っておいて”と言いながら一番側にいて欲しい事を、紘平は経験から知っているのだ。
「やっぱり、早く結婚しよう」
「・・・なんでいきなり話飛ぶのよ?」
「お前がどれだけ、俺のこと好きかわかったから。結婚しない理由が見つかんねェよ?海外挙式がいい?それとも、チャペルにする?2次会は仲間うち呼んで派手にしたいよなぁ」
「あのねぇ・・・」
呆れた顔で呟く佳織の唇に人差し指を当てて紘平が短く告げる。
「反論禁止。ハイって言え」
「・・・・」
「佳織、結婚しよう」
赤信号で車が止まると同時に、佳織の気持ちも固まる。
悔しいけど。
「・・・ハイ」
小さく頷いたら、紘平がほっとしたように笑った。
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