番外編・・・一話完結なのでどっから読んでも問題なし

第21話 ホームメイド

買い物から帰って来るなり荷物を置くのも忘れて佳織が言った。


「ねえ!紘平金づち何処だっけ?」


”金づち”


佳織が”正しく”使う所を想像すらできない。


なので、俺は思ったままを口にした。


「何処壊す気だ、奥さん」


「はぁ!?」


予想通り剣呑な視線が突き刺さる。


佳織のこの強気加減は結婚前も今も一向に変わらない。


同期の間では有名な”男勝りツートップ”とは佳織と亜季の事だ。


正論をどこまでも貫く潔さと、向う見ずな正義感は、仲間内では湛えられるが傍で見ているこっちはハラハラして落ち着かない。


佳織は自分に付く”傷”には驚くほど無頓着だから尚更だ。


「あのねえ、壊すようなトコないでしょうが。作るの、ホームメイドするの!」


「誰が」


「わ、た、しが!」


腰に手を当てて踏ん反り返った佳織が自信たっぷりで言い放つ。


こうなったら手に負えない。


俺はとりあえず問いかけてみる。


「ところで何を作る予定だ?」


「スパイスラック」


「え?」


言われても意味がすぐに理解できない。


そんな俺に向かって、嬉しそうに佳織が荷物の中からA4サイズのコピー用紙を差し出した。


そして、自分もソファの隣りに滑り込んでくる。


ここぞとばかりに背中に腕を回して抱き寄せた。


いい匂いのする髪に頬を埋めて首筋に触れる。


唇が触れるか触れないかのタイミングで


「ねえ、ちゃんと見てってば」


と佳織が改めてA4サイズの用紙を俺の鼻先に付きつけた。


「あーはいはい・・」


昼飯を食べた後すぐに買い出しに行くと言った佳織を送り出してから3時間。


手持無沙汰だった俺の寂しさをちょっと位理解してくれてもいいだろうに。


おざなりに返事をして、内心舌打ちしつつ体を離す。



「えー・・何なに・・・」


そこには”誰でも出来る簡単スパイスラックの作り方”と書かれていた。


1メートル×60センチの板材から作るらしい。


なるほど、初心者でも作れるように


分かりやすく図式で、使う器具もきちんと記載されている。


それはいいとして。


「ところでお前、スーパー行ったんじゃなかったのかよ」


てっきり夕飯の材料を買いに出かけたのだと思っていたのに。


どこでどう間違ってホームセンターに目的地変更になったのか。



「えー、スーパー行ったわよ。ほら、北区のショッピングセンターって隣りがホームセンターになってるでしょ?」


「ああ・・あんなとこまで行ったのか」


てっきり近場のスーパーに出掛けたのだと思っていた。


「毎週売りに来てるパン屋さんがいるの。メロンパン食べたくってね・・で、観葉植物が欲しいなと思ってちょっと覗いたら外の工作スペースで大工仕事してる人がいたのよ」


何でも、買った材料その場で組み立てられるように、道具や器具を揃えたスペースが屋外に設置されているんだとか。


商売上手な事で。


「若いパパさんが椅子とか子供用の作ったりしてるのよ!凄いでしょ?」


余りにも熱心に佳織が話すので、面白くない。


板を切って釘を打てばそれなりの物は出来るのだ。


これだけは言っておかなくては、旦那の威厳が危うい。


「凄かねェよ。材料がありゃあ、それ位作れる」


「ふーん。んで、見てたら、ご夫婦で何か作業してる方が居てね」


俺の一言を綺麗にスルーして佳織は話を続けた。


突っ込みたいのを堪えて聞き役に回る。


ここで話の腰を折ると後々ややこしいことになるからだ。


「聞いたら、奥様がキッチンペーパーホルダー作ってるって言うのよ。女性でも出来るんですか?って訊いたら親切に色々教えて下さってね」


「それで、その気になって買い込んできたのか」


「そう!店員さんに頼んで、寸法通りに切断して貰ったからそんなに荷物にもならないし・・

ほら、うちのキッチンごちゃごちゃしてるから。これを機に綺麗にしたいなと思ってさ」


「それはお前があれやこれや目新しいもん片っ端から買ってくるからだろ」


何料理に使うのか謎なスパイスや、調味料が所せましと並べられている我が家のキッチン。


台所事情には口を挟まない事にしているのだが、


佳織の珍しいもの好きな性格が災いして物は増える一方だ。


「私が自分のお金で買うんだからいいでしょ!」


「はいはい、結構ですよ」


「と、言うわけで。今から作業するから!お夕飯お惣菜買ってきた」


「は!?好きにしろって?」


「そーよー。退屈なら出かけても良いし。お腹空いたらご飯食べてて?」


あっさり言ってソファから立ち上がる。


「ちょ・・佳織本気で今日中にそれ作るつもりか!?」



★★★★★★



「んで、結局こーなるんだよな」


「いい気分転換になったでしょー」


偉そうに言った佳織が支える板に釘を打ち込んでいく。


勿論、佳織の手に金づちは無い。


初歩の初歩で釘を曲げるという失態を犯した佳織を見ていられなくてその手から道具をぶんどって今に至る。


「危なっかしい手つき見てる方が余計ストレスになるわ!」


「酷い言い草」


「どっちがだ。ほら、そっちの板も」


「コレ?」


「それは後、その手前のヤツ」


「ああーコレね。へーちょっとだけ長さ違うんだ」


「恐ろしい事言うなぁ、お前。2段ラックの中板だから、短くて当然だろ」


「あー・・そっか」


「そんなアバウトさで良くホームメイドなんか言ったもんだ」


「だって面白そうだったのよ!」


力説する佳織の顔が心底楽しそうなのでまぁいいか、何て思ってしまう当たり俺もとことん佳織に甘い。


「んで、色はどーするんだ?」


「白のペンキ買ってきたのよ」


「じゃあそれは明日な。全部作ってたら日にち変わるぞ」


最後の板を打ち終えて、形だけ出来たスパイスラックをベランダの片隅に寄せて立ち上がる。


すっかり外は真っ暗になっていた。


リビングの明りを頼りに作業していたがそろそろ厳しい。


腹減った、と立ち上がった俺を見上げてしゃがみ込んだままの佳織が問いかける。


「はーい。明日も付き合ってくれる?」


「それは。この後のお前次第だな」


「何よ、それ」


問い返す佳織の腕を引いて立ち上がらせてやる。


リビングに戻ると、テーブルに置きっぱなしになっていた惣菜のトレーを次々に佳織が並べ始めた。


春巻き、海老チリ、春雨サラダ、麻婆豆腐に餃子。


今日は中華らしい。


「せいぜい俺の機嫌取れよ」


冷蔵庫から冷えたビールを取りだした佳織が笑う。


「機嫌取れってねェ・・あんた、もう機嫌良いじゃないの」


その強気な発言に、俺は眉を上げた。


機嫌は悪くないけれど、それはどういうことか?


ソファに戻った佳織がビールをテーブルに載せると身を乗り出して挑戦的に言った。


「私が居ると機嫌いいでしょ」


にっこり笑った佳織の肩を押す。


ソファに倒れ込んだ彼女に覆い被さるようにして問いかけた。


「分かってんなら話が早いな」


顎に指をかけて仰のかせる。


彼女が二の句を継ぐ前にキスをした。



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