第22話 休日

「明日は何しようか?」


波間をたゆたうように忍び寄って来る眠気に素直に体を預けながら、紘平は佳織のむきだしの肩に唇を寄せた。


まだ熱の冷めない肌に触れられて、佳織が小さく吐息をこぼした。


正直明日の予定なんてどうでもいい。


今は、心地よい気だるさに身を任せて眠ってしまいたい。


けれど、夫の唇は眠気とは違う別の感覚を呼び起こして来る。


滑らかな唇が誘うように肩に腕に触れて来るのだ。


「・・・っやっ」


枕に顔を埋めたままで佳織が震えた。


こみ上げて来る内側から肌を焼く感触からなんとか逃れようと、身を捩る。


けれど、紘平の手が容赦なく佳織の体を先ほどまでの甘くて熱い世界へと誘う。


指先が佳織の首筋を覆う髪を払って、項を撫でる。


佳織の身体中、至るところをさまよい確かめたその指は、今はただ慈しむように佳織の肌を愛撫する。


触れられるだけで、直結した心までも震えた。


シーツの隙間に逃げ込もうとした佳織の肩を抱き寄せて、紘平が幸せそうに微笑む。


愛しい妻の顔を覗き込んで視線を合わせると、唇に啄むように触れた。


「佳織」


名前を呼ぶと、潤んだ瞳が見開かれる。


この瞳に映る相手が自分だけであることを確かめて、安心すると同時にこみ上げて来るのは、どうしようもない独占欲と、支配欲。


佳織に告げる事は絶対出来ない感情。


腕に抱き締めたまま、指先で胸元を辿る。


唇の痕が色濃く残る肌に触れるたび佳織が唇を噛んで、声を押し殺す。


「何で我慢する?」


ここには紘平しかいない。


佳織の甘い声を知るのは当たり前紘平だけなのに。


「何となく・・・ン!」


答えを飲み込むように深く唇を重ねる。


素直な返事はいつになく可愛いけれど、態度が反対に素直でない。


歯列を割って舌を滑り込ませる。


僅かな隙間から、喘ぐように佳織が甘い声を漏らした。


「・・・っあっ」


肌を辿る紘平の手は、佳織の反応を楽しむように、執拗に追い詰めていく。


「佳織?明日はー?」


心底楽しそうに佳織の耳元で囁きかける。


答えられない事は承知の上だ。


このまま眠れるわけもなく、どうやって佳織を陥落させようかと思案する。


けれど、紘平の手は意思とは無関係に佳織の柔肌を弄ぶ。


「無理・・・」


「何で?」


息も絶え絶えに答えた佳織の額にチュッとキスして、紘平が笑う。


「か・・・考えるからっ」


「うん・・・」


「だから、ね・・・っ」


「だから何だ?」


「も、紘平っ」


組み敷かれた状態で、身動き1つ取れない。


佳織は、自分の胸元に顔を埋める紘平の短い黒髪を引っ張って、声をあげる事しか出来ない。


「何だよ?」


「は・・・なして」


「いいの?」


顔を上げて紘平が、にやっと笑う。


「っもう寝るっ!」


夫の身体を押し退けて、佳織がシーツの隙間に今度こそ逃げ込む。


すっぽりと頭まで潜り込んで背中を丸めた妻を後ろから抱き寄せて、紘平が問いかけた。


「寝れるか?」


あっさりした声。


さんざん焦らされて、火照らされた身体をそのままにしておけるのか?


と彼は訊いているのだ。


佳織は、さっきまで紘平の唇が触れていた胸元を押さえる。


未だに早鐘を打つ鼓動。


粟立ったままの素肌。


あれほど愛されて、まだ足りない?


指先の感触が、吐息が、彼の熱が。


佳織の全てを満たし、乱し、翻弄した紘平の存在が。


胸に沸き上がる痛みにも似た感情。


佳織を焦がして止まない彼の深い愛情が,今日は彼女を追い詰めまる。


理性の箍が外れて、佳織自身が紘平を望むのを待っているのだ。


その手には乗るものか、ときつく目を閉じたら、問答無用でシーツを奪われた。


紘平が佳織の髪を優しく梳く。


「俺が欲しくない?」


これ見よがしに甘ったるい声で言われる。


「っ!」


誘うように肩のラインをなぞられて、佳織が小さく息を吐いた。


「っとに・・・素直じゃないな~お前は」


一人ごちて、佳織を再び組み敷いた紘平が、そっと唇を重ねる。


啄むように触れた後で、徐々に深く長いキスになる。


漸く、身体の力を抜いて紘平に委ねた佳織をいとおしそうに見つめて紘平が言った。


「まぁ、そういう所もイイんだけど」

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