第25話 お邪魔虫はどっちだ

気の合う親友との長電話は、結婚してからも変わらない、佳織の大切な気分転換のひとつだ。


別にこれと言って、用事がある訳じゃないが、何となく話したくなって、気づけば1時間なんてしょっちゅう。


相手が、同じ社内の亜季であっても、話す事は尽きない。


「そうなのよ、それでさぁ。部署戻ったら、仕事増やされるから、こっちで寝ていくって、即爆睡。結局紘平が煙草吸い終わっても、起きなくって、2人で笑ったわよ。暮羽ちゃんの手前、しんどいとか言えないんでしょーよ。ほら、家に帰るとアイツの事だから、平気な顔してカッコつけてるんだろうしー。甘えるよりは、甘えられたいほうだから、余裕ある振りしてたいんでしょ。ほんっと、男ってしょーもない!!」


相槌を打って賛同する亜季と、電話越しに笑い合う。


同期入社以来、紘平、亜季、直純とは、気の置けない仲間として付き合ってきた。


紘平と結婚した今でも、その関係は変わらない。


むしろ、結婚してからの方が、さらに直純との距離が近づいた気がする。


紘平と直純は、唯一無二の親友で、同じ、志堂分家。


志堂のこれからを背負う、志堂一鷹を中心とした次世代の首脳陣の一角を担っている。


そんな境遇もあってか、結婚後はさらに家族ぐるみの関わりも増えていた。


直純の妻は佳織も良く知る人物なので、尚更だ。


さらに、直純が事のほか新妻を大切にしている事を、佳織と亜季は嫌というほど知っていた。


『相良は昔っから面倒見良かったけどさぁ。ああまでして、あれこれ構う相手って、暮羽ちゃんだけだもんねぇ』


亜季が電話越しにしみじみと言った。


佳織はうんうん頷く。


「ほんっと!!あれ見ると、いかに私とあんたが、女扱いされてなかったか、分かるわよね!」


『まあ、佳織はさー、紘平が居たから、女扱いし難かったんじゃないのー?それよか、あたしよ!あたし!』


紘平が佳織を好きだった事は、同期のほぼ全員が知っていたので。


亜季が必死になって言い返すが佳織は笑って受け流した。


「女扱いされたくなくて、必死に強がってた人が何言ってんのよ」


『・・・そーれはー・・・』


昔の恋を引き合いに出されて、亜季が言葉に詰まる。


佳織が小さく笑うと同時に、玄関のドアの開く音がした。


「相良は聡いから、そういうあんたの事分かってて、相手してたのよー」


『知ってるわよー』


「なーに、今更、暮羽ちゃんに甘い相良にヤキモチ?あんたの旦那が知ったら嫉妬で狂いそうね。あ、おかえりーい」


リビングに顔を見せた紘平に手を振って、佳織が立ち上がる。


電話中の妻を認めた紘平が、すぐに顔を顰めた。


「まーた亜季か。お前らよくもまーそんだけ長電話出来るな」


「あ、しっつれいねー。今日はまだ・・・ねえ、亜季、何時から電話してるっけ?」


『えー・・・30分位前?って、あんたが電話してきたんでしょうが』


「そーだっけ。紘平、今日はまだ30分しか話してないわよ!長電話のうちに入んないってば」


カバンを置くなり冷蔵庫のビールに手を伸ばす夫に向かって言い返す。


お目当ての缶を手にした紘平が、呆れ顔で振り返った。


「十分長電話だっつの・・・ったく。お前はほんっとに亜季好きだな」


佳織が嬉しそうに笑う。


「やだ、ちょっと、亜季!」


『なに?』


「紘平が、あんたにヤキモチ妬いてるー」


『えー。まじで?ごっめん、樋口。あたしも時々、佳織って旦那よりあたしの方が好きなんじゃないか、と思う時がある、って言っといて』


亜季の返事に、佳織が更に笑みを深くした。


そのままの顔を紘平に向ける。


と、ビールを煽った紘平が、思い切り眉を顰めた。


佳織がこういう笑みを浮かべる時は、大抵亜季と、ろくでもない会話をしている時なのだ。


「なんか、俺の悪口言っただろ、亜季」


「ちょっと!紘平!!亜季の事悪く言ったら離婚だからね!」


即座に言い返した佳織に向かって、紘平が手を伸ばす。


「やかましい。死んでも離婚なんてしてやるか」


佳織が耳に押し当てているスマホを取り上げようとした。


が、佳織が慌ててそれを持ち上げる。


亜季が呼びかける声が聞こえる。


「まだ電話中!あんたはビールでも飲んでなさいよ」


「俺は腹減ってんの」


「夕飯より電話が大事!」


眉を吊り上げる佳織の腰を抱き寄せて、怯んだ隙に、紘平がスマホを攫う。


「っあ!!返せっ!」


「返すかよ。もしもし~亜季ちゃん?」


『佳織馬鹿の樋口、お帰り、お疲れ』


電波越しに聞こえてきた、的確に紘平を現した言葉に、一瞬紘平が答えに詰まる。


自他ともに認める佳織馬鹿。


同期入社以来ずっと、佳織を追いかけ続けて、漸く捕まえた紘平は、社内でも有名な愛妻家だ。


付き合う前の熱烈なアプローチと、回りへの牽制は、いまだに語り草になっている。


事情を知るほぼ全員が、佳織に”そろそろ観念してやれよ”という視線を送っていた位だ。


その甲斐あってか、こうして佳織は、樋口佳織になり、紘平の妻になった。


捕獲完了して、少しは落ち着くかと思った佳織熱だが、結婚後も一向に下がる様子が無い。


その理由のひとつが、佳織の親友亜季だ。


ともすれば、日中外回りの多い、紘平よりも、佳織と共に過ごす時間が多い彼女は、紘平のライバルでもあった。


佳織は、亜季を誰より大切に思っているし、頼りにしている。


傍から見れば微笑ましい友情だが、紘平としては、余り面白くない。


「分かってんなら、佳織返せよ」


嫉妬心と悪戯心から、佳織を手放さずに告げる。


紘平の言葉に、腕の中の佳織が小さく、馬鹿、と言った。


『うーわー。妻の親友にも嫉妬?みっともない。これだから男はー。あんた、そんな嫉妬深いと佳織に嫌われるわよ』


「うるせえよ。佳織が俺を嫌う事は無ぇから」


『あんたのその自信、腹立つわー』


「当たってるからだろ?亜季」


勝ち誇った笑みで紘平が答える。


電波越しに、亜季が舌打ちした。


苦虫を噛み潰した亜季の顔が浮かんで、紘平はほくそ笑む。


『・・・イラッとしたから切ってあげる。せーぜー仲良くねっ』


ツーツーツー。


切断されたスマホを耳から離して、紘平がそれをソファに放り投げる。


今度こそ両腕で佳織を抱きしめた。


「そんな風にされると夕飯の準備出来ないんですけどー」


憎まれ口を叩きながらも、佳織は腕から逃れようとしない。


相変わらずの意地っ張りだが、それが紘平にとっては、この上なく可愛い。


「何だよ、亜季の事は30分も構う癖に、俺の事はほっとくのか?」


「・・・あんたって、いつからそう子供っぽくなったの?」


肩に凭れたままで佳織が笑う。


「・・・悪かったな」


紘平がバツが悪そうに短く言った。


「お前が絡むと、俺は盛大に心が狭くなるんだよ」


「・・・何よそれ」


佳織が小さく笑って、紘平の背中に腕を回した。

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