第4話 ひとりよがり

「おつかれ。おかえり」


「・・・・・・」


「なんだよ、その不服そうな顔は」


ビールの入ったグラスを持ち上げたままで直純は紘平を見て眉根を寄せた。


その顔の理由が分からない。


2年ぶりに会う同期とゆっくり話そうと思ってわざわざこの忙しい時期に仕事を片付けたのに。

(しかも、暮羽も珍しく残業なしの日に!!)


「なんであんなに渋るかねー・・・と思って」


「は?」


「佳織だよ。さも嫌そうにおかえりって言われた」


「・・・言わせたんだろ・・どうせ」


図星を当てられて、紘平は勢いよくビールを煽る。


「・・・・今さらだけど・・・」


「なんだよ?」


直純の言葉に、ちょっとだけ視線をあげて、苦笑交じりで紘平は言った。


いつでも自信に満ちていて我が道を行くタイプのこの男が、何かを後悔しているような表情を見せるのは珍しい。


「・・・待ってやれば良かったと思ってさ」


紘平が少なからず佳織に好意を寄せていたことは知っていた。


こういう男だから、佳織に近づく男への威嚇、牽制はものすごかったので。


紘平が異動でこの街を離れるまでの1年間を思い出して直純は問いかけた。


「ほんとに付き合ってなかったのか?」


「・・・・異動が決まったとき、連れて行こうと思ってた」


「それって・・・」


「でも、駄目だった。・・・それだけのことだ」


「・・・お前ってさぁ・・・」


直純は入社当時からの友人の肩を叩いて笑う。


「なんだよ?」


「意外と一途だったんだなぁ・・・」


その言葉に紘平は眉間の皺を濃くして項垂れた。


「・・・・自分でも驚いてる」


2年間で何かが変わると思った。


けど、何も、変わって無かった。


自分も、佳織も、なにひとつ変わってはいなかったのだ。


佳織への一方通行の思いも、佳織の中で渦巻いてる誰かと向き合うことへの恐怖も。


なにもかも、みんな。





★★★★★★




「辻ぃ」


食堂を出たところで呼びとめられて、佳織はゆっくりと振り向いた。


ここ最近同期に呼びつけられてばかりいる。


「友世、先戻ってて?」


「はーい」


後輩を先に送り出して、煙草を取り出した相良に並んで歩き出す。


あれ以来、本当に1本も煙草を吸っていない。


「やるか?」


「やめましたから」


「あそ。・・そうだ、今週の金曜日空けといて」


「なに?彼女とケンカでもした?」


「ばーか。するかよ。・・もし、万が一ケンカになっても辻には相談しない」


「・・・あそ。んで?なにすんの」


「恒例の同期の飲み会」


「・・・・・やっぱりやんの?」


「顔くらい出してやれよ」


相良の目に映っていたのは、佳織への懇願の色。


誰を思ってのことかなんてすぐに分かる。


気が強い佳織と亜季を揶揄ってはしょっちゅう言い合いになる紘平との間を取り持っていたのはいつも直純だった。


「!!やだ!なに聞いたわけ!?つかあんた飲み行ったんでしょ紘平と!!」


どこまで何を聞いたのかめちゃくちゃ気になる。


ずいずいと相良に詰め寄ると、彼が困ったように顔を顰めた。


「飲みに行って、あいつの気持ちは聞いたけど?」


「・・・・あー・・いい。いい。いわなくていい」


佳織は慌てて手を振って彼から離れる。


そういうのとは、生涯無縁でいたいんです。


誰かの為に、泣いたり、惨めな自分に凹んだり。


もう沢山。御馳走様。


「・・・・樋口が必死になって追いかける女なんているのかと思ってたけど・・・相手が辻なら追っかけなきゃしょうがないよな」


「・・・どーゆー意味かな?」


眉間に皺を寄せて睨み返してやる。


同期だと思って言いたいこと言いやがって。


これだから自分の恋愛絶好調な男は困るんだ。


「・・・樋口の肩持つわけじゃないけど・・・辻には、あれくらいの男がいいんじゃないのか?」


「・・・・余計な御世話」


「樋口はいいヤツだよ」


そう言った相良の肩を叩いて笑う。


「・・・知ってるわ・・・嫌んなるほどね」


だから、もう、2度と、傷つけたくはないのだ。





★★★★★★



「・・・・・あの・・・佳織さん??」


さも言いづらそうに友世が机の前までやってきた。


「んー・・・?」


それでもパソコンから目をそらそうとしない佳織に痺れを切らして、イスの横に回りこんでくる。


あ・・・やっぱりここの計算がマズかったのか・・どうりで収支予定合わないハズ・・・


システム画面を覗き込んだままの佳織の腕を引っ張って友世が心底困った様子で告げる。


「ほんっとに時間、いいんですか??」


「だってコレやっとかなきゃ週明けキツイしさぁ」


「そうじゃなくって!!!」


無理やり自分の腕時計を見せてくる友世。


時刻は夜8時すぎ。


課長も帰った後なので、総務部に居るのは佳織ひとり。


なんら問題ありません。


友世は久しぶりに金曜日にメンバーが揃ったので先生を呼んでのクラブ活動だったらしい。


「お抹茶美味しかった?」


「はい。とっても・・・じゃなくって!!佳織さん今日飲み会でしょう?」


「なんでそんなこと知ってんのよ」


「だ・・だって瞬・・・大久保君が・・」


「あー・・・そういや紘平の部下だったっけ、彼」


「・・・・7時からなんでしょう?」


「絶対行くとか言ってないしねぇー・・・それより、あんたこそ、早く帰りなさい。待ち合わせしてんじゃないの??」


自分が飲み会の時は、極力部下も早めに帰らせるのが紘平なりの気遣い。


だから、きっと友世の彼も今日はノー残業デー。


「・・・家で待ってますけど・・」


「ならなおのこと。もう8時だよ?年下の彼を心配させんじゃないの。ほら、帰った帰った」


「佳織さんも一緒じゃなきゃ嫌です」


あーもー・・この子はっ・・・


「そういうことは彼に言いなさいって」


呆れ顔で言い返すと、社内電話が鳴った。


番号通知を確かめて、佳織は眉を顰める。


山下亜季からだった。


今頃楽しい飲み会に参加しているはずの彼女からどうして此処に電話があるのか??


嫌な予感を覚えつつ佳織は受話器を持ち上げた。





★★★★★★





「信っじらんない・・・・唯一無二の親友を騙すか普通!!!!」


ドン!とテーブルに中ジョッキを叩きつけて佳織はジロリと隣の亜季を睨みつけてやった。


「あんたらしくも無くへっぴり腰で逃げてるからよ」


ケロリとした顔で言って、同じようにグラスのカクテルを飲む亜季。


「もーだめぇ・・・助けてぇー」


なんていう酔っ払い電話を受けて飛んできた自分が馬鹿みたいだ。


冷静に考えれば、ザルの亜季が1時間かそこらで酔うわけないのに・・・


「へっぴり腰って・・あんたねぇ・・・」


「これからずっと顔合わせるのよ?友だちやってくにしても、やり直すにしても、こういう逃げ方しちゃだめよ。あんたが一番嫌ってんのに・・・弱気な自分」


「・・・・うるさいなぁ・・・」


つくづく嫌なところばっかり突っ込んでくる親友だ。


・・・それが楽でいいんだけど・・・


ホッと一息つく暇も無く、隣のテーブルから呼ばれる。


集まったメンバーは総勢7名。恒例飲み会と同じ顔ぶれに、昔みたいに紘平が増えただけ。


「辻ぃ!紘平に酒注いでやれって!」


「なんでわたしがぁ!!?」


そう言いながらも席を立つのは場の雰囲気を壊したくないからだ。


紘平が帰ってきたことは同期としてこの上なく嬉しいし、良かったと思う。


それは、まぎれもない事実。


自分の中にある、昔の傷や、後悔や、淡い恋は今この場所には必要ない。


みんながいる場所でなら、佳織は彼に優しく出来る。


当たり触りなく、上手に同期の顔が出来る。


「はいはい、おかえりー」


「・・・ここで素直になられんのも癪だなぁ」


「うっさいよ。文句あるならソレ、私が飲むからね」


「あーはいはい頂きます」


慌ててジョッキを口に運ぶ彼の隣で、枝豆を摘むのも昔のままだ。


ただ違うのは。


「前と同じトコに部屋借りたから」


「あっそ」


佳織が”程よく適当な付き合い”の仕方を覚えたこと。

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