Steal・4 延々と繰り返す不毛な何か


「苺ちゃん、見た目とは裏腹に黒いな」

「見た目は綺麗だって褒めてくれてるのよね?」

「そうそう。褒めてんだよ。まぁ、クソ真面目な捜査官よりはマシさ。俺がこっち側にいる限りは」


 怪盗業に戻った時には、こういう違法捜査は止めてもらいたいものだが。

 まぁ、でも今はそんなことはどうでもいい。

 3年も先のことだ。

 俺がそれまでに飽きなければ、だが。

 念のため、追跡装置を切る方法は追い追い探っておく。

 いつでもコンサルタントを引退できるように。


「つーか、なんでまた被害者なんて調べたんだ?」

「ブラッドオレンジ、あるいはその模倣犯にどうして狙われたのか。何か裏があるのか、って思ったのだけど、ないみたいね」

「そりゃないだろ。どう考えても小手調べ的な犯行だ。簡単そうな奴を狙っただけだろ。けど、リサーチはしっかりしてると思うぜ」


「聞かせて」

「被害者がプロポーズ間近だってことを知ってたんだ。ブラッドオレンジにしろ別人にしろ、一軒一軒回って真面目に訪問販売なんかするかよ。買ってくれそうな奴から狙うに決まってんだろ?」

「さすが現役。まぁ、そのぐらいは推理してもらわないと困るわ」


 苺が口の端を上げた。

 その小さな表情の変化で、確信した。

 ここまでは俺を試しただけだ。

 苺自身も、犯人がリサーチしていると思っているのだ。


「ちっ、合格か?」

「今のところはね。次はどう動くべき?」

「地道な聞き込み。もしかしたら、被害者の知人が一枚噛んでるかもな」

「正解。今は別の捜査官が聞き込みに行ってるわ。私たちも行きましょう。一人で被害者の知人全員に話を聞くのは大変だから」

「あたしは?」

「ウリエルは指輪の製造及び販売ルートを調べて、まとめ買いをした人間がいないか調べてくれる?」

「任された!」


 ウリエルはとっても楽しそうにキーボードに指を走らせた。

 ウリエルの華麗な指さばきに、ちょっと目眩がした。

 さすがクラッカー。

 いや、ウィザードだっけか。

 正直、違いが分からん。


「個人情報だって言われたら、令状取るわ。これは確実に取れるから」

「あたし先走るかも」

「ええ。好きにするといいわ」

「違法捜査のバーゲンセールかよ」

「ここは警察じゃないのよ? 日本情報局は日夜、スパイやテロ組織と戦ってるの。悠長なことは言ってられないの。手順なんてあとで辻褄が合えばいいのよ」

「俺らの相手はスパイでもテロリストでもなく、詐欺師なんだが……」


 手順を大切にする警察官たちが懐かしい。

 まぁ、俺は警察官だったわけじゃなく、敵対していたわけだが。



 聞き込みというのは非常に退屈な作業だった。

 同じような質問に、同じような答え。

 Q・被害者はどんな人ですか?

 A・とってもイイ人です。

 みたいな。


「さて、ここで最後よ」


 車を運転していた苺が、有料パーキングに車を停めた。


「俺もう疲れた」


 助手席でダラリと身体をシートに沈めた俺。

 本当に疲れた。

 外はもう日が暮れていて、これからは夜のネオンがキラキラと輝く時間だ。

 オフなら楽しそうだが、悲しいことにまだ捜査中。


「でしょうね。今までの聞き込みで、何か引っかかった点は?」

「特にない。強いて言うなら、被害者の同僚の男、あいつは浮気してる」

「それは私にも分かったわ。でも関係ないわよね?」

「もちろん関係ない。ここまで何の成果もねぇ」

「今回は成果があることを祈りましょう」


 苺が車を降りたので、仕方なく俺も後に続く。

 俺は苺の右隣に並んで、二人一緒に夜の街を歩いた。

 まだ少し時間が早い上、平日なのであまり人は多くない。

 まぁ、少なくもないが。


「キャバクラ行くのか?」

「そうよ」

「酒頼んでいいか?」

「いいわけないでしょ? 撃ち殺すわよ?」

「飲酒で射殺されちゃたまんねぇな」


 俺はやれやれと首を振った。

 酒なんて命と引き替えて飲むものじゃない。


「つーか、仕事って5時までじゃねぇの?」

「残業がないなんて一言も言ってないわ」

「ブラック企業かよ」


 再びやれやれと首を振る俺。

 と、客引きの男が声をかけてきた。

 苺が身分証を見せて「客引き行為は犯罪よ。消えて」と真顔で言うと、男はすぐに立ち去った。

 身分証ってやっぱ便利だよな。

 それから5分ほど歩いて、


「このビルの3階」


 苺が5階建てのこぢんまりとしたビルを指さした。

 俺たちは畳一枚分ぐらいの小さなエレベーターで3階に向かい、目的のキャバクラに入った。

 ドアに『華乙女』というプレートがあった。


「いらっしゃいませ」とボーイが言った。


「詐欺事件の捜査できたの。遠藤由加里さんは?」


 苺が身分証を見せると、ボーイの表情が少し強張った。

 このボーイ、薬でもやってんのかな。

 まぁ、どうでもいいことだが。


「控え室の方に……」

「呼んできて。適当に座ってるから」

「あ、はい」


 ボーイが奥に引っ込み、苺はボックス席まで歩いて客のように腰掛けた。

 俺も苺を追って、隣に座る。

 まだ開店したばかりらしく、客の姿はない。

 うるさくなくていい。


「苺ちゃん、態度でかくね?」

「あなたが優しい捜査官役」

「なるほど。苺ちゃんが悪い警官か」

「警官じゃなくて捜査官。何度も言わせないで」

「悪かったよ」


 どうも、苺は捜査官という呼び方に拘りがあるようだ。

 とはいえ、俺も詐欺師とか強盗とか言われたら絶対に訂正する。

 だから気持ちは分かる。

 これからは気を付けるとしよう。

 それから1分ほどで遠藤由加里が姿を現した。

 あまり派手じゃない、シックなグレイのドレスに、茶色に染めた長い髪。

 見た目はまぁ、普通よりちょっと上ぐらい。

 でも苺の方が美人だ。


「刑事さんですかぁ?」


 遠藤由加里は甘ったるい声を出しながら笑顔を浮かべた。

 その笑顔は偽物だ。

 別の言い方をすれば営業スマイル。

 なるほど、笑った顔はそれなりに可愛い。


「日本情報局よ」


 苺が身分証を見せる。


「え? それって、テロとかの人ですよねぇ?」


 遠藤由加里は訝しそうな顔をした。

 その言い方だと、情報局がテロをしている組織みたいだな。

 ちょっと面白い。


「最近は犯罪の捜査もやるようになったの。今回の案件はテロとは関係ないわ。私は秋口苺、こっちはコンサルタントの佐々木翼」

「本名は気にしなくていい。ヘイズと呼んでくれ」


 本名ではなく偽名の一つに過ぎないが。


「ヘイズ?」遠藤由加里が首を傾げる。「それって怪盗ファントム・ヘイズですかぁ?」


「そう。俺、ファンなんだよなぁ」

「情報局の人なのに?」

「ああ。カッコいいだろ? 怪盗ヘイズ」

「はい、カッコいいですよね! ゆかりもぉ、ファンなんですよぉ? 捕まっちゃったってニュースで言ってたけどぉ」

「捕まってないさ。ヘイズはそう簡単に捕まったりしない。誤認逮捕さ」

「ちょっと、勝手なこと言わないでよ」


 苺が俺を睨んだ。


「まぁ座りなよ、由加里ちゃん」


 俺は自分の隣をポンポンと叩いた。

 由加里は察したように、俺の隣に腰掛けて、白いハンドバッグを自分の膝に乗せた。


「そっちに座られたら私が話しにくいじゃない」


 苺は俺の右隣で、由加里は俺の左隣だ。

 両手に花ってね。

 まぁ、右は捜査官で左はキャバ嬢だが。


「俺が話すからいい。もう要領は掴んだ。由加里ちゃん、プロポーズされたよね?」


 俺は務めて優しい口調で言った。

 もちろん、笑顔も忘れない。


「そうそう。聞いてよヘイズ。あのバカ、ゆかりに偽物の指輪渡したんだよぉ。酷くなぁい?」

「そりゃ最低だ」

「でしょー。ゆかり、質屋で追い返されちゃったんだから。もう最悪ぅ」


 プロポーズされ、指輪を受け取り、即換金。

 分かり易くていい。

 人間としてはクズだが、俺もしょっちゅう他人の物を換金しているから、ちょっと親近感が湧く。


「だからぁ、言ってやったのぉ、もう二度と会いたくないって。指輪も突き返してやった」

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