Steal・19 いつも希望は残ってるものさ


「ああ、神様大嫌い」


 苺が凍りついた表情で言った。

 別に神様が悪いわけじゃないけど、気持ちは分かる。

 誰だって爆弾を踏んだらそうなる。

 俺は唾を飲んだ。

 正直、苺を置いて逃げた方が命に優しい気がする。

 主に俺の命に。


「ここを発見されることも織り込み済みで、罠を仕掛けてたってことか……」

「でしょうね」

「幸いなのは、踏んだ瞬間に爆発しなかったことだな」


 その時は俺も巻き込まれて粉々になっていたに違いない。

 ちなみに、不法侵入は何度も行なったが、感圧式の爆弾を仕掛けられていたのは初めてのことだ。

 まぁ、こんなことが何度もあったら、命が幾つあっても足りないだろうけど。

 そん時は泥棒辞めるかな、俺。


「ええ。でも、動かないでいるにも限界があるわ。それに、時限式だったら最悪ね」

「その可能性もあるわけか。俺、一旦オフィスに戻っていいか?」

「逃げたら射殺するわ」

「こっち向けないだろ?」

「じゃあ今すぐ動いて一緒に吹っ飛ぶ」

「無茶言うなよ……」


 苺ならやりかねない。

 そんな気がする。

 捜査官としての秋口苺は、一見するとマトモな人間のように見える。

 しかし俺のファンサイトの管理人としての苺は、完全に正気じゃない。

 あるいは、こういう状況も見越して、俺の思考を操ったか?

 苺はヤンデレだから本当にやりかねない、と俺が思い込むように。

 それも十分、有り得るんだよなぁ。


「……とりあえず、爆発物処理班を呼ぶわ」


 苺は手に持っていたスマホを操作して、電話をかけた。

 実に懸命な判断だ。

 俺には何もできない。

 俺は泥棒であって、爆弾マニアではない。

 価値ある物とそうでない物の区別はできるが、爆弾の区別なんて付かないし、当然解除する方法も知らないのだから。



 15分で爆発物処理班がやってきて、苺の周囲の床にスプレー缶で円を描いた。

 その範囲が、爆弾の感圧範囲ということだろう。

 それから、円の外側のベニヤ板を剥がして、隊員の一人が床下を覗き込んだ。


「どうなの?」と苺が言った。


 苺は冷静な風を装っているが、実際には心臓が張り裂けそうになっているに違いない。


「爆弾ですね。時限式の。あと10分で爆発しますね」


 爆発物処理班の班長、八坂が言った。


「……そう。ご親切にどうも。10分で解除できるかしら?」

「全力を尽くします」

「……そう」


 これ、ダメなパターンだな。

 大抵、努力するとか全力を尽くすとか言う時は、無理そうな時だ。

 俺に分かるのだから当然、苺だって理解しただろう。


「あなたは外に出ていてください」


 八坂が俺に言った。


「いや。俺は残る。苺ちゃんが吹っ飛ぶなら、見学しねぇとな」

「なんだったら、一緒に吹き飛びましょうよヘイズ」


 苺が言った。

 本気っぽく聞こえる。


「それは断る」


 俺は肩を竦めた。


「危険なので出てください」

「残るって言ってんだろうが。いいんだよ、別に。死んでもお前の責任じゃねぇよ」


 俺は裏社会の人間だ。

 何が起こっても基本的には自己責任。

 まぁ、死ぬつもりはない。

 ギリギリまで残ってやろうって思っただけだ。


「しかし……」


「いいのよ」苺が言った。「彼と私は一蓮托生なの」


 いや、そんなつもりは毛頭ないが。

 しかし八坂は、「はぁ……」と渋々ながらも納得したようだ。

 それから3分ほど、爆発物処理班の連中が色々と器具を持ってきたり、爆弾の処理をしていた。

 俺はその様子をぼんやりと見ていた。

 俺と苺のゲームが、こんな形で終わるのは納得できない。

 苺が死んだら、爆殺トカゲを半殺しにしてやろうと心に誓った


「どんな感じだ?」


 俺が聞くと、八坂は「みな全力でやっています」と言った。

 しかしそれじゃあ答えになっていない。


「率直に言っても?」


 俺が渋い顔をしていたからか、八坂が真剣な口調で言った。


「俺はいいぜ。苺ちゃんは?」

「私も率直な意見が聞きたいわね」

「難しい状況です。解除はできますが、時間が足りません。パスコードが分かれば、すぐ止められるのですが」

「パスコード?」

「はい。これに打ち込むんですよ」


 八坂は俺にスマホぐらいの大きさの機器を渡した。


「どういうことだ? なんでパスコードなんかあるんだ? つか、これどこにあった?」

「作業台の上ですよ。こういう感圧式の爆弾の場合、意図せぬ人物が踏んだ時や、自分が誤って踏んだ時のために、起爆を中止するためのコードが用意されているものです」

「なんだ、そんな簡単な方法があるなら早く言えよ。パスコード打てばいいんだな?」


「いや、簡単に言わないでください。最大6桁の英数字ですよ? 数え切れないほどの組み合わせパターンがありますし、たぶん2回か3回間違ったらその瞬間に起爆すると思われます」


「けど、解除は間に合わないんだろ? じゃあこっちに賭ける方がいい」


 機器をよく観察してみたが、使用された形跡はない。

 携帯電話と同じように0から9までの数字が並んだテンキーがある。

 タッチパネルではなくボタン形式。

 それと、右下にEの文字と左下にCの文字。

 まぁ、エンターとクリアだろう。

 1つのキーに数字とアルファベットが3文字か4文字対応している。

 いわゆる、ボタンを連続で押せば次の文字に変わるトグル方式のテンキーだ。


「苺ちゃん、コードは何だと思う?」

「その前に、みんなはもういいから外に出て。間に合わないならコードに賭けるわ。でも、間違った時のために外に出て欲しいの」

「いえ、しかし……」


 八坂は困ったような表情をした。


「いいから。間に合わないのなら仕方ないでしょう? 間違って死んでも、あなたたちのせいじゃないわ。ほら、時間が惜しいから早く出て」


 苺が強い口調で言うと、八坂が他の連中に指示して、みんな外に出た。

 最後に「幸運を」と八坂が言った。

 確かにこいつは幸運が必要だ。

 それも宝くじに当たるレベルの幸運が。


「さて、あと5分といったところかしら?」

「だな。コード考えようぜ」

「誕生日」

「ねぇな」

「車のナンバー」

「数字だけか……どうかな。アルファベットも使ってると思うぜ。数字だけでパスコードを組んだとは考え難い。セキュリティ意識の欠片もない一般人じゃあるまいし」


「とはいえ、難しいものじゃないと思うのよね。だって緊急用のコードでしょ?」

「ごもっとも。だとしたら数字だけやアルファベットだけも有り得るか。6桁全部使っているとも限らねぇし」

「すぐに思い出して、すぐに打てるコードを設定しているはずよ」

「だな。ランダムパターンということはまずない」


 というか、ランダムだったら終わりだ。

 俺も苺もあの世までドッカーンってね。


「BOMBは?」

「ん?」

「だから、爆殺トカゲは爆弾が好きなわけだから、ボムはどうかしら?」

「なるほどな。最大6桁中4桁か。微妙なところだが、試してみるか」


 俺は右手でBOMBと打ち込んでみた。

 そしてエンターを押すと、すぐエラーの文字が小さなディスプレイに表示される。


「……ダメね……」


 苺が溜息を吐いた。

「おい、諦めるなよ」

「諦めてないわ。ってゆーか、あなた怪盗でしょ? パスコードぐらいどうにかできないの?」

「何度か使用されてりゃ、どのキーが打たれたか割り出すことはできる。けど、これ新品だぜ? さすがに無理だ。苺ちゃんこそ、いつもの演繹的推理ってやつやれよ」

「情報が少なすぎるわ……」


「その情報でやるんだよ。俺も協力する。まず、普通の人だったら、パスコードってどう決める?」

「ペットの名前とか、家族の名前とか、あるいは記念日とか、そうでなければ、自動生成されたものをそのまま使うわね」

「自動生成はなしだ。とにかく、自分に何かしら愛着のある……いや、執着でもいいな……」

「爆殺トカゲが執着しているもの……?」


 俺と苺はコンマ5秒ぐらい考えて、お互いに顔を見合わせる。


「「ブラッドオレンジ!!」」


 俺たちの声が重なる。辿り着いた結論は同じだ。

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