Steal・20 次に吹っ飛びそうな奴を探せ
「ブラッドオレンジの何をパスコードに設定したかね」と苺。
「ああ。今のところ、ブラッドオレンジと爆殺トカゲの接点が見えてねぇ。つーか、正直な話、爆殺トカゲだってブラッドオレンジのことはよく知らないはずだぜ」
「そうね。探してるぐらいだから、どこの誰かすら特定できていない……だとしたら、ブラッドオレンジという名前から連想するものかしら?」
「ブラッドオレンジで思い付くことは?」と俺。
「真っ赤な果実」
「知ってるだろうけど、アントシアニンが含まれてるからそう見える」
「ポリフェノールの一種ね。でもこれは違うわね。あとは、代表的な品種はタロッコとモロの二つ」
「多く出回ってるのはタロッコの方だな」
「Tarocco……文字数が多いわ」
「いや、品種じゃねぇだろ。落ち着け。果物の方じゃなくて、詐欺師の方だしな、爆殺トカゲが追ってるのは」
「それもそうね。詐欺師といえば?」
「人を騙す」
「果物のブラッドオレンジも、ジュースにしたら人を騙せるわよ」
「ああ、そうだな。トマトジュースみたいに見える。赤いからな。待てよ……」
「ブラッドオレンジはブラッドがなければただのオレンジ」
「そうだ。それだ。クソ、俺が言いたかったのに。まぁいいか。大事なのはオレンジじゃなくてブラッドの方。騙す方だ」
「BLOODなら5桁だし、範囲内よ」
「よし」
俺はキーを押してBLOODと打ち込む。
そして。
安堵の息を漏らした。
入力装置にはクリアの文字が表示されている。
エラーじゃない。
俺は入力装置を苺に見せた。
苺も大きな息を吐いた。
「一応、もう一回処理班を呼んでもらえる? 大丈夫だとは思うけれど、念のため」
「了解だ」
さすがの俺も、自分で電話しろよ、とは言わない。
◇
俺たちはオフィスに戻って、苺特製の弁当を食べ始めた。
「ねーねー」ウリエルが言う。「もしも苺ちゃんがバラバラになってたらさぁ、あたしどうなっちゃうわけ?」
ウリエルはすでに食事を終え、コーヒーを飲んでいた。
ちなみに、俺と苺が爆弾で天高く舞い上がるかもしれないという時、こいつはゲームをしていたようだ。
苺に頼まれた仕事は終わっていたようだけど、なんだかなぁ、というのが俺の感想。
「刑務所に逆戻りね」
苺は弁当を食べながら、なんでもないことのように言った。
「えぇ!? 他の人が雇ってくれたりしないのー?」
「どうかしら。まぁ、刑務所に戻ったとしても、ここで働いた日数だけ刑期は減ってるからいいでしょ」
「いいわけなーい。刑務所には個人用のパソコン持ち込めないんだもん」
「ご愁傷様」
「ぶー」
「元々、お前が犯罪者なのが悪いと思うが?」
愛妻弁当を平らげた啓介が言った。
「というか、捕まったウリエルが悪いな」
俺も会話に参加してみた。
「あーはいはい、あたしが悪いんですぅ。全部あたしですぅ。もう二度と捕まりませんよーだ」
「犯罪行為に手を染めないという選択肢はないのか……?」
啓介は酷く呆れたように、引きつった笑みを浮かべた。
啓介の言っていることは正しい。
けれど、正しさは人を殺すし、人間は正論では動かないものだ。
それに、俺やウリエルはもうドップリと裏の世界に浸かっている。
今更抜け出すのは難しい。
テンティぐらい若ければ、望みもあるけれど。
「ずっとここに、いればいいじゃない」
「それも有りかなー」
苺が言うと、ウリエルは背伸びをしながら応えた。
確かに、ここは悪くない。
まるで淡くて薄暗い夢のような場所なのだ。
完全な闇の世界ではなく、かと言って光の世界でもない。
その中間。
淡くて薄暗い夢の世界。
居心地はいい。
特にウリエルは、かなり好き放題やっている。
趣味と実益を兼ねることのできる場所。
普通の人間ってのは、そういう場所を探し求めている。
俺にしたって、秋口苺がここにいるというのは、とっても魅力的だ。
敵に回しても味方に回しても面白い人材だ。
恋人はちょっと重いからナシだけど。
本当にヤンデレなのかすごく気になる。
1回疑い始めたら、マジで俺の思考を操ったんじゃないかと思えてきた。
「さて。それじゃあミーティングを始めましょう」
苺は弁当箱を仕舞いながら言った。
俺もちょうど食べ終わったところなので、タイミングはいい。
できればコーヒーを飲みたかったが、まぁあとでもいい。
「今日の弁当も美味かったぜ」
「どうも」
料理の上手い奴ってのは最高だ。
男女問わず、素晴らしいことだと思う。
料理人ってのは泥棒よりずっといい。
それでも、俺は泥棒を選ぶけれど。
「竹本捜査官、聞き込みはどうだった?」
「収穫なしですね。誰に聞いても隅田昭夫は優秀で人当たりもよく、爆弾を作っているなんて信じられないという反応でした」
「そう。じゃあウリエル、次の被害者は予測できた?」
「もっちろーん」
「聞かせて」
「まず、ブラッドオレンジの関係者の中で、この街に住んでる人だけに絞ったよ。爆殺トカゲはまだ街にいると思うし……えっと、ブラッドオレンジが街にいると思ってるから、爆殺トカゲも街にいるってこと」
「ええ。ブラッドオレンジが偽物だと、まだ気付いていないでしょうしね」
苺がチラリと俺に視線を送った。
俺は笑ってごまかした。
「その中から、話題性の高い順に……えっと、殺したら話題になる順番ね」
「ええ。分かるわ。続けて」
「じゃあベストスリーの3番から言いまーす。秋口苺捜査官でーす」
「私?」
苺が小さく首を傾げた。
「だって、今、現在、ブラッドオレンジを担当してる捜査官だからタイムリーだしぃ?」
「なるほどね。注意はしとくわ」
「第2位! 以前ブラッドオレンジを担当してた坂口刑事でーす!」
「竹本捜査官、あとで坂口刑事に連絡して、注意するよう言っておいて」
「了解、ボス」
「そして栄えある第1位はっ! 誰だと思う?」
「いいから言えよ」
俺は肩を竦めた。
なんで無駄にもったいつけるかね、こいつは。
「ヘイズってノリ悪い?」
「いや、普通に言えばいいだろ別に」
「はいはい、分かりましたー。第1位は、上条沙羅さんでーす!」
あれ、なんだろう、知ってる名前のような気がする。
しかもそう思ったのは俺だけじゃないようだ。
苺も啓介も表情が変わった。
「ブラッドオレンジの特殊な被害者ね……」
苺はゴーヤでも食べたような苦々しい表情をしていた。
「マフィアの女ボスですね……」
啓介も苺と同じような表情だった。
「ええ。麻薬の密売、暴行、恐喝、殺人、殺人未遂、その他諸々、悪いことは全部やってるって自慢できるレベルの極悪人ね。刑務所を別荘だと思ってるような女だけど、最近は捕まってないわね」
「はいボス。自分に捜査の手が伸びないよう、色々と工夫しているようです。ブラッドオレンジに騙されてから警戒心が非常に高くなっています」
「あの事件か……」
ブラッドオレンジを一躍有名にした事件だ。
当然俺も知っている。
ブラッドオレンジは麻薬取引の相手になりすまして沙羅の組織に近づき、現金数億円を騙し取った。
しかもご丁寧にその現金を警察に届けたのだ。
取引現場の動画ファイルと果物のブラッドオレンジも一緒に。
おかげでブラッドオレンジを義賊扱いするバカまで現れる始末だった。
「あれのおかげで、沙羅の組織は壊滅的打撃を受けて、今はかなり弱体化してるわね。それでもまだマフィアとしてやっていることに変わりはないわ」
「警告するべきでしょうか?」
啓介が目を細めた。
弱体化したと言っても、マフィアはマフィアだ。
爆殺トカゲに吹き飛ばされたら、警察的にも市民的にもラッキーだ。
「しないわけには、いかないでしょ……。あまり会いたい相手ではないけれど……」
「んじゃあ、俺が行ってこようか?」俺が軽いノリで言う。「上条沙羅とはちょっとした知り合いなんだ」
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