Steal・21 マフィアは怖いものです
「上条沙羅と知り合いですって?」
苺の口調が変わり、俺を睨むように見た。
「いや、俺はマフィアの仲間じゃねぇよ。ちょいと昔、探っただけさ。ブラッドオレンジのことをさ」
「あなた、潜入してたの?」
「まぁ2週間ぐらいだがな。ブラッドオレンジが義賊扱いされてて、ちょっと腹が立ってな。情報収集してたのさ」
「なんでブラッドオレンジが義賊扱いされてあなたが怒るの?」
「俺より有名になったから」
「あ、そう……」
苺は呆れた風な表情で言った。
「それに世間じゃ、怪盗ファントムヘイズより義賊ブラッドオレンジ信仰が深まって、なーんか面白くなくてさ。ブラッドオレンジのクソヤローに一泡吹かせてやりたかったわけ」
「で? その時に何か情報を得られたの?」
「取引相手は女だったらしいぜ。ただ、そいつがブラッドオレンジ本人かは分からない」
「結局何も分からなかったのね?」
「まぁ、そうとも言えるな」
「ヘイズって役に立つようでそうでもないよねー」
ウリエルが笑顔を浮かべ、とっても楽しそうに言った。
「うるせぇよ。どうせ盗むか侵入するしかできねぇよ、俺は」
情報収集だってそれなりにできるが、そこはウリエルに比べたら一枚落ちる。
いや、正直に言うと二枚か三枚は落ちるな。
「大丈夫よヘイズ。そこそこ役に立ってるわ」
「そこそこ、ね」
苺のフォローがなぜかとっても悲しい。
「まぁいいじゃない。それより、上条沙羅への警告だけど、竹本捜査官とヘイズで行ってもらえる?」
「了解ですボス」
「苺ちゃんは? 捜査官でもマフィアは怖いか?」
「そうじゃなくて、何かあったら私じゃ助けられないでしょ? 私だって身を守る術は知ってるけど、竹本捜査官の方がずっと強いのよ」
「そりゃそうだ」
よくない事態に陥った場合、苺よりも元特殊部隊の啓介の方が役に立つ。
適材適所というやつだ。
俺だって身を守る術は知っているが、マフィアを何人も相手に立ち回れるほど強くはない。
武器らしい物は何も持ってないしな。
「納得したならミーティングを続けるわね。海岸線に放置された爆殺トカゲの車だけど、仕掛けられていたのはやっぱりお手製爆弾だったわ。爆発物処理班がきちんと解除して、鑑識が車を調べたけど、特に目新しい情報は出なかったわ」
「ふぅん。ラボは?」
苺が死にかけたラボのことだ。
できれば二度と爆弾魔とは闘いたくない。
スリルはあるけど、俺のスキルを活かせるような場面はない。
「そっちは今、鑑識が調べてるところ」
「顔認証は?」
「連絡がないからヒットしていないのね。あとで確認しておくわ」
「あたしは何する?」
「そうね。一応、上条沙羅の組織について情報を集めておいて。なるべく新鮮なのをお願い」
「余裕」
ウリエルはさっそくキーボードを叩き始める。
まだミーティングの途中なのだが、苺は特に何も言わなかった。
これも適材適所。
ウリエルは情報収集や分析に長けているが、コミュニケーション能力は低い。
ミーティングよりもさっさと仕事を与えてやった方がいい。
◇
「なぜこんな格好をしなくてはならんのだ……」
ショッピングモールの試着室から出てきた啓介が言った。
啓介は上下黒のジャージを着用している。
ジャージの上は前のジッパーを開いていて、赤いインナーに金のネックレスが見えている。
まぁ本物の金ではないが。
そして当然、靴はクロックスだ。
「いや、だってよぉ」俺は笑いそうになりながら言う。「あんなダサいスーツじゃ、公務員ですって言ってるようなもんだろ? 俺ら、マフィアのボスに会いに行くんだぜ? 公務員とは会ってくれねぇよ」
「そうかもしれんが……限度があるだろう……」
「いいんだよ。啓介はチンピラで、俺とはムショで知り合った。元自衛隊で、腕っ節があるから俺が用心棒として雇った。そういう設定な」
「で、お前もどういう服装だそれは……」
啓介が俺の身体を上から下まで舐めるように、というか呆れたように見た。
俺は白のスーツに黒いシャツで、ネクタイはなし。革靴の色も白だ。
「俺は武器商人なんだ。そういう設定で以前潜入した。で、ドジって捕まって最近までムショにいたってことにしとく」
「武器商人……か。派手すぎないか?」
「いいんだよ。前回もこんな格好だったからな。会計はもう済ませてあるから、着てたダサいスーツは車のトランクにでも突っ込んでおけばいい」
「……経費にはならんぞ……?」
「だろうな。心配しなくても俺は金持ちだ」
テンティが現金百万円を届けてくれたので、服ぐらい余裕で変える。
それに、オフショア口座には億単位の金が入っているしな。
もちろん、盗んだ物を換金した金だ。
まぁ、稀に現金を盗むこともあったが。
「ふん……盗人め……」
啓介は吐き捨てるように言った。
「こっちの流儀だと、盗まれる奴が間抜けなんだよ」
「こっちの流儀では、そういう奴はムショ行きだ」
啓介がそう言ったので、俺は肩を竦めた。
司法取引が有効な限り、新たに犯罪を犯さなければムショに送られることはない。
まぁ、苺から逃げようと思っているのであまり関係ないけれど。
「ま、行こうぜ。相手は割と過激な女だ。俺が喋るからなるべく黙っててくれな」
上条沙羅は、今36歳だったかな。
3年前より貫禄が出ているのか、それともあまり変わっていないのか。
会うのが少し楽しみだ。
◇
「いやぁ、懐かしいなクソガキ。お前のせいで武器の仕入れができなかったことは、今でも覚えているぞ」
一人掛けのソファに座って脚を組んだ上条沙羅が俺を睨みつける。
ここは中心街にあるクラブのVIPルームだ。
当然、沙羅の組織が経営しているクラブだ。
沙羅の右斜め後ろと左斜め後ろに、セクシーな格好をした女がそれぞれ立っている。
武器は持っていないが、この二人は格闘技を嗜んでいる。
で、俺と啓介の背後にスーツの男が二人。
こいつらは銃を隠し持っている。
スーツの上からでも、見れば分かる。
「俺はもう25になった。ガキはねぇだろ沙羅さん」
「んなことはどうでもいいんだよクソガキ。お前から安く武器を仕入れるはずだったんだ、あたしらはな。それをいきなし消えやがって。今更何の用だ?」
「ちっとドジってムショにいたんだよ。悪かったと思ってんだ」
「悪かっただぁ?」沙羅の表情が歪む。「それで済むんなら、マフィアはいらねんだよクソガキ。分かるか? あたしらは今じゃチンケなシノギしかできてねぇ。それもこれも、ブラッドオレンジとお前のせいだ」
「いや、俺は何も盗んでねぇ。武器を流せなかったことはマジで悪かった。その詫びってわけじゃねぇけど、ちょいと小耳に挟んだ情報があるんだ」
「情報?」
「ああ。爆殺トカゲって知ってるか?」
「もちろんだ。ブラッドオレンジは今でも追ってんだよあたしらは。あのクソアマには生まれて来たことを千回は後悔させてやらないと気が済まない。クソガキには想像もできないような拷問を延々と続けて、苦しみながら死なせてやる」
「お、おう」
俺はちょっと引いた。
マフィア怖い。
ブラッドオレンジの奴、なんでまたマフィアの金なんか盗んだんだよ。
しかもそれを警察に届けるとか意味不明だ。
「んで?」沙羅が背もたれに身体を預ける。「そいつがどうしたって?」
「ああ。そいつの次の標的が沙羅さんだって話があるんだ」
「あん?」
「いや、爆殺トカゲはブラッドオレンジの関係者を全部殺すって言ってんだろ?」
「なるほど、な」ふん、っと沙羅が鼻を鳴らす。「ブラッドオレンジを有名にしたあたしなら、確かに標的には最適だろうな。だが、あたしを殺そうなんて百年は早い。そう思わんかクソガキ?」
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