Steal・6 砂漠に落とすなら何がいい?


 オフィスに入ると、すでに男の捜査官がデスクに座っていた。

 ウリエルの前の席だ。

 そいつは体格がよく、俺と同じような黒いスーツを着ている。

 髪の毛は短く切り揃えていて、顔がちょっと怖い。

 捜査官というよりヤクザの構成員みたいな感じだった。

 年齢は30代前半といったところか。


「初めまして。あんたも犯罪者か?」


 俺は早速、その男に近寄って左手を差し出した。

 男は俺を見て立ち上がり、「違う」と言いながら俺の左手を握る。


「そうなのか? 普通の捜査官?」


 俺は握手の上から右手を重ね、何度か振ってから手を離した。

 よろしく、って意味だ。


「彼は元特殊部隊よ」苺が自分の席に座りながら言った。「引き抜いてきたの」


「へぇ。SAT? 特殊作戦群?」

「SAT」

「なるほど強そうだ。口数は少ないようだが、自己紹介ぐらいできるだろ? 俺はヘイズ。気軽に接してくれ」

「オレは竹本啓介。捜査官としては新米だが、よろしく頼む」

「ああ、よろしく」


 言って、俺は自分のデスクに行こうと踵を返した。


「待ってヘイズ」苺が言う。「腕時計は返してあげて」


「何?」


 啓介が自分の左腕を確認するが、そこには何もない。

 当然だ。

 俺がさっき盗ったのだから。


「挨拶代わりだ。気にすんな」


 俺は右手の中に入れていた腕時計を啓介に渡し、左手で啓介の肩を叩いた。

 別に本気で盗もうとしたわけじゃない。

 安物の時計だったしな。


「次はオレの挨拶が必要だな?」


 啓介が指をポキポキと鳴らした。


「いや、それはいい。遠慮する。啓介に殴られたら俺死ぬ。いやマジで」


 俺は急いで自分のデスクに向かった。

 危ねぇ。

 啓介みたいな筋肉ダルマと格闘とか冗談じゃない。

 俺は泥棒であって、格闘家でも特殊部隊でもない。


「早速名前で呼び捨てか」


 啓介は溜息を吐きながら椅子に座った。


「で、聞き込みで何か収穫はあったの?」

「いえ、特にありません。ボスは?」

「ボス? それ苺ちゃんのことか?」


「うるさい」苺が俺を睨む。「こっちも特になしよ。とりあえず、今ある情報を整理しましょ」


「はい。被害者は菊池太郎、33歳。地元の中堅企業に勤めていて、前歴はナシ。キュービックジルコニアを本物のダイヤだと思って購入。売ったのは訪問販売の男で、これが似顔絵です」


 啓介はデスクからA4サイズの紙を持ち上げ、苺に見せた。

 それからウリエルの方に向ける。

 ウリエルはディスプレイに齧り付いたままで、似顔絵を見なかった。


「おい、ちゃんと見ろ」


 啓介が低い声で言うと、ウリエルは渋々と顔を上げた。

 そして似顔絵を見るなり一言。


「ヘイズに似てるんじゃない?」

「ああ? 俺に似てるだぁ? よっぽどのイケメンなんだろうな。俺にも見せてくれ」


 啓介が「これだ」と似顔絵を俺の方に向けてくれる。

 その絵は20代中頃の男で、あまり綺麗な顔立ちとは言えなかった。

 髪の毛はオールバックに整えていて、ヒゲはなし。

 営業マンらしく身なりに気を付けている、といったところか。

 しかし、


「ちょっと不細工じゃね?」


 俺は引きつった笑みを浮かべた。

 さすがに、これと似ているなんて言われたら傷付く。


「そうそう、そういうとこが似てるって言ってんのぉ」


 ウリエルは悪戯っ子みたいにニヤニヤと笑った。

 ああ、なるほど。

 不細工な絵だと分かってて俺に似てると言ったのか。

 つまりそう、からかわれたのだ。

 舐めやがって。

 パソコン盗んでやろうか。


「でも言われてみれば確かに似てるわね。髪型は違うけれど」

「勘弁してくれよ苺ちゃんまで……。明らかに俺より不細工だろうが」

「でも、似顔絵ってそういうものよ」


 苺がニヤリと笑いながら片手を広げた。

 なんだこの女共は。


「ウリエルの男装じゃね?」

「いやー、それは無理あるわー、ないわー」


 俺の発言に、ウリエルは嫌みったらしく首を振った。

 クソが。

 俺だって自分でも無茶言ってんなぁって思ってんだよ。

 言うんじゃなかった。


「まぁ、その可能性を検討するのは有りかもしれないわね」


「ええ!?」とウリエルが驚いたように口を開いた。


「冗談よ。そもそも、ウリエルには追跡装置があって、行動を全部把握してるから犯罪行為は無理よ」

「追跡装置の記録、ね」


 俺は肩を竦めた。

 割と厄介な物だな。

 何時何分何秒にどこにいたか全て分かってしまうのだから。


「てゆーか、あたし訪問販売なんかしたことないし」

「でしょうね。ウリエルに物が売れるとは思ってないわ。パソコンを使わない限りね」


 苺の言う通り、ウリエルに訪問販売や詐欺をやるスキルがあるとは思えない。

 ネット上でなら可能だろうけど。

 まぁ、元々誰もウリエルを疑ったりしていないのだが。

 この流れはあくまでちょっとした戯れに過ぎない。


「あたしにだって物ぐらい売れますぅ、苺ちゃんあたしのこと舐めすぎだし」

「はいはい。秋口捜査官って呼んでね。今まで通り」

「ヘイズはいいの?」


「ヘイズはいいのよ」と俺が苺の口調を真似して言った。


「いいわけないでしょ。でも、ヘイズが直すとも思えないから、仕方なく」


 やれやれ、と苺が首を振った。


「ボス、話を進めても?」


 俺たちの退屈な戯れが終わるのを、啓介は律儀に待っていた。

 ムキムキだし顔も怖いけれど、案外いい奴なのかもしれない。

 ちなみに、啓介はもう似顔絵をデスクに置いていた。


「ええ。悪かったわね」

「被害者によると、その男は20代の中頃だそうです」

「そりゃ似顔絵見たら分かるだろ?」


 俺が突っ込みを入れると、啓介が一瞬だけ俺を睨んだ。

 怖いので黙ることにした。


「着ていたスーツはグレイ。それなりにいいスーツだったそうです。身長は170センチ前後で、細身。腕時計やその他のアクセサリはなし。笑顔で馴れ馴れしく、けれどいい奴に思えたらしいです」


 笑顔ってのは武器だからな。

 さすがブラッドオレンジ。

 まぁ、実はブラッドオレンジが男なのか女なのか誰も分かっていない。

 事件によって証言が代わるのだ。

 若い女だったり、少女だったり、今回のように若い男だったり。

 共通点としては、どのブラッドオレンジも30歳は過ぎていないということ。

 しかし今、そのことはあまり重要じゃない。

 今、大切なのは。


「てゆーか、昨日の聞き込みでその似顔絵持って行けば良かったんじゃね? 誰か知ってるかもしれねぇじゃん」


 俺が今日、再び聞き込みに駆り出される可能性があるということ。


「作ったのが昨日だが?」

「もしかして、捜査にまだ慣れてないのか?」


 俺なら最初に似顔絵を作らせて、聞き込みに持って行く。

 そうしないと二度手間じゃないか。

 昨日会った連中にまた会うとか勘弁して欲しい。


「そりゃ慣れてないでしょ。この班が動き出したのは半年前からよ。まぁ、準備は一年前から進めてはいたけれど」


「オレはお前の捜査が初めてだった」と啓介。


「私もよ。前はテロ対策班にいたから、実は犯罪捜査の経験ってヘイズの時が最初なのよね」

「……それでよく俺を捕まえたもんだ……」


 まぁ、かなり手加減してやったが。


「あなたのことは、そもそも個人的に調べていたから。それとヘイズ。どうせ聞き込みなんて何度も行くのよ。問題ないわ」


 ああ、やっぱりそうなのか。

 聞き込みって本当、退屈な作業だ。

 砂漠に落とした釘を拾うぐらい退屈で、海に落としたネジを探すぐらい何も見つからない。

 もちろん、それが重要だということは理解しているが。


「俺はパスしていいか?」

「ダメ。あなたは基本、私とずっと一緒にいるのよ」

「そうかよ」


 溜息すら出ない。


「それでボス、今日はどう動きましょう?」

「そうね。まずは指輪の購入者リストを見てみましょう」


 苺がプリンタの側に移動し、プリントアウトされた紙を手に取った。

 ウリエルは仕事が早い。


「知った名前はないわね。竹本捜査官、このリストに載っている人たちが指輪を持っているか調べてきて」

「了解です」


 啓介は苺からリストを受け取ってオフィスを出た。実に働き者だ。


「あー、行かなくていいかもー、ってもう行っちゃったか」

「どうしたのウリエル?」

「昨日ぶっこ抜いたデータ、解析終わったんだけど、キャバ嬢グルだぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る