Steal・7 おはようヘイズ、何でいるの?


「グルですって? 詳しく」と苺。

「だからぁ、ラインのグループトークでぇ、計画してる。ほら」


 ウリエルがディスプレイを指さしたので、俺と苺はウリエルの左右からディスプレイを覗き込んだ。


ミカリン・あのバカ男、ユカリンに指輪買うって言ってたから、ダイヤの指輪勧めた!

ユカリン・マジ!? じゃあ指輪貰ったら速攻で売ってホスト行こうね!

テンティ・それより、1500円の偽ダイヤを高額で売りつけてやらない?


 このトークのあと、やるだのやらないだの、詐欺はまずいだの余裕だのと幾つものトークが続き、最終的に実行することに決まっていた。

 分け前は実行犯のテンティが30万で、情報提供者のミカリンと当事者のユカリンが10万ずつということで落ち着いている。

 万が一捕まったら、テンティが一人でやったことにする、という約束も記されている。


「ユカリンは遠藤由加里ね。ウリエル、他の二人が誰か分かる?」

「ミカリンは鈴井美香。ユカリンと同じキャバで働いてるぞ。でも、テンティは身元不明」

「身元不明?」


 苺が目を細めた。


「そ。プリペイド携帯で追跡不能」

「契約した時の名前や身分証が偽物だった、ってことかしら?」

「イエス!」

「今どこにいるかはどう?」

「残念、電源が切れてる」

「それもう二度と電源入らねぇパターンだぜ。壊してポイだ」


 俺ならそうするし、きっとブラッドオレンジでもそうするだろう。

 だが、テンティがブラッドオレンジかどうかはまだ分からない。

 トークを見る限り、テンティは女だ。

 しかし似顔絵は男。

 さーて、どうする苺ちゃん。


「ユカリンとミカリンに聞くしかないわね」


 苺は小さく肩を竦めながらそう言った。


「それもどーかなぁ」ウリエルが小さく首を振った。「テンティと二人が仲良くなったのって、ここ一ヶ月ぐらいだからぁ、ほとんど何も知らないかも?」


「そう。でもとりあえず、遠藤由加里と鈴井美香を逮捕しましょう」

「逮捕って、不正に入手した証拠じゃ逮捕できねぇだろ?」

「大丈夫よ。自白させるから」

「あ、そう……自白させるのな」


 苺の能力なら可能だろう。

 たぶん、俺でも可能。

 もうすでに証拠を持っているわけだし、美香と由加里が関与しているのは明らかなのだ。

 それに、由加里に関してはあまり頭が回る方でもない。

 簡単に吐きそうだ。


「コーヒーを飲んだら遠藤由加里の自宅に向かいましょう。ウリエルは鈴井美香について調べて。あと、テンティについてもできるだけ情報を集めて」

「はいはーい」


 ウリエルは椅子に足を上げて、椅子の上で体育座りをした。

 それからキーボードをカタカタと叩き始めた。

 それを確認して、苺がオフィスを出る。

 俺もあとに続く。


「あたしのコーヒーもヨロシク!」


 ウリエルが言ったので、俺は了解の意味を込めて右手を上げた。

 俺と苺はとりあえず休憩室に移動して、コーヒーを淹れてオフィスに戻った。

 そしてゆっくりとコーヒーを飲んだ。

 ウリエルの言う通り、なかなか美味かった。



 遠藤由加里のマンションは、あまりセキュリティの高くないマンションだった。

 7階建てで、築20年ってところか。

 侵入するのは朝飯を食う前でも可能だ。

 俺と苺は3階までエレベーターで昇り、302号室のインターホンを苺が押した。

 しかし反応はない。

 苺は再びインターホンを押すが、やはり反応がない。


「留守かしら?」

「寝てんだろ。夜の仕事やってんだから、午前中は寝てるのが普通じゃね?」

「なるほど。じゃあヘイズお願い」

「何が?」

「言わなきゃ分からないの?」


 苺が首を傾げる。

 ああ、はいはい。

 分かります、分かりますよ。

 俺は苺の頭に触り、2本のヘアピンを抜き取った。

 苺の髪の毛がハラリと垂れた。

 ヘアピンで留めていた髪型も悪くないが、ストレートの方が綺麗に見える。

 というか、ストレートの方が好みだ。


「折らないでね」と苺が言った。


「そりゃ無理な相談だ」


 俺はヘアピンの1本を折り曲げて、鍵穴の下側に差し込んだ。

 それからもう1本のヘアピンを真っ直ぐに伸ばして、鍵穴の上側に差し込む。

 こういう古いタイプの鍵は、ヘアピン2本で簡単に開けられる。

 たぶん、練習すれば誰でも開けられるはずだ。

 最近はピックキング対策が施された鍵も売っているのだが、築20年のマンションじゃ、そんないい鍵は使っていない。


「こういう鍵はシンプルな内部構造になってて、ドライバーピンとタンブラーピンっていう2種類のピンが数本ずつ存在してんだ。そんで……」

「あー、ダメダメ。聞きたくないわ」

「はん。頭にヘアピン2本挿しといてよく言うぜ」

「髪を留めてただけよ」

「ヘアピンを2本使ってる奴はみんな泥棒だ。あるいは、相棒にピッキングさせようと思ってる捜査官ぐらいさ」


「それはまた、ずいぶんと視野の狭いことで」

「ちなみにピッキングのコツは力を入れすぎないこと」

「だから聞きたくないってば。私が目を離した隙に、ヘイズが勝手にやったことなの。私は何も知らないわ」

「そうかよ。お願いしといてよく言うぜ」

「何をお願いするかはまだ言ってないでしょ」

「へいへい。っと、開いたぜ」


 俺はヘアピンを鍵穴から抜いて苺に返した。


「早いわね。知ってる? 最近の空き巣はピッキングしないのよ」

「技術がないから窓を破った方が早いんだろ? 知ってるさ」


 言いながら、俺はドアノブを回した。

 どうやら、チェーンロックは掛けていないようだ。

 一番の問題は、大衆の防犯意識の低さだと俺は思う。

 まぁ、チェーンロックなんてボルトカッターで一発だけどさ。

 今朝、苺が車のトランクに積み込んでいたのを俺は知っている。

 というか、わざと見せたのだろう。

 ここにあるから勝手に使っていいわよー、的な。

 苺が俺を仲間にした理由は、こういうことをやらせるためだ。


「それじゃあ、口説いて来てね」

「書類なしで?」

「平気よ。頭悪そうな子だったもの。それに、局に戻ったらちゃんと発行してもらうわ」

「分かった。じゃあ待っててくれ」


 俺は一人、由加里の部屋に滑り込む。

 2LDKの部屋で、玄関を潜り抜けるとすぐLDKだ。

 部屋のドアは三つあるが、一つはバストイレ。残り二つのどちらかで、由加里が寝ているはずだ。

 俺は近い方の部屋を開けた。

 そうすると、そこが寝室だった。

 由加里がベッドで眠っている。

 俺はソッと近づき、ベッドに腰を下ろす。


「お姫様、夢から醒める時間ですよ」


 俺は優しい声で言って、由加里の頭を撫でた。

 由加里は眠そうな声を上げて、モゾモゾと動き、それからやっと目を開いた。


「おはよう」

「うん。おはよ……ってヘイズ!?」


 由加里は酷く驚いたらしく、ガバッと上半身を起こした。

 急に起きると身体に良くないと誰かに聞いたような気がするが、まぁいいか。


「起こして悪いんだけど、君を逮捕する」

「え? え? 逮捕?」


 由加里は軽くパニックを起こしているようで、俺の言ったことを理解できていない様子だった。


「そう。君がテンティやユカリンと組んで詐欺を働いたことは調べがついてる」


 やべぇ。

 被害者の名前忘れちまった。

 心からどうでもいい男だったので、完全に抜け落ちている。

 まぁ問題はない。


「な、なんで……」

「初犯だし、主犯でもないから、執行猶予は付くかもな」

「勝手に部屋に入ってくるなんて……」

「逮捕状がある。だから部屋への突入は合法だ。こっちに落ち度はない。悪く思うな。俺も仕事なんだ」


 逮捕状が本当にあれば、の話だ。

 俺は持ってないし、苺も持ってない。

 そもそもが違法捜査なので、正式な逮捕状は降りない。

 ヘアピンで鍵を開けておいて、合法だったら逆にビックリするわ!

 でも俺は合法だと押し通す。


「そんな……ゆかりは、何もしてないのに……」

「分け前の10万は?」

「まだもらってないよぉ。テンティと、連絡付かなくて……」


 由加里は泣き出しそうな表情で俺を見た。


「実はそれも知ってる。そこで相談なんだが、君とは司法取引してもいいと思ってるんだ」

「司法……取引?」


 由加里は泣きそうな顔のままで首を傾げた。


「そう。君は分け前も貰っていないし、主犯でもない。俺が捕まえたいのはテンティだ。君がテンティについて、知っていることを全て話すなら、君の罪は免除してもいい」

「本当に!?」

「ああ。本当だ。一緒に局に来てくれるな?」


「うん!」頷いたあと、由加里はハッとしたように、「でも……」と言った。


「でも?」

「テンティのこと、あんまり知らないよ……」

「いいさ。知ってることだけで問題ない。来てくれるな?」

「うん。着替えるね」


 由加里がベッドから降りる。

 それと同時に、


「ヘイズ! 緊急事態よ!」


 苺が由加里の部屋に飛び込んできた。

 

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