Steal・8 人間だって、たまには吹っ飛ぶさ


 苺は急いで来たように見えるが、気配を感じなかった。

 苺は以前、テロ対策班にいたと言っていたが、実はスパイだったんじゃないかと思った。

 まぁ、どうでもいいことだが。

 由加里はビックリしたように固まってしまっている。


「どうしたってんだ?」


 ガチの捜査官が入ってきちゃまずいだろ。

 違法捜査の真っ最中なんだから。


「被害者が吹っ飛んだわ!」

「ああ? 何言ってんだ?」

「車に爆弾が仕掛けられて、バラバラになったのよ!」

「なんだと?」

「この件との関連は不明だけど、現場に行くわよ!」

「分かった。由加里はどうする?」


 俺はベッドから立ち上がる。


「15時に局に来て。分かったわね?」


 苺が由加里を睨むように見た。

 由加里はビクッと身を竦めてから頷いた。

 それを確認してから、苺が部屋を出る。

 俺も苺の後を追う。


「あ、あの」


 由加里が言ったので、俺は立ち止まって振り返った。


「なんだ?」

「15時って何時?」


 俺は苦笑いを浮かべ、頭を掻いてから言う。


「お昼の3時だ」



 現場には多くの警察官と鑑識が集まっていた。

 現場は何の変哲もない平面駐車場だった。

 自動車を駐車するための区画を白線で区切っていて、車輪止めはなし。

 駐車場の周囲は金網で仕切られている。

 被害者が務めていた会社の建物から、徒歩で一分ほどの場所だ。

 コインパーキングではなく、会社所有の駐車場だとここに来るまでの間に聞いた。

 駐輪場が一緒にないことから、自転車やバイクは会社建物の中に駐めることができるのだろう。


 現場には野次馬もいたが、キープアウトのテープより内側には入っていない。

 どいつもこいつもスマホを出してパシャパシャと写真を撮影している。

 あとでツイッターにでも載せるのだろう。

 爆発現場なう、みたいな。

 一般人ってのはお気楽でいい。

 まぁ、俺も別に気が重いというわけでもないけども。

 野次馬の前で見張っている警察官に、苺が身分証を見せた。


 警察官が一度頷く。

 俺も苺の真似をして自分の身分証を見せた。

 この身分証はコーヒーを飲む前に苺に渡された物だ。

 捜査官ではなくコンサルタントと書かれているが、よく見なければ分からない。

 俺と苺はテープを潜り抜け、責任者らしき男の方へと歩いた。

 その男は50代ぐらいの刑事だ。

 見た目は普通。

 顔が怖いということもないし、渋いわけでもない。


 ただちょっと、意地悪そうな顔つきだなぁ、という程度の特徴。

 服装も普通のスーツ。

 普通のスーツというのは、公務員が着るようなダサくて安いスーツという意味。

 俺のイメージでは、オッサン刑事はみんなダサいハンチングでも被ってるのかと思ったが、そうでもないようだ。

 男の頭には自前の髪の毛しかない。

 ちょっと白髪が出てきているし、額が広くなってはいるが。

 でも比較的、若々しい方か。


「情報局の者です」


 苺がまた身分証を見せたので、俺も倣った。


「ちっ」


 責任者らしき刑事が大きく舌打ちした。

 なるほど。

 意地悪そう、という俺の第一印象はあながち間違っていなかったようだ。


「状況の説明を」


 苺が言った。

 俺は周囲を見回した。

 どの車が吹っ飛ばされたのかはすぐ分かった。

 辛うじて車だと分かる黒焦げの物体があったからだ。

 これじゃあ乗っていた人間は宇宙まで飛んでお星様になっているはずだ。

 乗ってたらまず助からない。

 そういうレベルの損傷。


「テロだって分かったらあんたらに回す。が、今はうちらの管轄だ。消えろ」


 刑事は目を細め、唾を吐くような素振りを見せた。

 実際には吐いていない。

 心を読むことができない普通の人間でも、この刑事が嫌な奴で、なおかつ情報局が嫌いだということがすぐに分かる。


「非協力的なのね」と苺は冷静に言った。


「うるせぇな。捜査妨害で逮捕してやろうか?」

「情報局が嫌いなの? それとも、今朝も奥さんと喧嘩してイライラしてるだけ?」

「なっ……」


 刑事が目を丸くした。

 どうやら図星だったようだ。


「監視してるわけじゃないわ。あなた小物だもの。でも、だからこそ奥さんと上手くいってないのね」

「なんで喧嘩のこと知ってんだコラ」

「指輪をしてるから、結婚してるのはすぐ分かったわ。警察関係者って、家族とは上手くいかない場合が多いわ。特にあなたみたいな、プライドだけ高い小物はね」


「んだとテメェ……」

「そろそろ子供が受験の時期なのかしら? 息子?」

「関係ねぇだろボケが……失せろってんだ」

「あぁ、娘なのね。なるほど。娘とも上手くいってないのね。あなたの髪が薄くなってきたことと関係があるのかしら?」

「クソが! おい誰か! こいつらをつまみ出せ!」


 刑事が叫ぶと、私服の奴が一人と制服の奴が一人、俺たちに駆け寄ってきた。


「日本情報局よ」


 駆け寄ってきた二人に、苺が身分証を見せる。

 当然、俺も真似をした。

 二人は戸惑ったように刑事を見た。


「構わねぇから追い出せ!」


 刑事が叫び、制服の方が俺の腕を掴んだ。

 それから、私服の方が苺の腕に触ろうとする。


「言っておくけれど、私に触れたら捜査妨害で逮捕するわ。テロの可能性がある場合、私たちを追い出すことはできない。知ってるでしょ?」


 苺の言葉で、私服の奴は思い留まった。


「お前も離せよ」


 俺が言うと、制服の奴が俺の腕を離した。

 しかし、テロの可能性なんて欠片も見えない。

 どう考えたってテロじゃない。

 テロリストが地元中堅企業の、特に役職もないサラリーマンを爆殺するメリットがない。

 私怨、という線が最も濃いか。

 しかし、わざわざ爆弾を使うというのが解せない。

 刺した方が圧倒的に早いのだから。


「分かればいいの。状況は? 説明してくれるわよね? それとも、もう少し家庭の悩み相談を受けましょうか? 娘の夜遊びは、別にあなたへの当てつけじゃないわ。そういう時期なのよ」


「うるせぇんだよクソが……お前ら、これがテロに見えんのかよ……」


 少なくとも、俺はテロには見えない。

 たぶん苺もテロだとは思っていない。

 ってゆーか、俺らそもそもテロ対策班じゃねぇし。

 仮にこれがテロでも、ここにいていい理由はない。

 でもそんなこと、言わなければバレないものだ。


「それを確認したいだけよ。あなたが協力的に状況を教えてくれれば、それでいいの」


「ちっ、分かった分かった。被害者は一人。菊池太郎、33歳。車に乗るところを別の営業マンが見てるから間違いない。使われた爆弾は不明。車が駐車場から少しだけ動いているという点から見て、爆弾はエンジンに連結されていたわけではなく、時限式か遠隔操作。容疑者はまだ不明だが、怨恨の線で捜査する。テロリストが普通のサラリーマンを一人だけ殺すわけがねぇ。分かったらもう帰れ。お宅らの出る幕じゃねぇ」


「そのようね」


 苺が肩を竦める。


「車の様子を写真に撮ったら帰るわ。私も報告書を書く必要があるから、分かるでしょ?」

「分かったが、終わったらさっさと帰れ。警察の仕事だ」


 ふん、と鼻を鳴らしてから意地悪な刑事は他の刑事のところへと移動した。


「なぁ苺ちゃん、なんであいつのこと言い当てられたんだ?」

「コールドリーディングと演繹的推理と、バーナム効果」

「ふぅん。やるじゃねーか」


 俺は心理学に興味はないが、コールドリーディングとバーナム効果ぐらいは知っている。

 コールドリーディングは事前の調査なしで、その場の会話や観察だけで相手から情報を引き出す技術だ。

 詐欺師やインチキ霊能者がよく使う。

 バーナム効果は、誰にでも当てはまりそうな、とても曖昧な性格診断みたいなものだったはず。


 ただ、対象はその曖昧な診断を自分のものとして受け止める。

 たとえば、「あなたはとっても優しい面を持っています」と言えば、大抵の人間には優しい部分があるわけで、言い当てられたと思うわけだ。

 これは占い師なんかがよく使うか。


「どうも。さぁ、写真撮るわよ」

「なんだ? ピースでもしようか?」


 俺は両手でピースして小さく振った。


「あなたを撮るわけじゃないわ」苺が溜息混じりに言った。「本当に車の写真を撮っておくのよ」


「管轄外だろ?」

「そうよ。でも、私の事件に横やりを入れられて腹が立つの。犯人は警察より先に見つけて、玉を蹴り潰してやるわ」

「その意見には同意する」


 これは俺のゲームだ。

 邪魔する奴は許さない。

 しかし、玉を蹴り潰すとは恐ろしい発言だ。

 それに、相手が女だったらどうするのだろう。

 潰す玉がそもそもないわけで。


「真面目に思考しないで。言葉のアヤだから」


 苺は俺の考えを読んだらしく、肩を竦めた。


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