Steal・10 悪意を向けちゃダメな相手ってのもいるのさ


 俺は弁当箱の蓋を外した。

 栄養バランス完璧じゃねぇか。

 きちんと考えて作ったのだと一発で分かるぐらい、色々なおかずが入っている。


「別にあなたのために作ったわけじゃないわ」苺は照れているのか、俺の方を見なかった。「ただ、二人分も三人分も変わらないから」


「ありがとな」


 俺は素直に感謝の気持ちを表現した。

 ぶっちゃけ俺、今は文無しなんだよな。

 コンビニ弁当でも盗んでこようかと、真剣に考えていたので助かった。


「別にいいわ。食べて気に入ってくれたなら、毎日作るわ」

「助かる」

「別に助けてないわ。ただの趣味よ」

「そうか。啓介の分もあるのか?」

「彼には愛妻弁当があるわ。私が余計なことして、夫婦仲が悪くなったら困るでしょ?」

「そりゃそうか。まぁありがとう。いただくよ」


 苺の弁当はかなり美味しかった。

 捜査官なんて辞めて、弁当屋を開いてもいいレベルだと俺は思った。

 毎日買ってやる。

 他人から盗った金で。

 俺が苺の弁当を食い終わった頃に啓介が戻ってきて、愛妻弁当を食べ始めた。


「よぉウリエル。爆殺トカゲについて何か分かったのか?」

「全然。今日の事件がニュースになってただけー」

「じゃあ俺の出番だが、その前に……」


 俺はスマホをインターネットに繋ぎ、いつもチェックしていたサイトを開く。


「おお? ヘイズ何見てんの?」


 ウリエルが椅子を動かして俺のスマホを覗き込んだ。


「なになにぃ? ヘイズラブ? これってヘイズのファンサイト?」

「おう」

「自分のファンサイト見てるのか。それマジでキモイ」

「うるせぇな。いいだろ別に」

「どんなサイトなの?」


 苺が興味を持ったようだ。


「別に。普通のファンサイトさ。俺の事件をまとめてる。まぁ、管理人のコメントや日記もあるがな。日記って言うか、俺への熱烈なラブコールだが」

「そうなの? モテるのね」

「まぁな。管理人はファインズヘムトって女。事件記事は割と正確で、読み返すと思い出に浸れる」


「ファインズヘムト?」苺が言う。「それってファントムヘイズのアナグラム?」


「ああ。そのようだ。俺が逮捕された件も載ってるが、管理人は誤認逮捕に決まってるってコメントしてるな」

「まぁ、実際そうなるわ。あなたを十全に使うには、捕まっていないことにした方が都合がいいもの」

「だろうな」


 犯罪者でいれば、潜入捜査なんかが簡単にできる。

 それにツテを頼ることもできる。

 逆に、警察なり情報局なりと取引したと思われたら、ツテを頼れない。

 俺はサイトの新着情報だけ見て、ブラウザを切った。


「さて。じゃあちょっと電話するけど、この相手を捕まえようなんて思うなよ?」

「大丈夫よ。干渉しないわ。私が知りたいのはテンティとトカゲヤロウだけ」

「よし」


 俺が番号をプッシュするとコール音が鳴り、7コール目で相手が電話を受けた。


「誰だ?」


 電話の向こうから、老年の男の声が聞こえる。

 このジジイは調達屋で、多くの犯罪者と取引をしている。

 つまり、必然的に多くの情報が集まってくるというわけだ。

 よって、このジジイは情報屋も兼任している。

 ジジイが情報屋だと知らずにベラベラ何かを喋ったなら、そいつが悪い。

 情報を売られても文句は言えない。


「俺だ。分かるだろ?」

「ああ、お前さんかい。捕まったって聞いたが?」

「俺が捕まるかよ。別人だ。そのうち分かるだろうぜ」

「へぇ。それで? 何が入り用だ?」

「情報だ」

「情報、ね。どんな?」

「爆殺トカゲ」

「聞かん名だ」

「ニュース見てねぇの?」

「ワシがそんなもん見ると思うか?」


 俺は溜息を吐いてから、爆殺トカゲの事件について説明した。


「これできる奴は、どんぐらいいる?」

「ワシの知っとるだけでも、100は軽いな」

「んじゃあ、実際やる奴は?」

「5人か6人ってとこかの」

「そん中で、ブラッドオレンジと関係ありそうな奴は?」


「そりゃ知らんのぉ。ワシはブラッドオレンジとは付き合いがないんじゃ。まぁ、別名を名乗ってワシの客になっとる可能性もあるがの」

「そうか。とりあえず、その5人か6人の名前だけ教えてくれ」

「おう。1人につき10万じゃ」

「了解」


 俺は5人の名前をメモ書きして電話を切った。


「なぁ苺ちゃん。50万経費にならねぇ?」

「情報提供料ってこと?」

「ああ」

「高すぎるわ。バカなの? もっと値切りなさいよ」

「値切ったら何も聞けねぇよ。そういうもんだ」


 相手は俺が金持ちだと知っている。

 だから1人につき10万と言ったのだ。

 そもそも、あのジジイは交渉が通用する相手じゃない。

 はぁ、と苺が溜息を吐いた。


「掛け合ってはみるけど、期待しないで。領収書って切ってもらえるの?」

「まさか。裏金に決まってんだろ。帳簿に載るかよ、こんな金」

「じゃあ無理ね。領収書は絶対に必要よ」

「マジかよ……」


 情報局って、もっと経費使いまくれる組織かと思っていた。

 案外、現実的なんだな。

 仕方ない。

 50万は自腹でなんとかするか。

 別に50万ぐらいなら余裕で口座にあるんだが、苺に口座を知られたくない。

 物品を売ってもいいのだが、貸倉庫やコインロッカーを苺に知られたくない。


 俺は頭を掻いた。

 まずは苺を撒かないと、どうにもならないか。

 払わずにトンズラ、という選択肢はない。

 それをしていい相手ではない。


「とにかく、そのメモを見せてもらえると嬉しいわ」

「あいよ」


 俺は苺のデスクまでメモを持って行ってやった。

 それからすぐに自分のデスクに戻る。


「さて、それじゃあ今後の捜査の方針を話しましょう。現状はみんな知ってるわね?」

「ヘイズがいない間に聞いたー」

「電話で話して以降、進展はありましたか?」


 啓介がチラリと苺に視線を送った。

 どうやら、啓介もウリエルも俺がいない間に事件の説明を受けたようだ。


「ないわ」

「では、現状は理解しています」


「よろしい。私たちは2つの事件を同時に追うわ。1つはブラッドオレンジ、あるいはその模倣犯。もう1つは爆殺トカゲよ。ただし、爆殺トカゲの方は管轄外だから、あくまでブラッドオレンジを調べていて偶然見つけたという体裁を保ちたいわね」


 苺はそこで言葉を切り、全員の顔を見回してから続ける。


「竹本捜査官。指輪の購入者リスト、全部当たれたの?」

「はいボス。女性3人は指輪を所持していました。男性6人は指輪をプレゼントしていましたが、贈った相手と連絡を取って指輪が存在することは確認しました」

「そう。手がかりなしね。ウリエル、購入者リストをもっと遡って入手できる?」

「余裕。でも一応、令状取っておいた方がいいかも?」

「申請しておくわ。それとこのメモの5人について調べておいて」

「余裕。メモ貸して」


 ウリエルがその場で手を伸ばすが、当然届かないし、苺も動かない。


「話が終わったら渡すわ。竹本捜査官はこの子を連行してきてもらえるかしら?」


 苺がプリントアウトされた書類を右手で持ち上げる。

 啓介が席を立って、苺の前まで移動し、それを受け取った。

 なるほど。

 取りに来いってことか。

 苺ちゃん偉そうだな。

 まぁ、このチームのボスだから一番偉いといえばそうだが。


「通称ミカリンですね。電話で言っていたキャバ嬢」

「ええ。遠藤由加里にしたのと同じ取引を持ちかけて。逮捕状はないから、上手くごまかして局に連れてきて。そうすれば、あとは私がやる」

「了解ボス」


「私とヘイズは」苺が俺のメモを持ち上げる。「ユカリンかミカリンが来るまでブラッドオレンジの捜査資料を検証しましょう。爆殺トカゲらしき人物がいないか」


「途中で寝ていいか?」


 資料に目を通すなんて退屈で死んでしまう。

 でも死にたくないから眠る。

 そうすれば退屈しなくて済む。

 合理的だ。


「寝たら撃つわ」

「とんだクソ上司だなおい。ブラック企業でも居眠りした社員を撃ち殺した話は聞いたことねぇ」

「ここは企業じゃないの。分かった?」

「はいはい。頑張りますよ」


 俺はやれやれと肩を竦めた。


「以上。仕事にかかりましょう」


 苺は立ち上がって、一度手を叩いた。

 それを合図に、啓介がオフィスを出てウリエルがキーボードを叩き始める。

 よく調教されている。

 俺はそうなる前に消えたいもんだね。

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