Steal・11 容疑者を絞り込もう
「ヘイズー。メモの5人のうち、2人は服役中だぞ。ぼったくられたな。30万で済んだのに」
「違う違う。俺が刑務所の中にいる奴を除外しろって言わなかっただけだ」
俺、苺、ウリエルの3人はそれぞれ自分のパソコンに向かって作業をしていた。
ウリエルはメモの5人を調べ、俺と苺はブラッドオレンジの捜査資料を見ている。
ブラッドオレンジの捜査資料は、意外にも面白かった。
俺の知らない手口や、事件の詳細が載っていたからだ。
「なるほど」苺が言う。「名前1人につき10万円だったわけね。まとめて50万ではなく。どうしてウリエルがそのことを知っているのかしら? その辺り、追求してもいい?」
確かに俺は値段の内訳は言ってない。
1人につき10万円だと提示してきたのは調達屋の方。
しかし。
「50万を5人で割っただけー」
そういう言い訳が可能だ。
俺がウリエルの立場なら、同じ言い訳をする。
「それは嘘ね。ウリエル、まだ私に嘘が通用すると思っているの? あなたは確実に、1人10万円だと最初から知っていたわ。そういう会話だったもの。たぶん、とか、推測だけど、とか、そういう感じじゃなかったわ。あなたは間違いなく、そうであると知っていたのよ」
苺はノートパソコンをパタンと閉じて、ウリエルを見詰めた。
ウリエルは引きつった笑みを浮かべながら、「あー、うー」と目を泳がせている。
「ウリエルも裏社会の人間だ」俺が助け船を出してやる。「ルールは知ってんだろ。情報にしろ道具にしろ、基本的には1つ1つ清算される。モノによって価値が違うからだ」
「そう、そうそう」ウリエルが俺の船に乗った。「あたしもさ、使ったことあるんだよね、調達屋」
「へぇ」苺がゆっくり頷いた。「そうなの。でも、なぜウリエルの使った調達屋とヘイズが問い合わせた調達屋が同じだと思ったのかしら? ヘイズは調達屋の名前は言っていないわ。裏社会の調達屋って、一人しかいないわけ? まさかね。さぁウリエル、正直に言うまで追及するわよ?」
俺の助け船が泥舟になった。
泥舟は当然、あっさりと崩れ、海の底に沈んでしまう。
二隻目の船は残念ながら欠航だ。
しかし、苺の前じゃ本当に嘘が吐けない。
ほぼ全て見抜かれてしまう。
全て、ではなくほぼ全て。
苺は俺の嘘には、まだ気付いていない。
あるいは、知らない振りをしているのか。
だとしたら、かなりの役者だ。
「うー、分かりましたよぉ、言いますよぉ、はい、ヘイズの電話の相手、追跡しましたぁ。これでいい?」
「よろしい」と苺は再びノートパソコンを開いた。
「ちょっと待て。俺はよろしくねぇ。この電話、そんな簡単に追跡されんのかよ」
「そりゃ」苺が言う。「普通の電話だもの。盗聴防止も、追跡防止も付いてないわ。どこにでも売っている普通の、電話。ウリエルなら簡単にハッキングできるでしょうね。番号もアドレスも、教えてあるから。当然私も知ってる。そっちの」苺が俺に視線を送った。「電話帳には私たちの番号とアドレスも入ってるはずよ。総務部の方で入れておくように言ったから」
「そりゃご親切にどうも。ヘイズ監視装置をありがとう」
「お礼はいいわ。それと、さっきのはウリエルの独断で、私は指示していないわ。電話の相手にも興味はないしね」
「指示してねぇのは分かる。ウリエル、頼むから俺の電話相手をいちいちチェックしないでくれ。いいな?」
「はいはい、気を付けますよー」
ウリエルは溜息混じりに言った。
こいつ、気を付ける予定ねぇな。
仕方ないから、俺の方で気を付ける――といっても、ウィザードであるウリエルを欺くのは不可能に近い。
俺にだってコンピュータの知識はあるが、専門家ではない。
あくまで俺の専門は窃盗なのだから。
俺はズボンの左ポケットに入れたスマホに触れる。
とにかく、この電話を犯罪に使うのは避けた方が良さそうだ。
俺を監視しているのは何もウリエルだけじゃないのだから。
俺はチラリと苺の方を見る。
そうすると、目が合ってしまった。
苺は薄く笑った。
俺の考えを見透かしているかのように。
「で、残りの3人はどうなんだウリエル」
俺は苺から目を逸らし、ウリエルに話を振った。
「1人は海外だから、犯行は無理だぞ。ってゆーか、5人中3人がコードネームってどうなの? 割り出すのが面倒だったんだけどー?」
「むしろ本名で爆弾に関わってる2人の方が問題だろ……」
「だからその2人が刑務所」
「ああ。だろうな。分かる分かる。で、残り2人は?」
「割り出しは終わったから、細かい経歴とかお金の動きとか、チェックしてる。名前と写真、そっちのパソコンに送るから捜査資料と照らし合わせてみたら?」
ウリエルの言葉が終わると同時に、俺のパソコンにメールが届いた。
苺も反応したので、苺のパソコンにも送ったようだ。
「どれどれ」
ウリエルが送った資料に目を通す。
1人は外国人で、元傭兵。
爆弾の知識もあるし、銃の腕も抜群。
今は日本で殺し屋稼業をやっているらしい。
もう1人は日本人の爆弾マニア。
35歳独身。
銀行に勤めていて、前歴無し。
闇社会との関わりは、お手製爆弾の提供。
どちらもブラッドオレンジの捜査資料には出てこない。
俺が調べた分は、だが。
「苺ちゃんどうだ? どっちかブラッドオレンジと接点ありそうか?」
「ないわ。今のところ。そっちはどうなの?」
「ない。けど、怪しいのは銀行員の方かな。ブラッドオレンジに巻き上げられた可能性がある」
「どうかしら。もう一人も怪しいわ。ブラッドオレンジ殺しを依頼されたかもよ? それなら、接点がなくても不思議じゃないわ」
「なるほど。依頼を受けたのはいいが、ブラッドオレンジがどこの誰か分からないから、ああいう手段に出た?」
「可能性はあるわね。どちらにしても、動きが迅速。ブラッドオレンジの事件発生から3日で被害者を吹き飛ばしたわけだから」
「だとしたら、前から準備してたんだろうな。ブラッドオレンジが次に動くのを待って決行した」
「でしょうね。ブラッドオレンジは長いこと沈黙してたから、まだ存在しているという確証が必要だった」
「ああ。別件でムショにいるかもしれねぇし、ドジって死んだかもしれねぇからな」
と、苺のスマホが鳴った。
苺は人差し指を立てて俺に向けた。
静かにしろ、という意味ではなく、ちょっと待ってという意味だろう。
「なぁウリエル。金の動きはどうだ?」
「んー、特に」
「特に?」
「最近、大きな動きはないんだなぁ、これが」
「そうか」
俺は再び、ブラッドオレンジの捜査資料を開いた。
それとほぼ同時に、苺が電話を切った。
「爆弾はお手製で遠隔操作だったそうよ」
「鑑識の奴か。ちゃんと連絡くれたんだな」
「ええ。お手製ということは、銀行員の方かしら? アリバイを確認しに行く必要があるわね」
「殺し屋の方がお手製を買った可能性もある」
「結局両方調べるのね……」
「まぁ、容疑者が2人に絞れただけでも前進だ」
「なぁなぁ、遠隔操作ってことは、犯人はちょっと離れた場所にいたけど、被害者が車に乗るのを見てたってことだよな?」
ウリエルが疑問を挟んだ。
「そうなるわね。それがどうかしたの?」
「んー、あたしの記憶が確かなら、苺ちゃんが事件の顛末を話してくれた時に、こう言ってたと思うんだ。車はちょっと動いたから、エンジンに直結された爆弾じゃない、って」
「ええ。言ったわね。だから何なの? その通りだったじゃない。遠隔操作なんだから」
「犯人さぁ、見てたなら、どうしてすぐ爆発させなかったのかな、って思って」
ウリエルの言葉で、苺が沈黙した。
俺も同じように沈黙した。
なぜだ?
乗り込んだのが分かった時点で吹き飛ばせばいいのに、なぜ少し時間を置いた?
見てなかった?
いやまさか。
これから人を吹き飛ばそうって時に、目を離したりするものか。
そうしなければならなかったか、あるいは。
「「躊躇った!?」」
俺と苺が同時に言った。
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