Steal・13 嘘だと感じたらあなたを殺す


 隅田昭夫のアパートは二階建ての小綺麗なアパートだった。

 建てられたのは、ここ数年以内といったところか。

 ピッキングできるかどうかは、鍵を見てみないと分からない。

 まぁ、高級マンションというわけでもないので、たぶん大丈夫だろう。

 隅田昭夫の部屋は一階の端っこにあった。


 啓介がインターホンを押すが、反応はない。

 由加里のように寝ているというわけでは、ないだろう。

 啓介がもう一度インターホンを押し、「日本情報局です。開けてください」と大きな声で言った。

 しかし反応はない。

 俺は部屋の中の気配を探っていたが、ネズミ一匹いないと判断した。


「爆殺トカゲはお留守みたいだぜ? 開けてもいいか?」

「ふん」


 啓介はドアから離れ、壁にもたれ掛かった。

 好きにしろ、という意味だ。

 俺は駅で調達したピッキング道具をポケットから出して、鍵穴に差し込む。


「やっぱ、ヘアピンよりちゃんとしたツールの方が簡単だ」


 秒単位でピッキングして、ドアノブを回す。

 そして、違和感を覚える。

 このまま開けない方がいい。

 そんな気がする。

 数多のドアを開けまくった俺の、経験に基づく勘ってやつだ。

 俺は身体をドアから離し、壁に隠れるようにして腕を伸ばし、そっとドアを押した。

 その瞬間、

 重たい銃声が響いて、

 ドアが撃ち抜かれた。


「なんだ!?」


 啓介が跳ねるように壁から離れた。


「ショットガントラップだろ。誰かがドアを開けたらぶっ放すように仕掛けてたんだ。危ねぇ。ノブ回した時に違和感があったんだ。中入る前に苺ちゃんと鑑識呼んだ用がいいな。他にも仕掛けがあるかもしれねぇ」


「くっ……」


 啓介は顔を歪めながらスマホを出して、苺に連絡した。

 それから約20分で情報局の鑑識班がやってきて現場を封鎖した。

 同じ頃に警察も集まってきたが、スーツを着た情報局の連中が追い払った。

 スーツの連中は何班だろうか。

 分からないが、たぶん対内部の下っ端だろう。

 苺は鑑識より少し遅れて登場し、俺より先に啓介と話をしている。

 俺は部屋の中に足を踏み入れて、鑑識に言う。


「もう入っていいか?」

「お前もう入ってるじゃないか」


 鑑識のオッサンが肩を竦めた。

 40代前半のオッサンで、無精ヒゲを生やしている。

 体格は悪くない。

 鑑識より特殊部隊とかの方が似合っている。

 が、顔はあまり怖くないし、パッと見た感じ仕事に対するやる気は低そうだった。

 オッサンはブルーの作業着を着用している。

 まぁ、オッサンだけじゃなくて鑑識の連中はみんな揃ってブルーの作業着だ。

 作業着の左胸の辺りにネームが刺繍されている。

 このオッサンの名前は五十嵐聡だ。


「確かに入ってるな。仕掛けは他にないか?」

「あった。爆弾だ。我々にはどうしようもないから、爆発物処理班を呼んだ。そこの床は踏むなよ」


 洋室のドアの前を、聡さんが指さした。


「部屋の中に大事なもんでもあるんかねぇ」と俺。


「エロ本隠すにはやりすぎだ」


 聡さんがゲラゲラと笑った。

 俺も笑った。

 案外、気が合いそうだ。


「何がエロ本よ。バカ」


 苺が入室し、すぐにそう言った。

 聡さんはさっさと仕事に戻った。

 苺のことが苦手なのかもしれない。

 まぁその気持ちは分かる。

 苺は割と上から目線だし、取っ付きにくそうな雰囲気をまとっている。

 俺は小さく肩を竦めた。

 愛想良くしていたら、苺は人気者になれると思うのだが、いかんせん優しさが足りない。


「まぁ、ヘイズ、怪我はないの?」俺が言った。「ああ、大丈夫だ苺ちゃん」


「それ何のつもり?」

「ショットガンで撃たれたんだぜ? 気遣ってくれるかと思ってな」

「そう。怪我がなくて良かったわね。あと、よくやったわ」

「お褒めいただき光栄です」


 俺はうやうやしく一礼した。


「うちの捜査官とコンサルタントが撃たれたのだから、これはもう、うちの事件よ。正式に捜査できるわ」


 苺が室内を歩き回りながら言った。

 苺が洋室の方に行こうとしたので、「床に爆弾あるぜ」と指さしながら言った。

 苺は飛び退くように後ろに下がった。


「先に言いなさいよ! ビックリしたじゃない!」

「悪い」


 俺が謝ると、苺はしばらく俺を睨んだ。

 それから小さく息を吐く。


「まぁいいわ。それよりヘイズ、ちょっと来てくれる。二人で話がしたいわ」


 苺が部屋を出たので、俺もあとに続いた。

 苺は「ここは任せたわ」と啓介に言ってから、真っ直ぐ自分の車に向かい、そのまま乗り込んだ。

 俺も助手席に乗る。


「話って?」

「少し移動しましょう」


 苺は車を動かして、しばらく走らせたあと、人気のない路地裏に車を停めた。

 路地裏、ねぇ。

 さて何のためにこんな場所に停車したのやら。


「降りて」


 そう言って、苺が先に車を降りた。

 なんか、嫌な予感がする。

 このまま車を奪って逃走した方がいいんじゃないだろうか。

 そんな気がするけれど、それじゃあ面白くない。

 俺は言われた通り、車を降りた。

 苺は車のフロント側から俺の方に回ってきて、いきなり俺の胸ぐらを掴んで、俺を車に叩き付けた。


「おい、何しやがるんだ……」

「黙って」


 苺はいつの間にか銃を抜いていて、俺の胸に銃口を押し当てていた。

 わぁお、日本の情報機関がそんな簡単に銃を抜くなよ。

 映画か洋ドラの見過ぎだぞ。

 とか思ったけど、俺は口を噤んだ。

 そして両手を小さく上げた。

 さすがの俺でも、この状態から銃を盗むのは難しい。

 できなくはない。

 危険だからやりたくないだけ。


「いい子ね。これからいくつか質問するわ。嘘は通じない。絶対に。もし嘘だと感じたら、あなたを殺すわ。逃亡しようとしたから仕方なく撃った。それで通すわ」

「前から撃って通るかな?」


 俺が小さく笑うと、苺は胸の銃口を少しねじって俺の胸に突き立てるようにした。

 割と痛い。

 これ、アレだな。

 ガチギレってやつだな。

 怖い怖い。


「駅で何をしたの?」

「何だろうな。当ててみろよ。心を読むのが得意なんだろ?」

「ええ、いいわ。あなたは誰かに合図をした」


 なるほど。

 啓介が報告したのか。

 俺は少し笑った。


「違うわね。あなたは合図なんかしていない」


 俺は表情を殺して沈黙した。

 苺は表情を読む。

 言葉の裏も。


「なるほど。合図はフェイク。別の何かを隠すための」


 苺が銃を持っていない方の手で俺の身体を触り始める。

 エッチな気分になったわけではなく、俺の持ち物をチェックしているのだ。

 まぁ、さすがの俺もこんな雰囲気ではエッチな気分にならない。

 逮捕プレイとかが好きな奴は興奮するのかなぁ。


「これはピッキングの道具」


 苺が俺のポケットから抜いた道具を車の屋根に置いた。


「それから、支給品ではないスマホ」


 苺はまた車の屋根に置いた。


「それと封筒、中身は現金かしら?」


 苺は片手で器用に封筒を開けて、チラリと中を確認した。


「100万ぐらいかしら」


 苺は封筒も同じように車の屋根に置く。


「ピッキング道具は必要になるかと思ってな。啓介はヘアピンを付けるタイプじゃねぇ」

「でしょうね」

「スマホはプライベート用で、現金は生活費。無一文で生活しろってのか? それはちょっと酷だろう?」

「いいわ。現金とピッキング道具は見逃してあげる。でもスマホはダメ。局のを使って」

「分かった分かった。だからもう銃仕舞え。さすがの俺も、撃たれたら死んじまう」

「どうかしら?」

「いや、死ぬだろ」


 残念ながら、俺は普通の人間だ。

 怪盗的なスキルに長けているというだけで、悪の秘密結社に肉体改造を施されたわけじゃない。


「そんなことより、質問はまだあるんじゃないのか?」

「ええ。あるわ。この茶番を終わらせる質問がね!」


 苺は酷く憤慨したような表情を見せ、声を荒げた。

 怒った顔も可愛いよ、とこのタイミングで言ったらきっと殴られるだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る