Steal・17 これぞ情報局ってね


「あたしはー」ウリエルが言う。「別になんでもいいけど、ヘイズは一言謝ってもいいと思うぞ」


「ああ? 騙される方が悪いんだろうが。謝るならお前らの方だろ? 常識的に考えて」

「なんであたしが謝るの?」

「騙されるようなバカでゴメンなさい、ってことだ」

「貴様っ!」


 啓介がデスクを叩きながら立ち上がって、大きな音がオフィスに響いた。


「おいおい。俺は泥棒だぞ。泥棒ってのは嘘吐きなんだよ。常識だろ? 嘘吐きは泥棒の始まり。まぁ、俺の場合は泥棒が先だったかもな」

「貴様っ! 今度オレたちを騙してみろ! その自慢の腕をへし折ってやる!」


「はぁ……」苺が大きな溜息を吐いた。「そこまでよ。仲良くしろとは言わないけれど、仕事に差し障らないようにしてね」


「くっ……」


 啓介は苦々しい表情で座り直した。


「さて。それじゃ、まずは現状の確認から。私たちが追っているのは、ブラッド……いえ、ヘイズに騙された被害者、菊池太郎を爆殺した銀行員。通称爆殺トカゲ。本名は隅田昭夫。すでに指名手配済みよ。所有している赤のセダンも手配済み。運が良ければ警察が見つけてくれるわ」


「どうかな」俺が言う。「爆殺トカゲは知能犯だと思うぜ。そうでなくても、それなりに賢い奴だ。指名手配で見つかったら苦労しねぇな」


「でしょうね。調べたら爆殺トカゲはIQが150あるみたいなの。私たちの誰よりも賢い。ただ、爆殺を数秒ではあれ躊躇った。自ら殺人行為に走るのは初めてのはずだから、どこかでミスをする可能性はある」


「ミスを待つだけか?」


「まさか。そんなつもりはないわ。積極的に探すわ。ここからは仕事の割り振り。まずウリエルは次に爆殺トカゲが狙いそうなブラッドオレンジ関係者を評価して。やり方は任せるから」


「余裕」


 ウリエルはキーボードを叩き始めた。

 ってゆーか、こいつ何を頼んでも「余裕」って言うけど、実際どうなのだろう。

 本当に余裕で全てをこなしているのなら、かなりの天才だと思う。

 まぁ、持っているスキルが高いことは認める。

 苺は見る目があるなぁ。

 俺もチームを組むならウリエルがいい。

 まぁ、性格を度外視するなら、だけどな。


「竹本捜査官は隅田昭夫の周辺に聞き込みをお願い。彼の人物像を洗い出して」

「了解、ボス」


 そして大抵の場合、啓介は一人で動く。

 元特殊部隊だから、一人で行動させても問題ないという苺の判断だろう。

 あるいは、苺自身が今後はずっと俺を監視するため、啓介を一人で行動させざるを得ないのかも。

 啓介は正直、俺の監視には向いてない。


 啓介は強いし、捜査官としても悪くないのだが、一流を相手にするにはスキル不足だ。

 昨日啓介と一緒だった短い時間でも、俺は何回も逃げることができた。

 やらなかっただけだ。


「私とヘイズは情報分析課で顔認証システムを使って爆殺トカゲの足取りを追ってみましょう」



 情報分析課は情報局の地下駐車場より更に下の階層にあった。

 エレベータを降りた瞬間に、警備員が二人寄って来た。


「秋口捜査官よ。使用許可は出てるはず」


 苺が身分証を見せたので、俺も真似をした。

 俺の持ち物はスマホ以外は今朝返してもらった。

 現金100万円とピッキングツール、それから身分証も。


「秋口捜査官、どうぞ」


 警備員に促されて廊下を進むと、かなりセキュリティの高そうな扉があった。

 扉の横にはパスコードを打ち込む端末がある。

 近づいてよく見ると、網膜スキャンも搭載されているようだ。

 警備員がパスコードを打って、苺が網膜スキャンを実行する。


「秋口苺捜査官と確認」


 コンピュータ音声が聞こえ、端末のディスプレイにアンロックの文字が緑色に光った。

 扉が自動的に開いて、苺が中に入る。

 この部屋には俺でも侵入するのが難しいだろうな、などと考えながら後に続く。

 パスコードはなんとかなるけれど、網膜スキャンがやっかいだ。

 まぁ、侵入する予定はないのだけど、侵入方法をザッと検証するのは癖みたいなもの。


「わぁお……」


 部屋の中に入ると、俺は嘆息した。

 少し薄暗く広い部屋には、幾多のコンピュータ端末とディスプレイが並んでいる。

 分析官らしき連中の数も、ざっくり30人はいるだろうか。


「ウリエルが喜びそうな空間だな」

「ええ。だからウリエルは連れて来ないの。みんなの邪魔になりそうだから」


 言いながら、苺が歩き始める。

 俺も苺の隣に並んで歩く。

 分析官たちはヘッドホンマイクを装着していて、誰かと会話したり、コンピュータを操作したりと忙しそうだ。

 でも、ディスプレイを見ても何をしているのかよく理解できなかった。

 俺の専門は泥棒であって、コンピュータじゃないから仕方ないけれど。


「セクション2?」


 苺が立ち止まり、分析官の青年に声をかけた。


「はい。秋口捜査官ですよね?」

「そうよ。早速やってもらえる?」

「分かりました。隅田昭夫を探すんですね?」

「ええ」


 苺が頷くと、青年はすぐにコンピュータを操作する。

 キーボードではなくてタッチパネルでの操作だった。

 と、セクション2のディスプレイ数台に、監視カメラの映像が映った。

 たぶん駅と空港と港とバスターミナル。

 それから、交通監視カメラか。

 ディスプレイに映っている人物の顔に次々とカーソルが合って、ピッピッピという電子音が鳴る。


「これは何してんだ?」と俺。


「顔認証です」青年が答える。「24時間前からの映像で隅田昭夫を検索しています」


「ほぉ……」


 すげぇな情報局。

 映画に出てくるCIAみたいだ。


「まぁ、公共機関を使った可能性も街を出た可能性も低いと思うけれど、一応ね」


 苺が少し笑いながら言った。

 なぜ笑ったのかはよく理解できなかった。

 でも笑顔が可愛いということだけはよく分かった。

 苺はこんなに美人なのに、元諜報員でイカレたファンサイトの管理人なんだぜ。

 まったく面白い奴だ。

 あ、ついでに言うと隠れヤンデレ。

 たぶん。


「すぐには見つかりませんから、座ってコーヒーでもどうですか?」


 青年が言った。


「いいね。コーヒーどこにあるんだ?」

「あちらに休憩室があります。カップは紙のやつを使ってください。マグは僕らのですから」


 青年がデスクに置いてあるマグを見ながら言った。

 マグにはローマ字で名前が書かれている。

 ペンを使って自分で書いたのだろう。

 たぶん、マグは支給品でみんな同じ。

 だから名前を書いて、見分けられるようにしているのだと思う。

 俺と苺は休憩室でコーヒーを淹れて、セクション2に戻った。

 俺も苺も適当な椅子に座り、ディスプレイを眺めながらコーヒーを飲んだ。

 対内課のコーヒーと同じ豆を使用していて、やはり美味かった。

 そして待つこと30分。


「なぁ、これいつ終わるんだ?」


 俺はもう飽きた。

 正直、死ぬほど退屈だ。


「映っている人間の数によるので、正確にいつ終わるかは分かりませんね」


 青年が小さく肩を竦めた。


「苺ちゃん、もう別のことしようぜ」


「苺ちゃん?」と青年が首を傾げた。


「ああ、こいつ秋口苺っていうんだぜ。可愛いだろ?」


 俺は顎で苺を示した。

 苺はなんだか不機嫌な表情を浮かべている。

 隅田昭夫がなかなか見つからないから、ではなく、俺の態度が気に入らなかったのだろう。


「いいですね」青年が笑顔を浮かべる。「僕も苺ちゃ……」


「呼んだら射殺するから」

「……分かりました、秋口捜査官」


 青年の笑顔が一瞬にして凍り付いた。

 と、苺のスマホが音楽を奏でた。

 パッヘルベルのカノン、ロックバージョン。

 俺が昨日設定しておいた着信音だ。

 苺は苦々しい表情を見せたのち、電話に出た。

 ちなみに、苺の元々の着信音はクイーンのウィ・ウィル・ロック・ユーだった。

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