Steal・27 犯罪者は罪の意識を感じない?


「有名な事件って?」


 俺は小さく両手を広げた。

 いちいちもったいぶるのはウリエルの悪い癖だ。


「日曜の夕方、愚かな人間どもで賑わうこの街の中心部で、それは起こった」


 ウリエルは怪談のナレーターのような口調で言った。


「いいから早く言って」


 苺が肩を竦める。


「ん。まぁ、車で歩道に突っ込んで14人が怪我をして4人が死んだアレ」

「あぁ、アレね……」


 苺が小さく首を振った。

 その事件は俺も知っている。

 約1年前のことだ。

 犯人は18人をはね飛ばし、自分は最後ビルに突っ込んで死亡。

 行き場のない怒りや悲しみだけが残った事件だ。

 かなり大々的に報道されたのを覚えている。


「だからまぁ、その時に死んだ4人の内の1人が有栖川希美だったわけ」

「そう……。それが接点だったのね……」


 苺はなんだかやりきれないような、悲しいような、そんな表情をしていた。


「犯人……宮下だっけか? スーパーブラック企業の社長で、ブラッドオレンジに騙されて全てを失った。だよな?」

「ええ。ブラック企業を潰したから、そこでまたブラッドオレンジの株が上がったわね。でも、そのあと宮下は精神を病んで、あの意味不明で無差別な犯行に及んだわ」


「間接的には、ブラッドオレンジのせいにできるな。爆殺トカゲが行き場のない憎しみを、ブラッドオレンジに向けたのは理解できる。まぁ、理解はできるが、俺は別にブラッドオレンジが悪いとは思わないけども」


「あたしもー」

「そうかしら? 私がブラッドオレンジだったら責任を感じるわ」

「苺ちゃんは犯罪者に向いてねぇな」


 ソレはソレ。

 コレはコレ。

 ブラッドオレンジが歩道に突っ込んだわけではない。

 宮下というカスの精神が弱すぎたというだけ。

 俺はブラッドオレンジが宮下の会社を潰した時、スカッとしたけどね。

 正直、俺も何か盗んでやれば良かったと思っている。

 それぐらい酷い会社だったのだ。

 まぁ、報道されたことが事実なら。


「ねぇちょっと待って」ウリエルが言う。「ブラッドオレンジが姿を消したのって、約1年前じゃなかった?」


「おい嘘だろ、勘弁してくれよ。それはねぇよ」


 考えたこともない。

 そんなバカなことがあるか。

 俺たちは犯罪者だ。

 騙される方が悪くて、盗まれる奴が間抜け。

 そういう世界に住んでいる。


「どうかしら? あなたたち二人がおかしいだけで、ブラッドオレンジもやっぱり責任を感じたんじゃない?」

「ねぇよ。マジでねぇよ。だいたい、ブラッドオレンジは別件で忙しかったんだぜ?」

「贖罪に忙しかった、とかは考えられないの?」


「あのなぁ苺ちゃん。俺やブラッドオレンジについて徹底的に調べたんだろ? そんなアホなことするかよ。俺らは懺悔の代わりに盗み、善行の代わりに不法侵入して、笑顔で握手しながら腕時計を掠め盗るような人種なんだよ」


「でも、その事件以来、誰もブラッドオレンジを名乗らなくなったわね」

「あれ?」


 おかしいぞ。

 昨日考えたように、ブラッドオレンジが虚構――意図せぬ複数犯であるなら、そんな揃って消えるものか?


「まさか、自分の名を騙る奴を片っ端から消していた……?」


 殺した、という意味ではない。

 二度と仕事ができないように追い詰めたという意味だ。

 ちゃんとした主犯のブラッドオレンジが存在していて、自分以外を消したということ。

 バカ社長が車で突っ込んだ事件に心を痛め、活動をしばらく自粛するために。


「私とあなたは消されていないわね」

「まぁ、俺は最近だし、苺ちゃんの場合はブラッドオレンジにもどこの誰が名を騙ったのか分からなかったんじゃねーの?」


 ブラッドオレンジだって人間だ。

 超人でも何でもない。

 分からないことも、できないこともある。

 俺も同じだ。

 盗みと不法侵入以外、俺にできることなんてありゃしない。


「まぁ、そうでしょうね」

「しかしまぁ、それが事実だとすると、俺はブラッドオレンジに落胆するぜ? 犯罪者なんか辞めて真っ当に生きろって話でな」

「犯罪者は責任を感じたり、心を痛めちゃいけないの?」


 苺は品定めするように俺を見た。

 たぶん、俺の回答によって何かが変わるのだろう。

 苺が俺のファンを辞めるとか、そういう小さな何かが。


「直接的なことなら、別にいいさ。例えば――」

「ヘイズが盗んだことによって、被害者が自殺したとかか?」


 ウリエルが久しぶりに口を開いた。


「まぁ、微妙な例だがそんな感じだ。今回だと、ブラッドオレンジが逃走中に人を撥ねてしまったというのなら、責任を感じるべきだし、心を痛めるべきだろうぜ」


「でも実際に歩道に突っ込んだのは宮下社長」ウリエルが言う。「ブラッドオレンジが責任を感じる必要は全くないぞ」


「そういうこと。割り切れないなら、犯罪者なんか辞めちまえってな話さ」

「そ。撥ねられた人たちは運がなかったってだけだなぁ。あたしなら気にしないぞぉ」


 ウリエルの場合は直接的に誰かを破滅させてもヘラヘラと笑っているわけだが、クラッカーなんてそんなもんさ。

 ただ、妙な正義感を持った半端な犯罪者よりは清々しい。


「ふむ」苺が小さく頷く。「意見の相違ね。止めましょう、この議論は平行線だわ」


「だな。いつかブラッドオレンジの正体が分かったら、直接聞いてみるしかねぇ」


 俺は背伸びをして身体の力を抜いた。


「そうね。じゃあ、ヘイズは取調室に行きましょう」

「あ? なんで?」


 唐突に何を言い出すんだ苺は。

 俺、何かしたっけか?


「なんでって……」苺は呆れたように苦笑いして立ち上がる。「ブラッドオレンジを取り調べている、っていう体裁のためでしょ?」


「ああ……。それ必要か? 爆殺トカゲが取調室まで入り込めるとは思えねぇし、運良く入れたとしてもだ、ああチクショウ騙されたブラッドオレンジがいねぇ! ってぶち切れて暴れるか?」


「暴れるというか、ビルごと吹っ飛ばしそうじゃない?」

「まぁ、有り得なくはないな」


 爆殺トカゲはブラッドオレンジに執着しているので、そう簡単に自殺まがいのことはしないと予想するが、捕まるぐらいならと開き直る可能性もけっして低くはない。


「でしょ? だからほら、行くわよ」

「ああ、まぁ、行くか……」


 釈然としないが、苺に促されるまま俺はオフィスを出た。

 ウリエルがヒラヒラと手を振った。



「ちょっと待て苺ちゃん、これ必要か!?」


 苺は椅子に座った俺の右手に手錠をかけて、テーブルの棒に繋いだ。


「そりゃそうでしょ」


 当然だ、という風に苺が言った。

 更に俺のスマホとピッキングツールと現金を抜き取って、苺は自分のポケットに仕舞った。


「え? 何? 苺ちゃんも泥棒に目覚めたとか?」


 俺が言うと、苺は一瞬だけ俺を睨んだ。

 それから俺の身体をポンポンと無遠慮に触り始める。


「いや待て、セクハラで訴えるぞ?」


 苺の手は俺の股間も容赦なく触ってくる。

 とはいえ、まさか発情したわけではあるまい。


「どうぞご自由に。でも、余計なアイテムを隠し持っている可能性があるでしょ?」

「ねぇよ」

「そうかしら? これは?」


 ズボンの裾に縫い込んであった俺の神器、ヘアピンを苺が抜き取る。

 それからヘアピンを俺の目の前まで持って来て、小さく振った。


「それはヘアピンだ。一般的な。髪をまとめるのに使うんだよ。俺、割と髪長いだろ?」

「そう」


 苺はヘアピンをポケットに仕舞い、更に念入りに俺の身体を検査する。


「どういうつもりだ?」

「どうもこうも、あなたこのどさくさで逃げるでしょ?」

「いや、爆殺トカゲが捕まるまでは逃げねぇって」

「信じないわ」

「信じろよ」

「ブラッドオレンジも参戦するようだし、念には念を入れておきたいの」


 なるほど。

 体裁とかどうでも良くて、単に俺を拘束しておきたかっただけ、ということか。

 あぁ、なんて悪い女だ。

 イケてるねぇ。

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