Steal・2 絵に描いたような天使
「とりあえず、メリットを聞かせてくれ」
もうほとんど俺の心は決まっているのだが、軽く焦らしてみる。
簡単に話を受けるより、渋々受けてやるといった風にしたい。
その方が有利だから。
「刑務所に行かずに済む、というのはあなたにとってメリットではないわね」
「当たり前だ。行くつもりだったんだから」
「まぁ、怪盗ファントム・ヘイズなら刑務所なんて自宅と大して変わらないでしょうね。ここだって、出ようと思えば出られるんじゃないの?」
「思えば、な」
俺は不敵に笑う。
ちなみにこの笑顔は決め顔だ。
笑顔の練習は欠かさなかったから、完璧なはずだ。
「はぁ……」苺が息を吐く。「メリットはそうね、犯罪者と戦えること、かしら。ブラッドオレンジ以外にも、色々とね」
「そうは言っても、俺と同等の犯罪者なんて、ブラッドオレンジぐらいだろ?」
詐欺師ブラッドオレンジ。
ターゲットを騙し、金品を巻き上げるプロ。
都市伝説級の天才詐欺師。
全ては噂だ。
ちなみに、ブラッドオレンジは詐欺が成功したら果物のブラッドオレンジを置いて帰ることから、その名前で呼ばれている。
「そのブラッドオレンジだけど、警察はお手上げで、こっちに案件回って来てるの」
「へぇ。けど、ここ一年ぐらいは活動してねぇよな? ブラッドオレンジ」
「そうでもないわ。昨日動いたの。だからあなたの力を借りに来た」
「なるほど。そりゃ楽しそうだ」
「そうでしょう? どうかしら? 一緒にブラッドオレンジと戦えるのよ? どっちが上か気になるでしょ?」
「もちろん気になる」
「でしょうね。二年ほど前かしら? あなたは絵を盗んだけど後日返却した。なんで返却したの?」
「3日も眺めてりゃ飽きるだろ?」
俺は怪盗だが、芸術にはぜーんぜん、興味ねぇんだよなぁ。
絵画の良さなんて俺には理解できない。
初期の頃は金になるからという理由で盗んでいた。
後半は注目されるからという理由。
まぁ、綺麗な絵だなぁ、とか、上手だなぁ、とか、そういうことは思った。
でもそれだけだ。
「なるほど。あなたが返却したその絵を、ブラッドオレンジが盗み直したわね」
「ああ。面白いヤローだよ」
「あなたは絵を返す時、ご丁寧に警備の不備まで美術館に教えてあげたのにね。どうしてそんなことしたの?」
「深い意味はねぇよ。次は盗まれるなよ、ってなもんさ」
「へぇ。なぜ換金しなかったの?」
「返す方が面白いと思ったんだよ、そん時は。まさかそのあとブラッドオレンジに盗まれるなんて夢にも思ってねぇ」
「当然、やり返すでしょ?」
「いつか機会があれば、とは思ってたな。今がその機会か?」
「そう言ってるの。はいこれ」
苺が持っていたファイルを俺に渡した。
俺は受け取ったファイルを開く。
「なんだこりゃ?」
「司法取引に関する文書。あとはあなたのサインだけ。よく読んでね」
苺に言われ、俺は黙って文書に目を通した。
「なるほどな。俺は捜査官じゃなくて、コンサルタントになるわけか」
いわゆる捜査顧問という役職だ。
残念ながら銃の所持は不可となっている。
でも身分証を貰える。
身分証は大切だ。
過去に政府関係施設に侵入するため、偽造身分証を買ったこともある。
意外と高いんだよなぁ。
「そう。真面目に働けば、正式雇用してもらえるよう掛け合ってみるわ」
「やなこった。ブラッドオレンジに勝ったらもう用事ねぇよ」
「でも期限よく見てね?」
「……3年?」
俺は朝の8時から夕方の5時まで、週に5日は仕事をしなくてはいけないらしい。
それも3年。
足首に追跡装置を付けた状態で。
「そう。たぶんあなたに課せられる刑期がそのぐらいだから」
「へぇ。そんなもんか? 俺、結構な額盗んだと思うけどな。被害額は十億超えだろ? 正確には知らねぇけど」
まぁ必要経費も割と必要なので、丸々儲けってわけじゃない。
「証明できなきゃ意味ないの。それにあなた、一応初犯だしね。捕まったことないから」
「なんだ? 俺の窃盗は証明できないのか?」
「まぁ自白でもない限り、無理ね。カメラにも写っていないし、予告状は切り貼りだから筆跡の鑑定もできないし、あなたは模倣犯だと言い張ることもできる」
「なるほどな。つまり、今回の事件だけが焦点なわけか」
「そう。悪質で計画的だから初犯でも十分に実刑があり得る。過去の判例を見て推測したのが3年程度の実刑ということ。良かったわね。誰も傷付けてなくて」
「そこは怪盗の美学だ」
盗むことが全てであって、誰かを物理的に痛めつけることは目的としていない。
まぁ、追われて仕方なく戦闘に突入することは希にあるけれど。
俺は戦闘タイプじゃないので、なるべくスルッと躱したいところ。
「一応確認しておくけど、人を殺したことはないわね?」
苺は急に真面目な表情を作り、少し低い声で言った。
「当たり前だ。俺は殺人鬼じゃねぇ。ただの泥棒だ」
「人を殺す泥棒もいるでしょ?」
「ああ。知ってるさ。武力で奪う強盗タイプの連中は殺すことを屁とも思ってねぇ。でも詐欺師と怪盗は基本的に殺しはやらねぇ。苺ちゃんだって知ってるだろ?」
「そうね。一応聞いただけよ。殺人者とは一緒に捜査できないもの」
「だよなぁ」
俺だって人殺しと組むのはゴメンだ。
殺して奪うなんて簡単すぎて面白くもない。
それに、仕事が終わったあとに、自分が殺される可能性だってあるのだ。
「さて。そろそろサインしてくれないかしら?」
「まぁ、3年は少し長い。1年にしろよ」
「それは無理。その条件じゃなければあなたを雇えない。いいでしょ3年ぐらい。あなた見たところ、まだ20代前半のようだし、3年後でも十分怪盗に復職できるわよ」
「3年後は28だ。四捨五入すれば30だ」
「私は四捨五入しなくても、3年後に30になるわ。それにあなた、3年後に28なら、今だって四捨五入したら30じゃない。同じことだわ」
「そりゃそーだ」
俺は肩を竦めた。
「じゃあサインして」
「うーん、どうすっかなぁ」
「はぁ……」苺が溜息を吐く。「私、心が読めるって言ったでしょ? あなたもう協力する気になってるじゃない。意味もなく長引かせるのは止めましょう?」
「ほう。よく分かったな」
「観察よ、観察。全ては観察。ほら、早くサインして」
「ヘイズでいいか?」
「ダメに決まってるでしょ?」
言いながら、苺が俺にボールペンを渡す。
俺はそのボールペンで、いくつか持っている偽名の一つを書き記した。
「ほらよ」
俺はペンを返して、次にファイルを返した。
「これ偽名でしょ?」
ファイルを見た苺が言った。
「どうかな?」
「まぁいいわ。これで押し通すわ」
「そんなに俺と組みたいのか?」
「ええ。私のチームに必要だもの。さぁ、右足出して」
言いながら、苺はポケットから黒いシンプルな輪っかを取り出した。
追跡装置だ。
持ったより薄く、あまり邪魔にならないサイズだった。
「左じゃダメなのか?」
「別にどっちでもいいわよ」
「そっか」
俺は右足を投げ出した。
苺がしゃがみ込んで、俺の右足に追跡装置をはめた。
そうすると、追跡装置に黄緑色のランプが点いた。
さて、これ外す方法を見つけなきゃな。
面白くなりそうだ。
「じゃあ行くわよ。着替えも用意してるから来て」
「ああ。了解だ苺ちゃん捜査官殿。けどその前に1ついいか?」
俺は立ち上がって、背伸びをした。
「何かしら?」
「さっきまでの会話で、苺ちゃんは一つだけ間違った」
「間違った? 私が? そんなはずない」
「そんなはず、あるんだよ。いいか? プリズンブレイクは映画じゃなくてドラマだ」
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