Steal・25 苺は地雷女なのか?


「質問?」とブラッドオレンジ。


「ああ。お前は俺のことをよく知ってるみたいだけど、俺はお前のことを少しも知らない。教えてくれよ。どこの誰なんだお前」

「ワタクシはブラッドオレンジ。少なくとも、最初に果物のブラッドオレンジをターゲットに手渡した者。そして、君を挑発するために君が戻した絵を盗み直した者」

「なるほど。俺が追ってる奴か。で? 本名は?」

「君の本名は?」

「忘れた」

「ワタクシも同じ」


 まぁそうなるわな。


「オッケー、じゃあもう切るぜ? 明日は忙しいんでな。風呂入って寝る」

「待て。ヒントを与えよう」


 食い付きがいいな。

 こいつも、なんだかんだで俺のファンってことか。

 だから、苺や爆殺トカゲに嫉妬しているのかもしれない。


「そりゃ助かるぜ。お前、そんなに俺と遊びたいか?」

「いつだってそう思っている。怪盗ファントムヘイズはワタクシの憧れ」

「ほう。そんな風に思ってくれてんのか。嬉しいことだ。それで? ヒントは?」

「ワタクシは君と会ったことがある」

「なにっ?」


 それは衝撃的な事実だ。

 まったく気付かなかった。

 怪しいと思った奴すらいない。


「ワタクシがこの一年、活動を休止していたのは、単純に別件で忙しかったから」

「2つもヒント出してくれるとは、ありがたい話だな」


 俺たち犯罪者の間では、別件で忙しかったというのは有名なスラングだ。

 本業とは違うチンケな罪でムショに入っていた、ということ。

 最近出所した奴を調べて、その中に知り合いがいたら、そいつがブラッドオレンジということになる。

 かなり大きなヒントだ。

 まぁ、事実なら、だけど。


「君のゲームに、ワタクシも参加したい。トカゲとのゲームではなく、秋口苺とのゲーム」

「またかよ……」


 テンティもブラッドオレンジも、そんなにゲームが好きなのか?

 まぁ好きだろうぜ。

 俺も大好きだ。


「ワタクシは怪盗ファントムヘイズに堂々とブラッドオレンジを手渡す。君にも、秋口苺にも捕まることなく。そうすればワタクシの勝ち」

「勝手にルール決めんなよ」

「ついでに君の心を盗もう。これは正式な予告だ。では」


 一方的に電話が切れた。


「何が心を盗むだ。舐めてんのか?」


 俺はしばらくスマホの画面を眺めていた。

 そして、テンティが戻っていないことに気付く。

 スマホを返すだけならもう戻ってもいいはずだ。

 もしかすると、悪い癖が出て何か物色しているのかもしれない。

 あるいは、苺に見つかったか。

 また少し待つ。

 すると。


「よくも私の部屋に侵入してくれたわね!」


 勢いよく玄関が開けられ、頭にタオルを巻いた苺が憤怒の表情で言った。

 どうやら後者だったようだ。

 それはそれとして、おかしいな。

 鍵はかけていたはずだが。


「痛い……」


 苺に耳を引っ張られているテンティが半泣きで呟いた。

 テンティの手にはピッキングツール。

 なるほど、テンティが開けたのか。

 チャイムを鳴らすという選択肢はなかったのかと問いたいが、まぁいいか。


「それはいいけど、服ぐらい着てこいよ」


 苺は身体にバスタオルを巻いただけという非常にセクシーな格好だった。


「そんなことはどうでもいいのよ! 何を盗ろうとしたの!?」


 苺はテンティの耳を引っ張ったままズカズカと部屋の中に入ってきた。


「千切れる……耳が……千切れる……」


 テンティの瞳には涙が一杯溜まっている。

 どうやら本当に痛いようだ。


「離してやってくれ。俺の指示だ」

「でしょうね」


 苺は怒った表情のまま、テンティの耳を解放した。

 テンティはすぐに引っ張られた耳を押さえる。


「それで? どういうつもり? ゲームの一環かしら?」

「いや、イレギュラーってやつだ」


 俺は録音しておいたブラッドオレンジとの会話を苺に聞かせた。


「なるほど、ね」


 全てを聞き終えた苺が呟いた。

 なぜか当然のように俺のソファにふんぞり返って。

 俺とテンティは揃って床に座っている。

 というか、苺はバスタオル一枚だけなわけで、こう、俺の位置からだと色々見えそうで見えないという生殺し状態になっている。

 狙ってやっているのか天然なのかは分からない。

 これも沼りそうだぜ。


 苺ってもしかして、ブラッドオレンジより沼じゃね?

 まぁそれはそれとして、苺はスタイルもよく、顔も綺麗だ。

 今の苺の姿を見たら、マトモな男なら欲情する。

 そして俺はマトモな男だ。

 このままワンナイトハニーにでも、なってもらいたいものだ。

 もちろん、正式に付き合うのは嫌だけど。

 そして、苺はたぶん、一度でも抱いてしまったら超地雷女に変貌する。

 そんな気がするので怖くて抱けないわけだが。

 もちろんそれも俺の思考を以下略。


「……ヘイズ」


 テンティが汚い物を見るような目付きで俺の名を呼んだ。

 どうやら、いつの間にか鼻の下が伸びていたらしい。

 俺はわざとらしく咳払いして話題を戻す。


「どうだ苺ちゃん。このブラッドオレンジ、どう思った?」

「ボイスチェンジャーのせいで男なのか女なのかも分からないわね。当然年齢も。けれど、事実を言っているわ」

「ほう」

「少なくとも、本人は事実だと信じているわね。あなたの心も盗むつもりよ。ふざけやがって」


 苺はかなり機嫌が悪いようだ。


「他に気付いたことは?」

「あなたへの執着。私があなたに執着しているように、爆殺トカゲがブラッドオレンジに執着しているように、電話の主もあなたに執着している」

「なるほど。相思相愛ってことか。嬉しいこった」


 俺がそう言うと、苺が俺を睨んだ。

 なんだよ、何が気に障ったんだよ。


「……乙女心の分からないグズ……」


 テンティがボソッと呟いた。

 俺はスルーした。

 苺の気持ちは知ってる。

 けど、それを尊重するつもりはない。

 危なさで言えば、苺は爆殺トカゲと同じぐらい危ない。

 気持ちを受け入れる勇気はない。

 苺と比べるなら、たぶんブラッドオレンジの方が少しマシだろう。

 危なさの話な。


「明日、最近出所したあなたの知り合いを探してみましょう。作戦の前にね」

「ああ。そうだな」

「あと、電話の追跡ができないかウリエルに聞いてみるわ」

「それは無理だろう。追跡されるような電話は使ってねぇよ」

「でしょうね。一応よ」


 苺が肩を竦めた。

 それから立ち上がって、玄関の方に向かった。

 帰るようだ。


「おやすみヘイズ」俺が言った。「ああ、おやすみ苺ちゃん」


「またそれ?」


 苺が立ち止まって振り返る。


「挨拶ぐらい、してくれてもいいだろ?」

「そうね。それより、私の部屋に侵入した理由をまだ聞いてなかったわね」

「ああ、それな。疑ったんだよ。電話の主が苺ちゃんじゃないかって」

「そう。まぁタイミング的にはそうでしょうね。疑うのはいいことよ。それじゃあ、おやすみ」

「捜査官らしい発言をどうも。おやすみ」


 苺はそのまま玄関を出た。


「風呂入って寝るか」

「……一緒に入る」

「自分で洗えよ」

「……分かった」


 俺とテンティは揃ってバスルームに向かった。

 で、結局俺はテンティの髪を洗ってやった。

 我ながら甘いもんだ。



 翌日オフィスに到着してすぐ、ウリエルがパソコンでニュース番組を流した。

 画面の右上に『義賊ブラッドオレンジついに逮捕か!?』と煽り文が入っていて、芸能人やら知識人やらが色々と議論していた。


「現在、ブラッドオレンジは日本情報局の特別犯罪捜査班が身柄を押さえ、取り調べを行っているとのことです」


 画面の中でアナウンサーらしき女が言った。

 その発言を受けて、色々な意見が飛び交う。


「また模倣犯じゃないのか? 過去にもブラッドオレンジを逮捕したら模倣犯だったという事実がある」

「そうそう。怪盗ファントムヘイズも結局は模倣犯だったって落ちだし」

「私は信頼できる筋から情報を得たのですが、どうやら本物である可能性が非常に高いということでした」


 その信頼できる筋というのは、まさに日本情報局のことだ。

 そして当然ながら、ブラッドオレンジ逮捕は嘘っぱちである。

 全ては作戦。

 爆殺トカゲを情報局におびき出すための作戦だ。

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