第13話 腹黒×乙女×苦労人


 レベッカとゼノンの様子を室内から眺めていたカローラは隣にいたイグニスの肩を大きく揺らしていた。



「イグニス様、ご覧ください! あのゼノン様が機嫌良さそうに談笑されていますよ! 嬉しそうで何よりです!」

「ああ、そうだな」



 あの舞踏会の日から、カローラは如何いかにゼノンがレベッカに夢中で、彼女がゼノンからの好意をどう受け止めていいか戸惑っていることを周囲に広めてやった。おかげで今日のお茶会では周囲は二人の様子を静観し、二人きりの時間を作ったのだ。



「素顔を見せてしまうほど、嬉しかったのでしょうね。ああ、わかりますよゼノン様! 貴方のそのお気持ちが!」

「もう少しレベッカ嬢の気持ちも分かってやれ……ご機嫌なのはゼノンだけだろ」



 ゼノンは元から性格が悪いが、それゆえに感情が分かりにくい。付き合いの長いイグニスやカローラだからこそ、一瞬見せた素顔で彼がご機嫌なのだと分かるのだ。楽し気に聞こえる謎の笑いは、彼なりに恥ずかしさを誤魔化しているだけ。



「一体、何をお話しているのでしょうか……私も混ぜて欲しいですわ! でも、せっかくの二人の時間が削れてしまうぅう……ここは我慢です、カローラ……」

「そうしておけ。お前を理由に輪に入ろうとする命知らずがいたらどうするんだ? 世ではそれを、手の込んだ自殺っていうんだぞ」

「むむ……仕方ないですねぇ……」



 愛らしく唇を尖らせるカローラを愛おしく思いつつも苦笑する。正直、過去の自分とレベッカを重ねてしまう。きっと彼女はゼノンの心情とは正反対のことを考えて、恐怖に怯えている事だろう。


 彼はレベッカと共にクレソン侯爵夫人の下へ行くと、軽く挨拶をしてレベッカは会場を出て行く。彼女を見送ったゼノンは使用人に案内されながら、こちらに向かってきた。そして、周囲に自分の顔が見えないように背を向け、人には見せられない冷たい笑みを浮かべていた。



「ご機嫌だな……」

「ああ、分かります? ふふふふふふふふふふ……」



 裏社会のボスと言われても差し支えない悪い笑みとは裏腹に、彼の口から漏れ出る笑いは上機嫌だ。その異様な不気味さは、見慣れない人間が見れば夢に出そうである。


 カローラは控えめに感嘆の声を漏らすと、目を輝かせてゼノンに詰め寄った。



「レベッカ様とどんなお話をされたのですか」

「フレデリック・ノーマン卿に惚気話をされた話です」

「ああ、幸せ絶頂期だもんな」



 イグニスの護衛兼侍従だったフレデリック・ノーマンは留学中のゼノンに代わり、イグニスを支えてくれた男である。イグニスよりも七つ離れた彼は、去年遅い春を迎え、年若い娘と結婚することになった。現在は定期的に休みをもらって結婚の準備を進めている。



「それで、何がどうすればノーマンの話からそんなご機嫌になるんだ?」



 そう問うとゼノンはぴたりと笑うのを止めた。



「いえ、何でもありません。ノーマン卿の式に合うネタを頂けたので、気分が良かっただけですよ」


(それだけじゃないだろう?)



 イグニスの隣でカローラもそう目で訴えている。言葉にしないのは、あまり追及したらはしたないと思われるからだろう。イグニスが代わりに聞いてやりたい気持ちもあったが、自ら地獄に飛び込むほど馬鹿ではない。



「お前のことだ。それを理由に何かお礼でもするんだろ?」

「ええ、もちろん。ただ、彼女は花や装飾品にそれほど興味なさそうなんですよねぇ」



 婚約者ではない女性へ贈り物は花が最適だが、お礼にしてはささやか過ぎる。かといって装飾品を送るには重い。おそらくレベッカ自身も興味はないだろうとイグニスもわかる。



「彼女が真っ先に喜びそうなものは、すぐ思いつくのですが……さすがにワインボトルを女性に贈るのは気が引きけて……お菓子と一緒に日用使いしやすい物を送るのが一番ですかね?」

「ああ、それなら彼女が喜びそうなものを知ってますよ?」



 カローラがそういうと、ゼノンは少しだけ表情を曇らせる。



「…………その情報料はいかほどで?」

「そんなの決まっているではありませんか……!」



 カローラはイグニスとゼノンを引き寄せると、小さな声で条件を提示する。



「なんだ、そんなことですか。それなら私にお任せください」

「頼みましたよ、ゼノン様!」



 紳士的な笑みを浮かべる親友と声を弾ませる婚約者をよそに、イグニスは一人ため息を漏らした。


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