第6話 クズVS不良息子


 声を荒上げながら人混みをかき分けてやってきたのは、トーマスだった。隣にいるのは、例のレベッカに突っかかってきた女である。遊び相手を連れてやってきたことに、レベッカの両親は一瞬顔をしかめ、リグ家は表情を凍らせた。


 穏やかに笑っていたゼノンの目がすっと冷めたものに変わり、立ち塞がるようにトーマスの前に出た。



「王家主催の舞踏会で声を荒上げるなど、野蛮きわまりないですね」

「なっ! 声も荒上げるだろう……! なぜ貴殿がレベッカの婚約者ヅラをしているんだ! 人の婚約者を奪うなんて紳士としてあるまじき行いだろう!」

「はて、何を言っているのか? 私は彼女をダンスに誘っただけだ。それなのに婚約者を奪ったなんて勘違いもはなはだしい。そもそも自分の婚約者だというのなら、なぜファーストダンスは彼女と踊らず、あまつさえほっぽり出して、他の女性と腕を絡めているのか。それこそ、紳士としてあるまじき行いでは?」

「くっ! しかし!」

「これ以上は控えていただこう。両陛下の御前で騒ぎ立てる無作法者はどうなるか分かっているだろう?」



 今日の舞踏会にはもちろん、両陛下も出席されている。その会場で騒ぎを起これば、会場から摘まみ出されるくらいなら良い方だ。最悪の場合、出入り禁止。もしくは処罰される可能性がある。国家最高権力者を名前が出されれば、さすがのトーマスもぐっと押し黙る。それに対してゼノンが挑発めいた笑顔で返すと、トーマスは目を鋭くさせた。



「こ、この、虎の威を借りる狐が!」



 そう罵り声を上げると、すっと彼の隣にトーマスの兄達が立った。



「に……兄様?」

「こい、屋敷に帰るぞ」

「し、しかし!」

「黙ってこい!」



 普段は優しい兄達が低く恫喝どうかつし、そして、トーマスの父が彼の遊び相手にも目をやる。



「貴方も一緒に来ていただこう。長い長い話になるからね」

「ええ、そうよ。トーマスのお友達なら、御一緒いただかないとね」



 リグ夫妻の圧力に震えながら遊び相手が頷き、リグ家一同が会場の外へと姿を消した。



「さて、これで邪魔者は消えましたね」



 まさに圧勝。根回しだけで完膚かんぷなきまでにトーマスを負かせた。レベッカが呆然と彼の横顔を見つめていると、彼は不敵に笑った。



(上流階級こわっ!)



 リグ家が会場を去ったことでご機嫌な父に向かってゼノンがアイコンタクトを送ると、父は静かに頷いた。



「それでは、私達もこれで失礼。レベッカ、お前はゆっくり彼と過ごしているといい」



 そう言うと、父は母を引きつれて会場を出て行く。隣にいたゼノンがやり切ったと言わんばかりに満足げな顔をして、こちらを見下ろす。



「これで婚約の不安は解消されましたか?」

(いや、不安しかありませんけどっ⁉)



 本当に何者なのだ、この男は。これだけ大きな根回しをしておいて、何も知らされていないのは、当の本人達だけとはどういうことだ。


 問いただしたいことが山ほどあったが、レベッカは全て飲み込む代わりにため息を漏らした。



「私がどんな不安を漏らしても、きっと完璧に取り除くんでしょうね」

「もちろん。運命なんてこれっぽっちも信じていませんが、いいと思う相手をやっと見つけたんです。逃すわけにはいきません」

「どういうことです……それ」

「かつての縁談話を聞きたいですか? 苛烈極まりない女の戦いは見ごたえがありましたよ?」

「…………やめておきます」



 茶化してはいるが、縁談を蹴りまくっていたのだ。相当なものだったのだろう。レベッカは諦めて残りの時間は彼と共に過ごすことにする。しかし、すっかり注目されてしまい、こちらに視線を向けながら話をしている者ばかりだ。これにはゼノンも困り顔をする。



「さて、こうも注目されると居心地が悪いですね……知人から休憩用の客室を借りているので、そこで一緒に休みませんか?」



 ここは王宮だ。王宮の客室を手配できる相手は限られている。レベッカは恐る恐る声を出す。



「その知人とは……?」

「いやですね。そんな分かり切ってることを聞かなくても。ですよ。じゃなきゃ、こんな場所で根回しなんてしません」



 ここは両陛下のお膝元。そんな場所で大騒ぎになりかねないことをしたのだ。トーマスが騒いだ時に何もなかったのは事前に知らされていたからなのだろう。笑顔で答えるこの男の底を知れなさにレベッカは絶句した。


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