第17話 想いは伝えないと分からない


「素敵だわ……このショートケーキ……」



 柔らかなスポンジは生クリームで覆われており、その姿はまるで誰も足を踏み入れていない雪景色のよう。その真っ白な大地には職人技によってデコレーションされた生クリームの薔薇が咲いている。乗っているイチゴは飴でコーティングされているのか、ピカピカに輝いて見えた。



(食べるのが勿体ない……でも食べなきゃ……いえ、でもどこから食べようかしら)



 皿を回しながら悩んでいると、目の前から笑い声が聞こえた。顔を上げるとゼノンが嬉しそうな顔でこちらを眺めている。



「なんですか?」

「いえ……そんなに喜んでもらえるとは思わなくて……貸し切りにした甲斐があったなって思ったんですよ」

「お酒が一番喜ぶと思ってたわけですね」

「ご名答。しかし、ご令嬢にお酒を送るのもどうかと思い、ここに誘ったんです。美味しいって有名ですからね」



 と言いながらも、彼はコーヒーを頼んだだけでまだケーキを食べていない。もしかして甘い物が苦手なのだろうか。



「食べないんですか?」

「いえ、せっかくなので食べようと思っていたのですが……メニューより貴方を見ている方が面白くて。ケーキを決めあぐねてコーヒーに落ち着いていただけです」

「どういうことですか?」

「まあまあ、私のことなんて気にせず食べてください」

「一人だけ食べるのも気が引けるんですよ」



 二人がいる二階はいわゆる特別席だった。普通の椅子ではなく、高級な一人掛けソファになっており、衝立で個室のように区切られている。こんな中、一人で食べるなんて少し落ち着かない。



「じゃあ、貴方と同じものを頼みますかね……」



 ゼノンがそう言ってメニューに目を落とした時だった。少し下の階が騒がしい。二人が座る席は二階の一番奥で、聞こえてくる声から何か言い争っているのは分かるが、何を話しているかまでは分からない。そのうち慌ただしく階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。



「衛兵呼ぶぞ!」

「うるさい! おい、レベッカ! いるんだろ!」



 その声を聞いて、レベッカはさっと血の気が引いた。その声はトーマスの声だ。なぜ彼がここにいるんだ。戸惑うレベッカに対して、ゼノンは特に驚いた様子もなく「服が汚れるから、これを」といってレベッカに自分の上着を被せて、レベッカを座っていたソファと衝立の間に隠した。そして、レベッカが隠れているソファに腰を下ろす。



「ここか!」



 その声でトーマスが個室にやってきたのが分かった。身をかがめて動けない状態のレベッカが出来ることといえば、息を殺すことだけである。



「騒がしいですね……って、また貴方ですか」



 不機嫌そうなゼノンの声がレベッカの耳に届く。



「一体何の御用ですか?」

「ノヴァレイン家の! レベッカはどこですか! 貴殿と会っているでしょう!」

「見ての通り、私は一人でケーキを食べに来ているんですが?」

「しかし!」

「伝票でもご覧になりますか? この通り、ケーキもコーヒーも一人分しかありません」



 トーマスが押し黙ったのが分かった。運よくゼノンがケーキを選びそこなっていたおかげで、回避できそうだ。再び階段から慌ただしく駆けあがってくる足音が聞こえてくる。それも一人ではなく複数だ。



「ノヴァレイン様、申し訳ございません! 今すぐこの者を追い出しますので!」

「お前も見ているんだろ! 彼が女性を連れてきているはずだ!」

「さっきから知らないと言っているでしょう!」

「いや、いたはずだ! この目で見たんだ!」



 店員と思しき男の声とトーマスの怒鳴り声が交互に聞こえる。そのうち、ゼノンが大きなため息をついたのをきっかけに、二人が押し黙った。



「オーナー、彼は私に御用事があるようなので、そのままで結構です。そして、ご迷惑をおかけしたお詫びに、下のお客様の料金は私が支払います」

(なぬっ⁉)



 聞き捨てならないゼノンの言葉に、レベッカは声が出そうになった。



「いえ、ノヴァレイン様……さすがに……」

「店の評判が落ちたら大変です。この一件が広まって今日お客様が入らなかったら売り上げが落ちるでしょう? 口止め料にお客様にはそうお伝えください」

(ちょ⁉ これ、私のせいなんだからゼノンが責任を負うことないでしょ! てか、なんで来たのよトーマス!)



 この一週間、他家のお茶会で彼どころかリグ家の人間の姿を見ていなかったが、一体なぜ彼がこんなところに。自分を探していたようだが、一体なんの用があるのだ。



「さあ、どうぞおかけになってください。といっても、おもてなしをするつもりはありませんが」



 個室から何人かの気配が離れていった後、ゼノンが冷たく言葉を放つ。他にも人の気配がするので、トーマスを監視している人間が残っているのだろう。



「ああ、貴殿にも話したいことがあったんだ」



 そう言ってトーマスはどすんと音を立ててソファに座った。



「まずはレベッカの事だ。よくも人の婚約者を奪うような真似をしてくれましたね!」

「人聞きの悪い。貴方の浮気と借金が原因で捨てられたんでしょうよ」

「そっちこそ人聞きの悪いことを言うな! リンダは友達で、金は後で払うつもりだった!」

「へぇ、女友達にドレスや装飾品を贈るなんて、ずいぶんと深い仲なんですね。ちなみにあとで払うとは? 誰かに立て替えてもらうのは借金というんですよ?」



 ゼノンのちくちくと刺すような言葉にトーマスが黙った後、彼はさらに追撃をする。



「そもそも、貴方は私に文句を言うほど、婚約者としての責務をちゃんと果たしていたんですか?」

(果たしてないわね、何も)



 黙ったままのトーマスの代わりにレベッカが内心で答えた。



(私って本当に彼のなんだったのかしら?)

「愛のない結婚なんて珍しくもないですが、少なくとも婿入りする家に対して気遣う態度を示すべきでしょう? 出なければ……」

「うるさい! 貴殿に何が分かるんだ!」



 トーマスがそう一喝し、しんと周囲が静まり返る。



「婚約が決まって、レベッカはオレよりも兄達の後ばかり追いかけるんだ。女は家庭を守るのが役目だから、仕事をする必要がないと言えば『お婿さんは黙ってて』と言われ、もっと明るい色のドレスにしろと言えば無視され、お茶会に参加すれば不機嫌な顔で隣に立つんだ。おまけにこっちがいくら気を引こうとしても靡かない相手をどうしろっていうんだ! こっちだって婚約者に気を遣って言ってやってんだぞ!」

「何よ、それ! 被害者ヅラしないでくれない⁉」



 たまらず隠れていた場所からレベッカは這い出ると、気づけばそう口にしていた。



「私は一人娘! 家を守らないといけないの! 貴方は家の勉強しないし、商売にも興味がないからお兄様達に聞いてたんでしょうが! 女は家を守るのが役目だから仕事せずにすっこんでろって言ってたけど、家のことしない婿こそすっこんでなさいよ! それに家を守るためには家のことを知ってないといけないし、女性は流行に敏感で、商売なんていつ何が流行りを生むか分からないから、気を配ってたんでしょうが!」



 突然、ソファの裏から出てきたレベッカにトーマスはぎょっと目を剥く。しかし、レベッカは構わず続けた。



「おまけに私が無視した⁉ あなた見てくれだけは無駄にいいから、こっちは隣に並ぶのに恥ずかしくないように侍女達や母と相談しながら着飾ってきたのに褒め言葉も一つもない! おまけにダメだしされれば、話もしたくなくなるわよ! それにいつ私の気を引こうとしたの? 女を侍らせたり私を怒らせたりして気を引こうとしてたんなら最低な行為よ!」



 怒涛の勢いで言い返したことにより、誰も一言も発することはなかった。室内にはレベッカの息切れをする音とゼノンの抑えた笑い声だけが聞こえる。彼は席を立つと、代わりにレベッカを座らせて落ち着かせた。



「それに今日、ここに来たのはゼノン様の知人が結婚式で配るお土産が決まらなくて困ってるって言うから、アイディアをいくつかあげたお礼だったの。疾しいことなんて一つもないんだから。それで貴方は私に何の用だったのよ?」



 目を丸くしたまま固まっていたトーマスがようやく我に返り、しどろもどろになって口を動かした。



「いや……その……悪かった……」

「は?」

「オレが勘違いをしていた……てっきり……オレは婚約当初からお前がオレのことを気に食わないんだと思っていた。だから、むしゃくしゃして……そうか、オレが間違ってたのか……」



 まるでうわ言のように口にすると、まるで目が覚めたような顔でレベッカを見つめた。



「レベッカ、オレが悪かった。もう遅いだろうがお前をやり直す機会をくれ」



 トーマスがこの通りだと深く頭を下げたのを見て、レベッカは訳が分からずゼノンを見上げる。



(どういうこと⁉ 一体、どんな心境の変化で頭を下げてきてるの、コイツ!)



 そんなレベッカの気持ちを察したのか、ゼノンはため息を漏らした。



「つまり、あれですか? 自分に問題があるとは思わず、自分を気にも留めない彼女に腹が立って、気を引きたかったと?」

「ああ、そうだ」

(はぁっ⁉ なにそれ⁉)



 なんて子ども染みた考えだ。どのみち許したくもないし、よりも戻したくもない。隣から「救いようがない……」とぼやくゼノンの声が聞こえ、さらにトーマスを監視していたガタイのいい店員達も呆れを通り越して侮蔑の視線を送っていた。



「すまなかったレベッカ。心を入れ替えて、お前とちゃんと向き合うと誓う」

「急にそんなこと言われても……」

「正式な婚約解消まで一週間ある。どうかそれまで考えてくれないか? それとも、レベッカはもう彼と婚約すると決めているのか?」

「え…………?」



 思わずゼノンを見上げてしまうと、彼を目が合い微笑まれてしまった。少し気まずくなってレベッカは彼から顔をそらす。



「え、いやぁ、ゼノン様は…………ゼノン様はなぁ~」

「ちょっと、なんですかそれ。さすがに聞き捨てなりませんよ」



 まさかゼノンもレベッカにそんな言い方をされるとは思ってもなかったらしく、ゼノンが詰め寄る。



「いや、でもゼノン様だし……」

「なんだ、結局は貴殿もレベッカに相手にされてないのか……」

「はい…………?」



 小馬鹿にしたようなトーマスの言葉に、ゼノンはゆっくりと首を動かしてトーマスを見やった。



「結局のところ、そういうことだろう。家柄も、能力も申し分ないのにレベッカにそんな態度をされていて、相手にされていない以外なんていうんだ」

「少なくとも、貴方よりは相手にされていますよ?」

「どうだか?」



 なぜか二人の間で火花か散っているような気がした。個室は妙な緊張感に包まれ、レベッカはため息をついた。


 好きなケーキを食べる為にせっかくお洒落をして来たというのに、なんでこうなってしまったのだろう。



「トーマス、もう帰ってくれないかしら? お店の人も困りますし、何よりケーキを食べにきたんですけど!」



 せっかく身綺麗にしてケーキを楽しみにきたのに、トーマスのせいで気分は台無しだ。


 巻き込まれたゼノンにもお店の人にも申し訳ない。



「ゼノン様は私を気遣ってこのお店を誘ってくださったの。彼の心遣いを無下にする行為だったし、このお店に御迷惑をおかけしたんだから、謝ってちょうだい」

「しかし、レベッカ……」

「しかしもかかしもないのよ! それとゼノン様! お店にお支払いするケーキ代は私が出します! 私が撒いた種なので!」

「では、折半しましょう。私も関係ないわけではありませんし、これ以上もこれ以下も私は譲歩しません」



 おそらく、レベッカが引く気がないと踏んだのだろう。ゼノンはやれやれと肩を竦めた。



「わかりました! じゃあ、トーマス! さっさと帰って! 貴方が話したいことはもう済んだでしょ?」

「レベッカ、オレとのことを考える件は……」

「まだ言ってんの⁉」

「答えて欲しい。でないとオレはここに居座る」



 トーマスの無神経さにレベッカは絶句する。これだけ他人に迷惑をかけておいて、答えるまで居座るなんて身勝手にもほどがある。下手に曖昧な返事をすれば機嫌を損ねて、どんな振る舞いをするか分からない。



「分かったわ……正式に署名をする来週まで少し考えてあげる」

「レベッカ……! ありがとう!」

「でも、勘違いしないで。私は婚約解消を望んでるし、結婚相手は互いを尊重できる相手がいいと思っているの」

「それはもちろん! レベッカのことをちゃんと考える!」



 口ならどうとでも言える。しかし、これはちゃんと彼に歩み寄らなかった自分も悪い。



「そう……それならちゃんと誠意を見せて」

「誠意……?」

「私、殿方から一度も贈り物をもらったことがないのよね」



 そういうと、トーマスは顔をこわばらせ、店員はギョッとした顔をする。



「だから、私のことを本当に思ってくれるなら、私が喜ぶと思う贈り物をちょうだい。婚約解消を止めるか、もしくはこれまでのツケはなかったことにしてあげる」



 これがトーマスに対するレベッカの出来る最大の譲歩だ。正直、未だに彼が改心したとは思っていない。少なくともこれで彼の誠意は分かるはずだ。自分はトーマスと婚約を解消するつもりだし、金の切れ目が縁の切れ目だ。


 しかし、トーマスは真剣な顔で深く頷いた。



「分かった。それで君の信用を取り戻してみせるよ」



 プレゼント一つで本当に信用が取り戻せると思っているのだろうか。レベッカがため息を零しそうになったのをぐっとこらえる。ようやくトーマスはレベッカから前向きな言葉を聞き出せて安心した表情を浮かべた。


 ゼノンは呆れた様子で小さくため息をこぼすと店員に言った。



「話は終わりました。彼をお見送りしてください。お客様なので」

「かしこまりました。お客様、こちらへ」



 丁重に店員がトーマスを誘導し、レベッカは窓から彼が出て行ったのを確認すると向かい側に座り直したゼノンに向き直る。



「ゼノン様、申し訳ありません」



 そう頭を下げると、彼はきょとんと目を瞬かせた。



「何を謝っているんですか? 今回の婚約解消は私が仕組んだものですよ? 貴方が謝る必要は何一つないですし、むしろ自業自得だと思っていますよ」

「それでも私は謝らないといけません。ゼノン様は善意で私をこのお店に誘ってくださった。喚くアイツをゼノン様は大事にしないよう冷静に彼を対処にしていたのに、私は声を荒上げて反論してしまいました。貴方の店への気遣いも……全部無駄にしてしまいました。だから、申し訳ありませんでした」



 好きなスイーツ店の評判を落としてしまったことにも、レベッカは罪悪感で胸が苦しかった。



「オーナーにも謝罪したら、これで私は失礼させていただきます」



 レベッカが席を離れると、ゼノン様はレベッカの手を掴んだ。



「ゼノン様……?」

「どうやら貴方は、私に口説かれているという自覚がないことがよく分かりました」

「へ…………ひっ⁉」



 先日見たあの冷たい微笑がそこにあった。思わず悲鳴を上げると、ゼノンは手を掴んだまま立ち上がる。



「ねぇ、レベッカ。今日、貴方をこのお店に誘ったのは、貴方に会いたい口実と、純粋な気持ちで貴方にケーキを楽しんでもらって、ここ一週間のストレスを発散してもらいたいなっていう気持ちだったんですよ」

「…………は、はい」



 一体、彼は何を言っているんだ。それを口にしたら、レベッカの警戒心を高めるたけだと彼が分かっていないはずがないだろう。



「こういう計算高いところが貴方の警戒心を高める理由でしょうね。だから、あれと婚約解消後に時間をかけて丁寧に口説こうと思ったのですが、気が変わりました」

「き、気が変わったとは……?」

「時間をかけるなんてわずらわしいことはやめます」



 きっぱりと彼はそういうと、レベッカの背筋に冷たいものが走った。彼は愉快そうに目を細めているが、それはレベッカの反応を見て笑っているのではない。これからどうやって獲物を追い詰めようと考えている顔だった。



「貴方にとって私とあれは同等のようですからね」

「あれって、トーマスのこと……?」

「ええ。そうです」

「いやいやいや! ゼノン様とトーマスじゃ、天と地の差がありますよ!」



 性格はともかく、彼とゼノンを比べて同等扱いにすれば、神様から罰を食らうに決まっている。ゼノンは悪い人ではないのだ。思慮深く、それでいて利己的主義であるのがレベッカの見立てだった。あまりものをよく考えていないトーマスと同等に扱っているつもりはなかった。



「いえ、同等です。貴方の中では細分化されていても、口説かれている相手として認識されていない私にとって、あれと同等なんですよ」



 彼はそうはっきりと断言した。



「レベッカは私が貴方を本気で好きだと思っていない。そうですね?」

「え。はい。身分も頭の出来も違いますし」

「私が貴方と婚約することで、何か合理的なことがあると私が裏で考えている。そうですね?」

「ええ。少なくとも女性に言い寄られなくなりますし……」

「…………それは、あれに抱いている疑念と同じではないですか?」

「そんなこと…………あれ?」



 正直、トーマスは本気で自分のことを真剣に考えているとは思ってもいないし、レベッカの機嫌が取れることで少なくとも借金はなくなると考えているだろう。何か利益があり、こちらに言い寄っているに過ぎない。それは言葉が違えど、ゼノンに対して抱いている感情と似ている。


 言ってしまえば、どちらも信用ならないのだ。



「分かりましたか。少なくとも私はあれと同じ土俵に立たされています。なので、私はもう手順が逆でも構いません」



 ゼノンはそういうと、射抜くような眼差しをレベッカに向ける。



「あれが貴方に贈り物を渡す日、私も貴方に贈り物をします。あれが初めて贈り物を受け取る相手なんて、私が許せません。あれか、私か、どちらか一方を選んでください」

「え…………」

「でないと、貴方はこれ以上の厄介事を回避するために無条件で彼の借金をなかったことにして婚約を解消するだけになるでしょう。許されたと勘違いして調子に乗ったあれは、再度婚約を申し込んできます。そうなれば今度こそ、私はあれと同等です」



 もし、そうなった時、ゼノンの自尊心が許さないのだろう。彼自身はトーマスを恋敵とも思っていないが、レベッカに袖にされてしまえば同じことだ。



「もう貴方の心は待ちません。私は貴方と絶対に婚約するし、貴方に愛が芽生えたのが婚約する前か後かなんて、そう問題はありません」

「え、ちょ」

「というわけで、レベッカ。あれには私も贈り物を渡すことと、『レベッカが気に入った贈り物をした方が婚約する』と伝えておきますから。あ、弁償用のケーキは日に分けて少しずつ値段分だけ屋敷に送るように頼みますね」

「え……え⁉」



 わけが分からないまま、レベッカは馬車に乗らされた。そして後日請求書とともに値段に見合うだけの量のケーキが数日間届けられた。


 これは本当に彼と折半した金額なのだろう。ただ違うとすれば、これは弁償ではなく、ただの定期購入だということ。おそらく、あの日のケーキ代は彼が全て払ったのだろう。


 ケーキといい、トーマスに対抗しての贈り物といい。彼が何を考えているのか分からない。



(どうしてこうなった。そして、私は本当にゼノン様と婚約するの……?)



 ゼノンがレベッカの為に用意するのなら、きっとレベッカが喜ぶものだろう。ケーキだって自分のために予約してくれたのだ。



(……というか、本当に私のこと好きなの……?)



 にわかに信じがたい。しかし、あれは本気の顔だった。



(どうしてこうなってしまったの……?)


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