第18話 事前準備


「どうしてそうなってしまったのですか、ゼノン様」



 王宮の客室でカローラが腕を組んでゼノンを睨みつける。その令嬢らしからぬ態度も気にせずゼノンは優雅に紅茶に口を付けた。



「どうしたもこうしたも、ついカッとなったとしか言い様がないですね」



 本当に自分らしくないとゼノンも思った。もっと自分は狡猾的な人間だったはずだ。冷静に状況を見極め、計算高く事務的に処理をしていく。それがゼノン・ノヴァレインという人間だったはずだ。それなのに、どんなに冷静に状況を見極めたつもりでも、計算高く手順を踏んでも、レベッカは軽く袖にする。


 それはゼノンにとって好ましかったし、落とし甲斐があると感じていた。



「彼女の男への関心の無さを甘く見てました。ええ……本当に」



 あれだけ身勝手なことをされて、彼女は婚約者の誠意が伝われば、婚約は解消しても借金を失くすと言っていた。それを優しいと言葉にするには簡単すぎる。彼女は興味がない上に、あれとの関わりを断ちたかったのだ。だから彼の誠意が伝わる簡単な方法を選び、これで最後にしようとした。



「彼女は男のことも良く分かっていないし、駆け引きも得意じゃない。あのクズをそのままにしておけば、調子に乗ることは確実。あれが彼女に言い寄ることを神が許しても私は許しません」



 初めこそはきちんと手順を踏んで、じっくりと異性として意識してもらおうと考えていた。その方が自分も恋を楽しめるし、彼女にも心の余裕ができる。婚約解消後、ゼノンはあれが割り込んでこないように手を尽くすつもりだった。しかし、本心でレベッカがあれを許してなくても、許すような態度を示してしまえば無意味なことになる。



「順序が逆になってもやることは変わりません。さっさと彼女と婚約して、堂々と口説きます」



 ゼノンはちらりと黙ってお菓子を食べるイグニスに目をやった。例に漏れず、甘い物を選んでいる。



「お前にそこまで独占欲があったことに驚きだよ……んで、どうするんだよ? ただ選ばれなかったってだけでリグ家のクズ三男がお前とレベッカ嬢の婚約も納得するわけないだろ?」

「ええ、なので法と権力の力を借ります」

「ホント、さらっと恐ろしいことをいうな、お前……まあ、頑張れよ」



 イグニスがそういうと、ゼノンはにっこりと笑った。



「何言っているんですか。私の言う『法と権力』とは、貴方のことも含まれるんですよ?」

「は?」

「部外者とはいえ、みっともなく負けを認めない相手に『見苦しい』と苦言を呈することぐらいできるでしょう? それに個人間の問題でも、王族の前で約束の反故はバツが悪いですよね?」

「コイツ……っ!」



 イグニスが顔を歪めて呟くのを見て、ゼノンは「そのぐらい緊張感があってもいいでしょう?」とソファに座り直す。



「それにカローラ嬢にちゃんと情報料のお礼をしないとですしね」

「はい! 私、ゼノン様があのトーマスを精神的にボコボコにして、レベッカ様の心を射止める瞬間を楽しみにしています!」



 花が綻ぶような笑みを浮かべながら、カローラは力強く頷く。


 レベッカが好きなスイーツ店を教えてくれた礼に、ゼノンはとびっきりに特等席を用意せねばならない。それ以前に、ゼノンの計画にはカローラとイグニスの存在が必要不可欠だった。


 それでも渋い顔しているイグニスに、ゼノンはカローラへアイコンタクトを送る。



「殿下……!」



 カローラが上目遣いでイグニスを見つめた。



「今度の日曜日、私と一緒にメイティン家まで同行してくださいますよね?」

 可愛い可愛い婚約者のお願いにイグニスは黙って頷くのだった。



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