第29話 式神使いの四秀家
「じゃあ最初な。『魔術師の魔術手術はマズい魔術手術だ』」
よくある早口言葉だ。緊張しなければ普通に話せるイヴならそれほど難しくないはず。
「まじゅちゅしゅのまじゅつしゅずつはまじゅいまずつしゅじゅちゅだ!」
「二文字目! 二文字目から噛んだ! ボロボロじゃねぇか! ちょっと言えたような顔してんじゃねぇ」
「ダンがじっと顔を見るからだろう。そんなに見つめられると緊張するのだ」
いや、そんなこと関係ないくらいに噛んでいた。少し緊張に対して強くなればなんとかなると甘く考えていたが、これは思ったより重症だな。
「魔術師の魔術手術はマズい魔術手術だ。簡単に言えるだろ」
「なんだ、貴様。自慢か!」
「いや、手本を見せただけなんだが、そんなに噛み付くとこか?」
なんかだんだん面倒になってきた。仕事のときもドジはするが、本当にポンコツなときはとことんダメな奴だな。
「じゃあもう一度詠唱をやってみろよ。どこで噛むんだ?」
「うむ。ちょっとばかり舌がぐちゃぐちゃになるところがあってな」
イヴは二度咳払いをして、んんっ、と声を整える。
「——
イヴは盛大に床を転がり始める。どうやら舌を噛んで残機が減ったようだ。
「思ったより長生きしたな」
「むぅ、割と落ち着いてもこの『ちあきゅ』の部分が言えないのだ。どうして大切な魔法の詠唱にこんな言葉を使ってしまったのか」
「もういい。詠唱を紙に書け」
ぐぬぬ、とわかりやすく悔しそうな声をあげながら、イヴは手近なメモに詠唱を書きなぐる。とっさに生み出した魔法だという話の通り、詠唱の
「『
「なんでそんなにスラスラ読めるんだ!」
「いや、普通に読めるぞ。問題なく」
詠唱の
「地焼き、のところか。確かに少し忙しい感じがするが」
「何度も簡単に読むな。嫌味か? 嫌味なのか?」
「絡むなよ。とにかく詠唱ってのは、恥ずかしさと読み上げに慣れるのが一番なんだ。まずは紙に書いたこれを朗読する。魔力は込めるなよ。こんなもん撃たれたら水原家でもただじゃすまないぞ」
イヴの特訓が始まる。何度も繰り返し声を出す。噛んでも最後まで詠唱を続ける。何かポーズを決めることで意識を逸らす。いろいろと試してみたが、一向に成功する様子はなかった。
「やはり無理なのか」
「何年もできなかったことが今日いきなりできるわけないだろ。毎日続けて何か成果を出すんだよ」
「闇魔法使いのくせに、意外と熱血派なんだな。ん? んんーっ!」
急にイヴが声をあげる。それと同時に俺の背中に飛びついた。またナイフで刺しに来たのかと思うくらいに機敏な動きだった。
「どうした?」
「今、そこにネズミが」
イヴの指さした方向を見ると、確かにネズミが部屋の隅をうろちょろしている。別によく見るタイプのドブネズミだ。
「別にネズミなら訓練のときに食ってただろ。凶悪犯罪部隊はゲリラや隠密もやるんだから」
「それは食わざるをえない状況に追い込まれているからだ。ここは水原家の邸宅だぞ。虫や害獣がのさばっている場所じゃないんだ」
それを聞いて、俺は瞬時にネズミを観察する。わずかではあるが、魔力の残り香を感じる。
「——貫け、冥府の剛槍。
逃げ出したネズミの腹を槍が貫く。抵抗して体をじたばたと動かしていたが、すぐに息絶えた。
「何もそこまでしなくてもよかったんじゃないか?」
「これを見てもそう思うか?」
俺は槍の先端に刺さっていた紙をとる。さっきまでネズミだったはずのものは、ネズミを形取った紙切れに変わっていた。中心には俺の槍が貫いた穴が開いている。
「こいつは式神って奴じゃないか?」
「あぁ、日本古来の魔法で、今はほとんど使い手はいないはずだ。あるとすれば土御門家とか」
そこまで言って、イヴははっとして言葉を止めた。
「まさか、土御門家が瑠璃様を闇魔法使いと疑って動いているのか?」
土御門家は水原家や風祭家と同じく四秀家の一つだ。
関西圏に力を持つ古株の家で、宗教関係に特に影響力を持っている。西洋からの影響を受けて変化した日本の魔法界にあって、四秀家の最後の一つ、火狐家と並ぶ古参の魔法使いの家系で、特に日本で古くから使われてきた陰陽術と呼ばれる魔法を使っている。
紙に魔力を込めて使役する式神も、この陰陽術の一種だ。
「陰陽術を使うのは土御門家の親類だけだ。土御門派の魔法警察も使わない」
「ということは土御門の人間が瑠璃の調査に動いてるってことか」
「とはいえ土御門は京都に本宅があって、こちらでは水原や風祭の方が力が強い。天河様が動いているからあまり派手には動けないと思うが」
しかし水原家の邸宅内まで探りを入れているとなれば、衝突も辞さない覚悟があることが感じられた。瑠璃をあまり外に出さない方がいいかもしれない。
「瑠璃に少し学校を休ませるか。理由は、急病でもなんでもいい。天河になんとかつけさせる」
イヴが同意するように首を縦に振る。それを見て、俺は急いで瑠璃の部屋に向かった。
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