殺し屋メイドはドジをする
第4話 物騒な同僚
コンクリートベースの室内を歩いていると、ほとんど思い出のない小学校に似ているような錯覚に陥る。あの頃と比べると窓は少ないし、部屋も教室と比べれば狭く、内装だって机と椅子が整然と並んでいるわけでもないのに。
使用人部屋を見つけて、ノックを三回。
「今日から入るダンだ。誰かいないか?」
天河の話では先輩とやらがいるらしいが返事はない。ノブを回すと鍵は開いているようだ。中で待っていればそのうち来るだろう、と中に入る。
うかつだった。強力な結界で守られているという安心感から気が緩んでいた。そもそもここは安全ではなく、敵の本拠地の真っただ中だというのに。
空っぽの部屋が視界に入るのと同時に背中に鋭い殺気を見る。振り返りざまに見えた切っ先を間一髪でかわし、組みついてきた敵の腕を絡めとる。
魔法使いは魔法しか使えないなんて思ってもらっちゃ困る。なんでも屋として生き残っていくには、現代兵器である刃物や銃器と戦わなきゃならない。そのときに必要なのは、魔法を使って攻撃をしかけたりかわしたりするための体術なのだ。
不意打ちをしかけてきた相手を床に組み伏せ、奪ったごつい軍用ナイフを首筋に突きつけてやる。この家にいる賊は俺一人で十分だ。
「誰だ、てめえは?」
低い声で脅しをかけて聞く。そこまでやって、組み伏せている相手が金髪のメイドであることに気が付いた。瑠璃より少し小柄なくらいか。一四〇センチそこそこの体は俺の膝一本で完全に取り押さえられ、手足をばたつかせている。
「クソ、離せ!」
半分だけ振り返った顔は見慣れた日本人とはかけ離れている。高い鼻に大きく丸い水色の瞳。太陽なんて浴びたことがないと言わんばかりの白い肌。なんとなく気恥ずかしくなって、俺はナイフを奪ったまま、少女の自由を返してやった。
「それも返せ!」
少女は俺が奪った軍用ナイフを指差す。そんな簡単に返せるはずもない。
「まずお前は誰だ? ここでは新入りの背中を刺すのが通過儀礼なのか?」
いったいどんな職場環境だ。闇魔法使いの強盗団と何度か仕事をしたことがあるが、あいつらでもここまでひどい歓迎は受けなかったぞ。
「私は瑠璃様の護衛役だ。どうやって天河様を騙したのか知らないが、私の目はごまかせないぞ、リヴァース!」
騙されたのはこっちなんだが、そんなことを説明したところで収まりそうもない。とにかくこれが天河の言っていた先輩らしい。ずいぶんと物騒な奴を護衛として置いているもんだ。
「ここで私が取り押さえて、宇宙の彼方に幽閉してやる!」
話を聞かない幼女先輩は腕を振って俺に魔法を飛ばす。面倒だが障壁を張って無効化する。そのはずが、ただの基礎魔法レベルの光球に障壁があっけなく破壊された。
小さな光球だったのでかわすのはたやすいが、こいつは面倒だ。
「お前、聖魔法使いか」
「そうだ、貴様ら闇魔法使いの天敵。どんなに強大な闇魔法でも一方的に消滅させることができる。貴様は私に抵抗することなど不可能なのだ!」
ついさっき床に組み伏せられてじたばたしていたことは忘れてしまったらしい。確かに聖魔法は闇魔法と衝突すると一方的に打ち勝つが、それはぶつかったときの話だ。魔法警察にも聖魔法使いはいた。広範囲を薙ぎ払う俺の魔法はそういった奴らに対抗するために考え出した魔法だ。
「——疾れ、鮮血の咆哮」
まだここで問題を起こすつもりはないが、少し脅かしておいてやろう。聖魔法使いにうろちょろされては演出家の仕事の邪魔になる。俺が詠唱をすると、幼女先輩は対抗するために詠唱を始める。
「―—
そして盛大に噛んだ。
「ぎにゅあぁ」
舌を噛んだらしく、叫び声をあげてふらふらと部屋の中をぐるぐる回りだす。あまりの滑稽さに我慢しきれず笑いが漏れた。
「今笑ったな! 見ておけ、いつか貴様に私の最強の聖魔法を喰らわせてやるからな!」
涙目でそんなことを言われてもまったく怖くもない。とにかくろくに詠唱もできないのなら脅威になることもないな。
「貴様の仕事は護衛だが、瑠璃様には身の回りの世話も担当してもらうからな。それから部屋は突き当たりの階段を上った目の前の部屋だから明日から働けるように準備しておけ! じゃあおやすみ!」
それだけなんとか言い切ると、幼女先輩は出ていけ、というように手を払う。その状況で偉そうに指示ができる精神力は認めてやってもいいかもしれない。
言われた通り部屋を見に行こうと部屋のドアに手をかけようとしたところで、大きな音とともにドアが勢いよく開かれた。
「イヴ! おやつがないです! 今日は父様に秘密でスナック菓子を食べていいはずなのではないのですか!?」
その勢いのまま部屋になだれ込んできた瑠璃が叫ぶ。そういえば名前を聞いていなかったな、イヴというらしい。
「私はいつもの場所に隠しておいたのだが、ついに天河様に見つかってしまったか。また取引場所を変えなければならないな」
「しかたないですね。ボクやイヴの部屋に隠しては言い逃れができませんし」
使用人が娘に悪影響を与えているんだが、それはいいのか?
俺が口出すことじゃない、と聞かなかった振りをして自分の部屋に向かっていった。
突き当りのドアの向こうにあった階段を登る。確かに言われた通り目の前に部屋がある。中に入ると、山のように積まれた段ボール箱が視界に飛び込んできた。それを見てすぐにイヴの部屋へと駆け戻った。
「おい、あの部屋はなんだ!」
「なんだ、とはなんだ。ちゃんと布団は用意してあっただろう?」
そんなものがあったかなんて覚えていない。あったところであの部屋の用途はどう考えたって寝る場所じゃないだろう。
「物置じゃねえか」
「半分くらいはスペースを空けておいた。犯罪者として逃亡しているんだから床と屋根があるだけ上等だ」
そういうところで寝たことは少なくないが、こんな屋敷にいるならまともな寝床でいいだろ。だが、こいつとケンカしたところで何にもならない。面倒なことになる前に俺は溜息をつきながら、あの物置部屋に戻ることにした。
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