第39話 妖狐の力
「ちょっとちょっと。私のこと忘れてない? ここに案内させるために利用するだけ利用して終わったらポイはないんじゃなーい」
シックスが割り込んでくる。緊張感のなさはいつもの通りだった。こっちの戦力は天河とシックス。向こうは涼春と珠緒。ほぼ互角と言えそうだ。なら俺がやるべきはなんでも屋らしく争いを避けて自分の仕事、瑠璃を安全なところへ逃がすことだ。
「ひゃっひゃっひゃ、愉快愉悦。高額賞金首を殺して火狐家は名をあげ、水原と風祭は失脚する。こんなに喜ばしい日はないぞ」
小さくて視界に入っていなかった珠緒が、存在を主張するように笑い声をあげる。
「汚れすぎた
「やだ。私は小さい女の子には手を上げない主義なの」
「わらわを子ども扱いするな! そちの倍は生きておるわ!」
「えー、よけいに気持ち悪いじゃない。だから、ダン。そのババアの相手よろしく!」
「はぁ!?」
そんなちょっと近所のコンビニに買い物行ってきて、みたいなノリで言うことじゃない。相手は日本でも指折りの魔法使いだ。こいつをやろうと思ったら、涼春に使おうとして止められたあの魔法以外に手はない。
しかし、あんなものを室内で使ったら大変なことになる。バケモノが四人もいる空間を完全に防御するのは、イヴのエイジスシルトでも耐えられない。
「というわけで、私と戦いたかったらまず私の弟子を倒してからにしてもらおうかしら。その間、私はこっちのイケメンと遊んでおくから」
「ふん。まぁよい。そこのザコには一度暴言を吐かれたからな」
「ずいぶん根に持つババアだな。あんまりイライラしてると詰まった血管が切れるぞ」
「なんだとー! 小童がー!」
ハッタリをかますと、珠緒は目に見えるくらいに顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。本当に血管が切れていそうだ。こんな簡単に熱くなる奴が日本の政治や警察権力を握っていると思うと、俺たちのような闇魔法使いがのさばっているのにも納得だ。
珠緒が手を薙ぐ。炎の奔流が俺に向かって襲いかかる。まただ。こいつは詠唱していない。
「——喰らえ、
深紅の炎と闇の炎が交差して打ち消される。詠唱なしの相手にほぼ互角。これじゃ裏で魔法を練るのも一苦労だ。
「どうした? 威勢がなくなったな。不思議か? わらわは妖狐。
「その耳と尻尾は飾りじゃねえってわけだ」
「はっはっはー! いまさら褒めてもなんにもならぬぞ」
高笑いをあげて、珠緒は鼻を指でこする。別に褒めたつもりじゃないんだが、調子に乗った珠緒は手から口から尻尾から、様々な火炎を俺に浴びせかけてくる。
どれも威力は高くないが、それは俺をいたぶっているに過ぎない。完全に精神的にも完全に叩きのめさなきゃ気が済まないらしい。だが、獲物を前にしてトドメを刺さないのは獣にあるまじき油断だ。付け入る隙はある。
「さすが四秀家一の名家の当主だ」
「そうであろう、そうであろう」
「魔法の切れ味が違う。匠の技だな」
「なかなかうまいことを言うではないか」
「——貫け、冥府の剛槍。
「ほうほう。って何をする!」
闇の槍が珠緒の尻尾をわずかに
「戦いの最中に詠唱して何が悪い」
「確かにそうだな。わらわには不要なことであるから忘れていたわ。人間は耳も遠いし目も悪い。面倒な生き物よのう」
くくっ、と珠緒は笑いをこぼす。こいつ、完全に遊んでやがる。
天河や涼春、シックスの魔法が飛び交うこの戦場で、流れ弾の魔法をすいすいとかわし、俺の口八丁の意識逸らしにも楽々答えている。
俺の無駄な褒め言葉じゃ足りない。もっと奴の意識を大きく逸らせるものを。そしてその間に詠唱を終わらせ一撃に賭けるしかない。
「おい、イヴ、透輝。手を貸せ」
「なんだなんだ。せっかく一対一で戦っているというのに。無粋な小童が」
珠緒がぎゃあぎゃあと騒ぐのを無視して、俺は話を続ける。
「透輝はこないだのデカい魔法な。イヴはその魔法で周囲が壊れないように一時的に守ってくれればいい。あと噛むなよ」
「わかっている。任せろ!」
俺の話を聞いて、イヴと透輝は詠唱に入る。珠緒は少しいら立ちを覚えながらもイヴと透輝に視線を向ける。
「俺は闇魔法使いだぜ? 使えるものは何でも使って生き延びるのが俺のやり方だ」
その一瞬をついて、俺は大きく飛び上がる。少しずつ練っていた魔力を一気に詠唱とともに流し込む。
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