波乱の京都旅行
第31話 初めての修学旅行
「
はしゃぐイヴを横目にリクライニングを倒して目を閉じる。すると右の頬をつねられた。
「貴様ももう少し楽しそうな顔をしたらどうだ。京都に着くまでは安心なんだろう? ここから見ると、ただのビル群も味のある風景に見えてくるぞ」
「俺はそういうのはいい。放っておいてくれ」
「貴様も旅行というのは初めてなんだろう? 私と貴様は似た者同士だ。瑠璃様の護衛は必要だが、観光もついでにやろう。今日は私と二人で修学旅行だ」
イヴは答えも聞かずに、窓から見える景色をスマホで撮り始める。確かに俺にとって京都の思い出と言えば、強盗の見張り役を引き受けたら、首謀者として尻尾切りされて一晩中魔法警察に追い回されたとかばかりだ。
休暇というわけにはいかないが、少しくらいはいい思い出を作ってもいいかもしれない。
「あーっ、動いているからうまく撮れないじゃないか」
「お前、いい風に言ってごまかしてるが、本当は自分が楽しみたいだけじゃないだろうな」
「そんなことはないぞ! 京都は初めてだからいろいろと見て回りたいだけだ」
本音が漏れたことに気付かないイヴは、今度はバッグから取り出した京都のガイドブックを読み始めている。ダメだ。やっぱり俺がしっかりしないとこのままだと瑠璃だけじゃなくイヴが迷子になってそっちの世話も増える未来が見える。
「そういえば、瑠璃が中で闇魔法使っちまうんじゃ。天河もお前も大丈夫って言ってたが」
「あぁ。瑠璃様は毎朝徒歩で登校しているだろう。あれは理由があるんだ」
「そういう教育方針だからじゃないのか?」
「それもあるんだが、一応公然の秘密があるんだ。瑠璃様はな、あらゆる乗り物に弱い。すぐ酔うんだ。今頃は耳栓、アイマスク、マスク完備でリクライニング全開にして寝ているだろう」
なるほど。それなら騒いで闇の力を見せましょう、とか言い出さないな。周りも下手に刺激して瑠璃に絡まれると面倒なのがわかっているだろうからな。
「そういうわけだから、気にするな。それより着いたらまずは金閣寺だぞ。本当に金色らしいな」
「スマホのバッテリー切れないようにしろよ」
これからのことが不安になった俺は、せめて体力を温存するために背もたれに体を預けて目を閉じた。
瑠璃たちの旅行日程はしおりをコピーしておいたので完全に把握している。今日は京都巡りで、最初はイヴの言っていたように金閣寺、続いて清水寺、二条城、嵐山の渡月橋と続いていく。
京都駅に降りてバスに乗り込む瑠璃たちを先回りするように、一足先に目的地へと向かって周囲を警戒する。土御門の人間がいたとして簡単に見つけられるものでもないが、何かをしかけていれば魔力の残り香くらいは確認できるはずだ。
だから目立たない場所にそういった仕込みがないかを確認するはずなんだが。
「ダン、見ろ! 本当に金色だぞ! 今日は銀閣寺には行かないらしいが、銀閣寺は銀色に輝いているのか?」
「そんなもん見てないで仕事しろ」
「そんなもんとはなんだ。貴重な文化財だぞ。そういう風流を理解しないのはよくないぞ」
そんなことを言いながら、イヴは連射機能を使ってまで写真を撮りまくっている。本当にこいつ仕事する気があるんだろうか。
以前、金閣寺に来たのは五年くらい前だっただろうか。深夜にひったくりの手伝いをした後、分け前をもらおうとしたところで依頼人が裏切って報酬を払わずに逃げようとしたことがあった。京都中を追いかけて、最後は右足を血の牙で喰らってやった。
今頃は魔法警察に捕まっていて、牢屋に入れていたら幸せな方だろう。
「そんな思い出ばかりだな」
今は東京を拠点にしているが、以前はいろいろなところを拠点にして日本全国を回っていた。同じ場所に留まると魔法警察にバレやすくなる。京都は魔法警察の動きが活発であまり長くはいなかった。土御門の本家があると聞けばその理由も納得だ。
「ここには何もなさそうだな」
「うむ。それらしいものは見えないぞ」
イヴはまだスマホを構えたままそう言った。
「お前は何もしてないだろ」
「何を言う。探知魔法でこの敷地一帯を調べていたぞ。私はな、詠唱しない魔法ならだいたいなんでもできるぞ」
「何の自慢にもなってないぞ。っていうかそれなら早く言えよ」
俺は視界の範囲程度しか探知できないからこうして陰になるところまで丹念に探してたっていうのに。だてに魔法警察のエリートとして育成されてないってことか。強力な魔法は詠唱が必須になるから、基礎魔法が強力なだけじゃ何にもならないことに違いはないが。
瑠璃たちが入ってくると同時に身を隠す。ここで土御門が直接動いてくるなら、迎え撃つ。やっていることはいつもの護衛と変わらない。少し警戒度が上がっただけだ。瑠璃たちが次に向かうとまた行き先に先回りする。これの繰り返しだった。
イヴの探知魔法が優秀だとわかってからは、俺も少し観光気分を味わうことができた。
「決死の覚悟で何かをすることを清水の舞台から飛び降りるというらしいぞ」
「あぁ、俺も一回飛び降りたことがある」
「本当か!?」
魔法警察から逃げているときの話だ、という昔話をしながら本当に二人で旅行でもしているかのような錯覚に襲われる。
ただそれも結局、錯覚でしかなかったのだ。
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