第32話 土御門の長
瑠璃たち修学旅行生が嵐山の渡月橋を渡っていく。俺とイヴは観光客に紛れて瑠璃のすぐ側まで接近していた。理由は当然、この渡月橋に来て、魔法警察らしい姿を見かけたからだ。
スパイの依頼もこなしてきた俺や魔法警察のエリートとして育てられたイヴにとって、ヒラの魔法警察の認識阻害魔法はそれほど強力じゃない。きちんと探知を行えばそれほど苦も無く探し出すことができる。
「どうだ? 何か見つかったか?」
「いや、今のところは。もう少し動きがあればわかるかもしれないが」
ならばどうしてこんなに警戒しているのか。それは俺たち以上、たとえば四秀家の長クラスがここに来ている可能性を捨てきれないからだ。
天河やシックスレベルとなれば、俺たちの探知魔法で簡単に見つかるようなヘマはしない。それなのにこの周囲には明らかに強力な魔法の残り香がある。それはつまりブラフ、あるいは罠だ。
魔法使い同士での戦いでは、相手の意識を逸らせて大きな魔法を準備するもの。それが俺たちの戦いの基本。だからこそこの残り香には裏がある。それを探っているが一向に見つかる気配はなかった。
「巨大すぎて他の残り香がぼやけるな。土魔法には間違いないが」
「土御門家は瑠璃様を捕らえて処罰する気なのか?」
「あるいは、瑠璃が闇魔法に覚醒していることを公にしたいのか」
土御門家が水原家の失脚を狙って瑠璃を闇魔法に覚醒させたのなら、次は瑠璃を闇魔法使いとして糾弾する段階。それなら目撃者は多いほどいい。ついでに騒ぎを起こさせて一般人を巻き込めれば罪状もつけられる。
静かなことがかえって不気味なほどだった。そんなことが裏で起きているとも知らない瑠璃は友人の夢野を連れて、橋の手すりから乗り出すようにして水面を眺める。
瑠璃の顔が映る水面が湧き立つように揺れる。
「地震ですか?」
すばやく体を引いて瑠璃は尻もちをついた。安全を確認して、俺は周囲に目を凝らす。
「こんなデカい魔法をしかけてきやがって。ケガ人が出たらどうするつもりだ」
不安定な橋の上には数十人の生徒や旅行客がいる。手すりに捕まって必死に耐えていた子どもが一人、耐え切れなくなって放り出される。
「危ない!」
俺よりもイヴよりも先に動いたのは瑠璃だった。伸ばした手から広がるように尖った爪を持つ大きな手が、落ちていく子どもを掬いあげるように包み込んだ。
地震が止まる。瑠璃がそっと子どもを橋の上に下ろす。同時に空を飛んでいたハトが一斉に瑠璃めがけて嘴を突き刺すように飛びこんでくる。
「あれがすべて式神だったのか⁉︎」
「あの数を俺たちに気付かせねえとはな。だが、遅い」
大量に飛んでくる魔法は俺の仮想敵、シックスの『墓守の名は
「
自在に動く闇の炎が飛びかかるハトたちを焼いていく。魔力で強化されていても紙は紙。灰が花びらのように舞い散りながらハトたちは消えていく。
「やはり水原のお嬢様は闇魔法に覚醒していたようですね。まさか闇魔法使いが裏にいたとは思いませんでしたが」
灰が舞い飛んだ後、どこから出てきたのか和服の男が柔らかな微笑みを浮かべて立っていた。扇子を扇ぎながらまだ大きな闇の手を纏ったままの瑠璃を見つめている。
「
イヴが震える声でそれだけ言う。
さっきの大地震、大量の式神のハト、転移魔法。そしてイヴが敬語を使わなければならない相手。
全身の皮膚が痺れるように逆立つ。シックスや天河と相対したときと似た感覚。
「お前が土御門家の当主か」
「土御門涼春。名前は覚えなくてよいですよ。あなたにはもう不要でしょうからね。
口元を扇子で隠しながらいう声には
「闇魔法使いが二人。こんなところに野放しにしていては周囲に被害が出てしまいますね」
さっき一般人を巻き込む大地震を起こしておいてよくそんなことが言える。そんなことを気にした様子もなく、涼春は瑠璃に向かって一歩足を進めた。
「目が見えないのか? 瑠璃の闇の手は俺の魔法だ。闇魔法使いは俺だけだ」
嘘が見抜かれるのはわかっていても言わないわけにはいかない。瑠璃が自分の覚醒を信じないなら俺もそう言い続けてやる。
「この状況で
「過去の罪なんて多すぎてこんなもんじゃ払い切れねえだろうよ」
俺の嫌味に、涼春は厳しく見据えた目を少し広げて、驚く。
「本当に何も知らずにこんなことをしていたのですか?」
「どういうことだ?」
「水原瑠璃はあなたが《殺した》のでしょう」
涼春の言葉は冗談には聞こえなかった。
俺が闇魔法使いとなっても、必ず破らないと決めたことがある。
人間の命は奪わないことだ。
金も地位も名誉も家族さえ失くした俺だってなんとかこうして生きられている。だから他のものは奪ってもいい。だが、命だけは失くしたらもうどうにもならない。
だからそれだけは俺が生きるためであっても奪わないと誓った。それを破ったことは一度もない。
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