闇魔法使いのための牢獄
第34話 最後の四秀家
全身の痛みで目が覚めた。すっからかんになるまで放出した魔力が回復している。数日は眠っていたらしい。
背中に当たるコンクリートのような硬い感触。最近はベッドや布団で寝ていたから忘れかけていた。
「こんなところでもぐっすりと眠れるのは一種の才能だな」
起き抜けの目を擦り、周囲を見渡す。四方を囲まれて廊下に対する一面だけが格子になっている。そして壁はやや光を帯びている。
「これが噂に聞く次元牢か」
試しに俺の魔法を格子にぶつけてみる。ただの鉄ならあっさりと切れるはずが、魔法が打ち消されて傷一つついていない。
闇魔法使い専用の牢獄、次元牢。ここにあるすべてのものは聖魔法で保護されている。もちろん警備にあたるのも聖魔法使いであるエリートたち。闇魔法使いを絶対に逃さず、刑罰を与えるまで閉じ込めておくために用意されたもの。
「聞いたことはあったが、見るのは初めてだな」
牢の中は、窓どころか家具すら一つもない。大量に廃棄されるゴミと同じ。闇魔法使いに生きる権利などない、とでも言いたげなほどだ。
「さて、どうやってここを抜け出すか」
まずは瑠璃がどうなったか。イヴがなんとかして守ってくれていればいいんだが、四秀家の当主とそれを上回るほどの実力者。二人を相手にしては、本人が逃げ出すので精一杯だろう。天河に連絡が入っていればラッキーなくらいだ。
俺からコンタクトをとろうにもここから逃げ出すのは簡単じゃない。俺よりも凶悪で高額な賞金首、それこそシックスなんかまで想定して造られているはずだ。
「ダン、そこにいるんですか?」
「瑠璃か⁉︎」
か細い声が壁の向こう側から聞こえてくる。やはり逃げきれなかったか。守ってやると誓っておきながら、こんなところにまで瑠璃を連れてきてしまった。
「ここに連れてこられたということは、ボクは闇魔法使いなんですか?」
瑠璃の弱々しい問いかけに心臓が跳ねる。もうごまかしてやることもできない。
「あぁ。その闇の力は闇魔法だ」
「ボク、ちょっぴりわかっていたんです。これは魔法なんだって。でもボクは水原家の娘ですから。きっと気のせいだって逃げていたんです。闇魔法は悪。ボクの使う力は正義のためにあるから違うんだって」
憧れのダークヒーロー。俺が瑠璃に手を出そうとした依頼人を蹴散らしたことも少なからず瑠璃に影響を与えている。瑠璃の覚醒の原因は最初から最後まで俺だということを改めて突きつけられている気分だ。
「ボクが正義だと思っていたことは間違っていたんでしょうか?」
「間違ってない!」
瑠璃が言い切る前に、俺は叫んだ。瑠璃の言葉も俺が今までやってきたことが無駄だったことも否定したかった。
「お前は何も間違ってない。闇魔法が、勝手に俺たちの生き方を変えてしまう決まりごとが悪いんだ」
瑠璃は何も言わなかった。わがままを言う子どものように叫んだのはいつ以来だったろうか。今目の前にある現実を受け入れたくなくて、俺は何度もお前は悪くないと言い続けた。
「青いのぅ。こっちまで痒くなる」
聞き覚えのある声。忘れもしない。渡月橋で俺の背後にいきなり現れた影。その声だ。
牢屋の格子の向こう側。決して越えられない数センチ先の世界で、そいつは俺を小馬鹿にするように笑っていた。
「半獣か」
釣り上がって細長い瞳孔の目。小さいが髪色と同じ真っ白な耳が頭の上、獣と同じ位置についている。派手な柄の和服をまとっているが、その顔には幼さすら見える。中学生女子の中でもやや小さい瑠璃より小柄で、ぱっと見た姿は小学生に見えた。
だが、まとっている威圧感が違う。並みの魔法じゃ何もできないと思っていたイヴの障壁魔法があんなに簡単に破られたのだ。しかも壊すことも俺たちに悟られることもなくすり抜けるように。
「半獣? そんな
「妖狐? そんなもん純血は千年前に途絶えた。今残ってるのはせいぜいその耳と尻尾だけだろ。なぁ、
「うるさいうるさい! わらわは妖狐なの! 誇り高き妖狐なの!」
地団駄を踏んで
「いい歳したババアがみっともねえぞ」
「よくそんなことが言えたな。自分の立場をもう少し考えた方がいいのではないか。そちの首を落とす権利はわらわにあるのだぞ」
「そんなに切り落としたきゃ俺が寝てる間にしておけばよかったな」
「ふん。そちなど賞金首の中では下も下じゃ。しかし、そちはあの汚れすぎた
勝ち誇った顔で女狐は俺を見上げる。それが負けだと思ったのか、すぐに首を下げて視線だけで俺を睨む。
「
「ふむ。水原の娘が闇魔法使いとなれば水原家の威信も地に落ちるじゃろうなぁ。せいぜい利用できるだけ利用してやるからもう少しここにいるがいいわ」
「四秀家の当主はどいつも性根が腐ってるが、お前が一番だな」
「黙れ、薄汚いネズミが!」
珠緒が小さく手を払う。それだけで津波のような炎が俺に襲いかかった。障壁魔法を貫通して、俺の肌を焼く。ただの基礎魔法がなんて威力だ。悲鳴を上げたい口を強く噛みしめる。情けない叫び声なんかあげれば奴を喜ばすだけだ。
「わらわは忙しいのだ。また来る。黒焦げになる前に吐いた方が身のためじゃぞ」
それだけ言うと、珠緒はコンコンと鼻を鳴らしながら去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます