覚醒へのカウントダウン
第9話 暴走、闇の子犬パラダイス
闇の力を演出する仕事も表現を抑えるのにそろそろ限界が近づいていた。
「いでよ、闇の眷属!」
瑠璃の夢野という少女へ闇の力を見せる日課は今日も続いている。俺とイヴは毎日、今日にも覚醒するのではないかと冷や冷やしながら見ているのだが、瑠璃本人はまったくそんなことを理解していない。日課をやめる気もさらさらないようだ。
今日は趣向を変えて影で子犬を作ってみたが、瑠璃は納得できないように首を傾げた。
最初に派手にやってしまったせいで、しょぼい炎じゃ満足できなくなってしまっている。
「あの時は、確か勝手に口から言葉が出たのですが」
そんなことを呟きながら腕を振ったり手を天に伸ばしてみたりと試行錯誤している。それがきっかけになって闇魔法に覚醒するかもしれない。とにかく今は厨二病を辞めさせたいのだが、あれは筋金入りだからな。
「それで、あの娘の身辺調査は?」
瑠璃の日課が終わると同時に、隣に隠れているイヴが小声で問いかけた。
「見事な非魔法使い。少なくとも親類五親等まで魔法使いすらいない。そもそもこんなことを調査する必要があるか?」
「瑠璃様が闇魔法に覚醒する原因を探ると言ったときに乗ったのは貴様だろ」
「確かにこの学校で瑠璃の闇の力とやらを信じているのは彼女だけだが、だからといって闇魔法使いがこんな回りくどいことをするか?」
「相手が瑠璃様ならなくもない。闇魔法使いの地位の向上を掲げて活動してるやつらに会ったこともある」
なるほど。影響力の高い水原家から闇魔法使いが出たとなれば、瑠璃を魔法使いとして認めるか、他と同じく闇魔法を使う犯罪者として扱うかで魔法界は揺れるだろう。
そんなことを狙う奴らは犯罪行為を避ける傾向にあるから目立ちにくい。同じ闇魔法使いでも俺とは住む世界が違う奴らだ。
「しかし、いったいなぜ瑠璃様が闇魔法使いなんかに。貴様さえいなければ」
「だったらなんで天河は俺を呼んだ?」
「わからない。ただ天河様なら何か考えがあってのことだと思うが」
未だにそんなことを言っている。そんなに気になるなら直接本人にでも聞いてみればいいだろうに。
とにかく、どこかに瑠璃を闇魔法使いにしようとした奴がいることは間違いない。そいつを見つけ出して、真相を聞くとともに、こんなことをした代償はしっかりと払ってもらうつもりだ。
風紀委員として活動している瑠璃は、自称闇の力を持つヒーローで不良やら暴力教師にも気後れすることはない。というよりほとんどの人間は、闇の力を使えると豪語する瑠璃の勢いに呆れて、ろくな反論もできないままコールドゲームでねじ伏せられる。
学校生活で瑠璃の演出をするのは、瑠璃に反論する徒労を恐れない勇気のある人間が現れた時と、日課のごとく朝に夢野に闇の力を披露するときだけだ。
真面目でルールを破ることもしない。友人を妬んだり恨んだりしている様子もない。闇魔法に覚醒する人間は内面に悪が存在すると都市伝説のように言われることはあるが、そういう物とは真逆に位置していると言ってもよかった。
放課後になって帰宅する瑠璃は友人と別れて一人になると、ノラ猫に声をかけたり落ちているゴミを拾ってゴミ箱に入れたりしている。散歩しているじいさんが笑顔で声をかけるには十分すぎるくらいの振る舞いだ。
「なんであんなに真面目を絵に描いたような奴が闇の力になんて憧れるんだ?」
「私も詳しくは知らない。ただ子どもの頃にダークヒーローに会ったことがあって、それが理想の正義だと聞いたことがある」
「マンガとか映画とかに影響されたってことか」
非魔法使いにとっては魔法なんて空想上の産物でしかない。闇魔法に対しても悪というぼんやりとした認識はあるが、時々それを逆手にとって、悪であるはずの闇が正義を行うという創作が人気になることがある。
「瑠璃お嬢様が持っているマンガはほとんど貸してもらって読んだが、そんなものはなかったがな」
「雇い主のマンガを読むなよ」
「ち、違う。お嬢様の教育に悪影響のあるものがないか確認していただけだ!」
イヴの言い訳を聞き流しつつ瑠璃の背中を見ていると、瑠璃が首を傾げながら手を振り上げたり、合わせてみたりと不思議な行動を続けている。
「この間は本当にすごかったんですよ。黒い炎がこうばーっと起こって、大火事みたいになって空に向かっていって」
瑠璃は大きな身振り手振りを交えながら、俺の詠唱に呼応した時のことを夢野に話している。
「くるみにも見せたかったです。こんな感じで」
そう言ってまた瑠璃が両手を天井に向かって伸ばした時だった。
「わんわんっ!」
周囲の空気が渦巻くように瑠璃に集まる。魔力の流れが見える。そして掲げた手から影でできた真っ黒な体に赤い瞳の子犬が次々に飛び出してきた。
「マズい。また暴走しやがった」
「かわいい。さすが瑠璃様。デザインのセンスがある」
「言ってる場合か!」
そんな漫才をしている間にも瑠璃の両手からは次々に子犬が生まれ、教室から走り去っていく。もちろん自分の闇の力に感動している瑠璃は止める様子もない。
「うまくいきました! 見てください、すごいでしょう!」
「わー、瑠璃ちゃんすごいねー」
夢野は手品のように瑠璃の手からぽこぽこ生まれてくる子犬を見ながら拍手している。まったく緊張感のない奴らだ。
「クソ。面倒ごとばかり増やしやがって」
俺は瑠璃の足元に魔法を撃つ。衝撃に驚いた瑠璃が飛びのいたおかげでようやく子犬の召喚は終わった。
「おい、さっさと正気に戻れ。あいつらを一匹残らず片付けるぞ」
「心配いらない。私の
「んなことしたら派手に目立つし、校舎ごとなくなるだろ! そもそもお前は詠唱できねえし。とにかく基礎魔法で一匹ずつ片付けろ。どうせ瑠璃の半端な魔法だ。攻撃能力はほとんどない」
言い切ると同時に俺は
多人数に襲われる経験は嫌になるほどしてきたが、逃げる子犬を追いかけたことはない。なんでも屋でペット探偵の仕事もやっておけばよかったか。
「なになに? 虫でも逃げ出したの?」
「未確認生命体だ。捕まえろ!」
「こんないたずらをしたやつは誰だー!」
教室、体育館、職員室。
ありとあらゆる場所をただ走り続ける闇の子犬たちはあまりにも目立ちすぎる。逃げ惑う生徒、かわいいと捕まえに行く生徒、誰のいたずらだと怒る教師。その合間を縫って、俺は犬駆除を確実に一匹ずつ遂行していった。
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