第6話 なんでも屋の看板は伊達じゃない
それから数日、演出のために隠れて様子を窺いながら瑠璃の生活を観察していた。闇魔法に覚醒する原因がわかるかと思ったが、そんな原因は見つけられない。
瑠璃本人はというと、自分の置かれている状況などまったく知りもしないで変わらない調子で生活を送っている。
今日も朝から一番の友人である夢野くるみに自称闇の力を披露し始めているところだ。
「ふふ、最近ボクの力が日に日に強まっているのを感じるんです」
「そっかー、瑠璃ちゃんはすごいねー」
「うむ、やはりくるみはよくわかっていますね。今日も一つ、ボクの力をお見せしましょう」
まただ。ここ数日の観察でわかったが、瑠璃の厨二病はクラスメイトどころかほとんど学校全体でないものとして扱われている。水原家は魔法界だけでなく一般社会でも指折りの名家だ。その娘に下手なことは言えない。
そんな中でこの夢野という少女だけは、瑠璃の話を聞き流しているのか理解していないのか、話を合わせて最後に瑠璃に力を使わせようとするのが日課になっている。
「それではいきますよ!」
瑠璃が手を大きく広げる。こうなると契約上俺は仕事をしなくちゃならない。
瑠璃が呼応するとわかってからは、黒い霧や煙を起こしたり小さな火でごまかしたりと詠唱のいらない簡易な魔法で済ませている。それでも瑠璃の近くで俺の魔法が発生することに違いはない。
「うーむ、ここ数日はあまりいい感じではないですね」
あれから詠唱の呼応は起こっていないが、自発的に詠唱したら、そのときはもうアウトだろう。瑠璃は納得していないようだが、我慢してもらうしかない。
「うー、うー」
俺の仕事が終わると、同じく護衛として隠れているイヴがこちらを睨みつけながら唸り声をあげた。まだ天河に追い出されるわけにはいかないのだが、今はこっちの方が厄介だった。
イヴは初日に俺に完全に取り押さえられたせいか、あれからは直接攻撃してくることはなかった。その代わり、何かと仕事を観察しては
護衛がメインとはいえ、あまり人を入れたくないのか使用人として家事の一切を俺とイヴの二人でこなすことになっている。
今朝も朝食の準備を押しつけられたのだが、名家といっても機能性を重視している水原家らしく、トーストにサラダをつけるだけの簡単な仕事で一人でも楽に済ませることができた。
掃除も無駄なものがなくて片付けやすくて助かる。半分物置になっている俺の部屋が一番大変なくらいだった。それがイヴにはおもしろくないことくらい表情を見ればすぐにわかる。
「なんでそんなことができるんだ。闇魔法使いなんてネズミやヘビを食べてるんじゃないのか?」
「仕事がない奴はそうやって食いつないでるかもな。俺は、昔こういうことをやらされていたんでな」
それ以上は何も答える気にはなれなかった。あの頃のことはあんまり思い出したくないからな。
粗探しもできないと悟ったのか、数日するとイヴは完全に家事担当を分けると言い出した。同じ仕事を交互にやっていれば、力量の差が比較されてしまう。護衛はともかく使用人としては俺の方が圧倒的に優秀なことは部屋のほこりや過去の献立を見れば
掃除を終えて、夕食の仕込みをするために厨房へ向かうと、ドアから顔だけを出したイヴが威嚇するように唸っていた。
「なんだ? 他の仕事は済ませてきたぞ」
「いいか、今日から食事は私が作る。貴様が厨房にいてはいつ毒を盛られるかもわからないからな! あと、この間私が手を滑らせた皿をキャッチしてくれてありがとう!」
怒っているのか感謝しているのかわからないが、俺の答えも聞かずにイヴはドアを閉めて鍵をかける。よくわからないまま厨房や食堂から追い出されてしまった。
「あの手際を見てると心配だが。今までも何とかやってきたんだろ」
そもそも俺の目的は天河の依頼をこなしつつ、瑠璃を覚醒させないことだ。別に使用人になりたくてここにいるわけじゃない。
「その能天気なお嬢様の様子でも見てくるか」
瑠璃の部屋の前でノックを二回。はーい、という気の抜けた返事を聞いて中に入る。瑠璃は学習机に向かって勉強、ではなく何かを食べているようだった。
「またスナック菓子か。見つかったら怒られるぞ」
「心配ないです。今日から当分の間おやつはリンゴになる予定なので」
「リンゴ? なんでまた急に」
俺の問いかけに、瑠璃はしまった、という顔をする。
「た、たまたまブームが来たのです」
ごまかし方が下手過ぎる。そんなに目が泳いでいたら嘘をついていると言っているようなものだ。
「イヴか?」
それを聞いた瑠璃の顔が青ざめる。口を押さえて首を振るのは肯定以外の意味はない。
「宿題はちゃんとやれよ」
それだけ言って、俺は通ってきた道を逆戻りして厨房へと向かった。
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