第18話 信じられるために必要なこと
「昨日何があったのかは教えてはくれないのか?」
朝の支度をしていると、イヴが独り言のようにこぼした。
「ちゃんと無事に帰ってきただろ」
イヴに本当のことを言うのはためらわれた。ただでさえ闇魔法使いと繋がっているだけでも魔法警察としての立場が危うくなるというのに、四秀家の娘と一戦交えたなんてことを知ったら上に報告しないわけにはいかない。
黙っていてもいずれバレる時が来る。その時は俺がすべての責任を被って消えられるようにしなきゃならないのだ。
「最近は貴様の考えもなんとなくわかるようになった。誰かに存在がバレたのだろう? 相手は、風祭の人間か?」
「ずいぶんと自信ありげに言うじゃねぇか。悪いものでも拾って食ったのか?」
「図星だな。
振り向いたイヴは悲しげに瞳を潤ませながら、俺を睨んでいた。
「瑠璃様を闇魔法使いにしないために協力すると貴様は言ったな。それは結局叶わなかったが、私は協力関係まで解消したつもりはない。もし瑠璃様が魔法を捨てないと決めたなら、ともに罪を被るつもりだ。だから、私を信じて隠し事はしないでくれ」
信じる、か。まっすぐな目で簡単に言ってくれる。いつ裏切られるともしれない中で生きてきた俺にとっては、約束も契約も信用に値しなかった。
力で服従させる以外に相手に言うことを聞かせる方法なんてないと思っているのに、金も脅しもなしにただ信じてほしいなんてよく言える、と笑いたくなる。
だが、今はイヴは俺の帰りを信じて待ってくれていた。それなら俺も一度くらいは信じてやれそうな気がした。
「透輝だ。風祭透輝が俺の残り香を知っていた」
「透輝様が⁉︎ それで無事だったのか?」
「ちゃんとケガもさせずに帰したよ」
「問題にならなくてよかった。風祭家と全面戦争なんてなったらごまかせないぞ」
ホッとしたようにイヴはため息をついた。
「それで、風祭家に探りを入れようと思ってるんだが」
「貴様! 私の話を聞いていたのか⁉︎ 四秀家とやり合うのはマズいと今言ったばかりだろうが!」
「さっきから泣いたり安心したり怒ったり忙しい奴だな」
「誰のせいだと思っているんだ!」
怒鳴り声が大きくなる。俺は痺れる耳をさすりながら冷静に状況を説明するところから始めることにした。
「いいか。透輝は六年前から俺を知っていると言っていた。心当たりを聞いてみたが答えなかった。風祭家の中に俺の残り香の情報が残っていたら危険だ」
「本音は?」
「昨日のこと思い出したらムカついてきたから、もう一回口止めに脅しをかけてやる」
昨日ゆっくり休んで思い返してみると、さすがに優しすぎた。昨日は言いたい放題言い合ったこともあって、あいつは漏らさないだろうと思っていたが、実際のところは保証も何もあったもんじゃない。イヴや瑠璃のように信用に値するとは思えない。
「でもどうやって潜入するつもりだ? 風祭家は水原家と同じで多重結界が張ってある。闇魔法使いが簡単に侵入できるものじゃないぞ」
「わかってる。作戦はあるさ」
侵入する作戦はこうだ。
まず、俺のことを知っている透輝を風祭家から離す。そして瑠璃に風祭家に透輝の忘れ物を届けに来たと訪ねさせ、俺は付き添いの使用人として中に入れてもらう。透輝がいないので幼馴染である瑠璃は部屋で待たせてもらうことにして、俺は付近で待機すると言って外に出る振りをして風祭家の中を探るというものだ。
「で、その忘れ物はどうするんだ? 透輝様を家から連れ出す方法は? 絵に描いた餅では何にもならないぞ」
「忘れ物なら昨日透輝の持ち物を奪っておいた。大切そうに持っていたんだが、髪留めらしい。あと今朝琥珀のスマホを壊しておいたから。後はお前がうまくいって琥珀と透輝を連れて新しいのを買ってくるようにすればいい」
俺はポケットから昨日盗んだ髪留めを取り出してイヴに見せる。隠れ家で透輝が襲いかかってきたときに後で使えるだろうと思って盗っていたのだが、返すのをすっかり忘れていた。
「貴様、主人のものを壊す奴があるか! というか本当に今日になってから思いついたのか? 用意周到すぎるだろう」
「闇魔法使いとして生きるってのはこういうことなんだよ」
俺の答えに反論をためらったイヴを押し切って、俺は作戦の決行を決めた。
それに琥珀と透輝にイヴをつけるのにも意味がある。親に言うだけならもっと早い段階でできただろう。それをしていないということは透輝は自分の手で俺を殺したいと思っているはずだ。そのとき最初に相談相手に選ぶとすれば、水原家にいる琥珀とイヴだろう。
イヴを二重スパイとして送り込んでおけば、今日俺の作戦が失敗したとしてもまだ打つ手は残っている。謀略とはこうやるんだってことを箱入りのお嬢様に教えてやらねえとな。
「貴様、あくどいことを考えていると顔に書いてあるぞ」
「気のせいだ。理解したら早速頼むぞ」
話がまとまると同時に、まだ寝ぐせも治っていない琥珀が厨房に顔を出す。
「ダン、イヴ。朝からスマホが動かなくなったんだ。アラームが鳴らなくて危うく寝坊するところだったよ」
俺は、少し不機嫌そうな琥珀からスマホを受け取る。
「これは故障かもしれないなぁ」
「大変だな。ないと困るだろうし早速今日の放課後にでも買いに行ってくるか? 俺は流行に疎いから、透輝を連れて少し羽を伸ばしてくるといい。うるさい親父は俺がうまくごまかしておく」
「そうだね。助かるよ。透輝にも学校で声をかけておこう」
作戦は順調に進みそうだった。
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