闇魔法使いの俺がお嬢様の厨二病コーディネーターとして逮捕された

神坂 理樹人

厨二病少女と闇の力

招かれざる依頼人

第1話 なんでも屋のお仕事

 平日の昼下がり。まだ夏には遠い柔らかな日差しの池袋は、いつもと変わらず老若男女ろうにゃくなんにょが他人の存在になど気付かないかのように自分の行く先だけを見て歩いていた。

 目指しているのは東口から出て、交差点の角にある大銀行。あくびをためらうことなく大きく口を開けると、隣を歩く大男が怪訝な顔で俺を睨んだ。


「おい、お前は俺の護衛だぞ。わかってるのか?」

「ずいぶん気が小さいな。契約は守る。好きにすればいい」


 俺の答えを聞いても少しも安心できないらしく、今日の依頼人はしきりに周囲の様子をうかがっては自分の懐に手を入れている。その動きは不審者にしか見えない。もっと堂々としていれば悪目立ちもしないだろうに。


 とはいえ、この池袋でそんなことを気にするような人間は多くない。むしろ関わり合いになりたくない、と距離をとっていくだろう。ここはそういう俺たちにとって暮らしやすい街だった。


「いいか、お前が先に入って周囲を警戒するんだ。その後で俺が入る」

「わかったよ。三分後に入ってきてくれ」


 男に肩を押されながら、俺は渋々と銀行の自動ドアをくぐって中に入った。

 すでに昼休みの時間は終わって、中には主婦と老人が数人いるだけで混雑もしていなかった。俺はゆっくりと待合スペースの一席に座って、中をゆっくりと見まわしてみる。


 怪しい人影はない。窓口の向こう側の職員たちにもおかしな動きをしているやつはいなかった。

 俺はスマートフォンを取り出して暇を潰している振りをしながら、依頼人が入ってくるのを待った。


 三分経つ。自動ドアが開く。


 緊張で血走った目をした依頼人が大きな体でずかずかと入ってくると、まっすぐに窓口に向かっていき、行員の前に立ちはだかった。


「お客様、まずは整理券をお取りになって番号が呼ばれましたらこちらにお越しください」


 愛想笑いを浮かべながら、行員が説明する。それにまったく聞く耳を持たず、依頼人は持っていたボストンバックを机に投げて、大切そうに懐に入れていた鈍色に光る拳銃を取り出した。


「か、金を出せ! これに入るだけ、ありったけだ!」


 きゃー、と店内のあちこちで悲鳴が上がる。銃口を突きつけられた行員はパニックになって固まってしまっている。


「おい、早くしろ! 俺は本気だぞ!」


 依頼人の方も同じくらいパニックになっていて、声が震えている。俺は笑いをこらえるのに必死でうつむいてしまった。はじめての強盗は誰でもビビってしまうらしい。なかなか見られないおもしろいエンターテイメントだった。


「くそ、くそ! どいつもこいつも俺をバカにしやがって!」


 依頼人は拳銃を投げ捨て、両手を大きく上に掲げる。急に降伏したのかと店内に安堵の声が漏れた。


「やってやる、やってやるぞ。みんな死んじまえ!」


 両手から大きな闇の玉が生まれ、それが槍の形に変わっていく。その槍が受付の行員を貫く前に、俺の体は飛ぶように依頼人の隣まで動いていた。


「——はしれ、鮮血の咆哮」


 力を放つために言葉を紡ぐ。同時に右腕を薙ぎ払うと、赤黒い血で作られた牙が依頼人の両腕に噛みついた。


邪血吼穿刃ブラッディ・ファング!」


 血の牙に噛みつかれた依頼人の両腕が食いちぎられる。本物の鮮血が噴き出す。今日二度目の悲鳴が店内を埋め尽くした。


「な、なんで?」


 今にも泣き崩れそうな顔で依頼人が俺を見る。当然のように俺は契約書を突きつけて、つとめて冷淡に答えてやった。


「契約書の注意書きは読んだか? 依頼中に他人の身体および生命に危害を加えようとした場合、契約を即時解消する。その際、前金の返還は行わない」

「そんな、小さな字で、下の方に……」


 そこまで言って、依頼人は気を失った。急激に血を失ったせいだろう。この程度なら死にはしない。放っておけば警察がやってきてしかるべき治療をした後に牢屋の中にぶち込まれるだけだ。


「お騒がせした。良い一日を」


 片手を振って、驚いたまま固まって動かない行員に背を向ける。


「―—胎児よ、なぜおどる。母親の心がわかっておそろしいのか?」


 俺の詠唱とともに店内が黒い霧に満たされる。目の前で起こっていることについていけない客と行員に向かって、指をパチリと鳴らした。


再誕リヴァース


 黒い霧が店内のすべての人間の中に吸い込まれていく。

 まだ混乱の収まらない店内を悠々と歩いて、俺は外へと出る。よく働いた俺を和ませるように春の日差しが降り注いでいた。


 もうあの中には俺のことを覚えている人間は一人もいない。

 あの臆病で契約書を読まない依頼人も。


 池袋から歩いて隣の要町にあるアパートに向かいながら、俺はさっきの依頼人から受け取った前金を数えた。


「ちょうど二十万。これで今月の家賃は滞納しなくて済みそうだ」


 アパートの鍵を開け、ドアを開ける前に、ノブにひっかけてあった看板をひっくり返す。


『なんでも屋。仕事受付中。どんな仕事でも承ります。お気軽にご相談ください』


 これが俺の仕事だ。なんでも屋、と名乗ってはいるが、実際に入ってくる仕事は強盗、誘拐、スパイ。そんな犯罪の依頼や手伝いばかりだった。殺し以外はなんでもする。それがうちのモットーだ。


 当然と言えば当然。俺は闇の魔法使い。それも俺の首には百万円の価値がかかった立派な賞金首の犯罪魔法使いなのだから。

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