第8話 死神と魔女はリンゴジャムがお好き
「それにしてもリンゴジャムの作り方なんてよく知っていたな」
「……死神と魔女はリンゴが好きだからな」
「どういうことだ?」
イヴはまだ聞きたがったが、俺はそれ以上の答えは出さなかった。俺が口を開かないことで負けず嫌いが発動したのか、イヴは何とか俺に喋らせようと質問を変える。
「貴様はどうして闇魔法使いになった? 正直に言おう。今はそれほど貴様を嫌ってはいない。だからなおさら、犯罪者の汚名を着てまで闇魔法使いになる理由が」
「じゃあお前は魔法が捨てられるか?」
想像より低く冷たくなった声に自分でも驚いた。顔を上げるとイヴが青い瞳を丸くして俺を見つめている。俺は小さく息を吐く。あくまで作業を続けて冷静を装いながらできるだけ手短に答える。
「俺の両親は炎魔法使いだった。俺も将来そうなるんだろう、と勝手に思っていた。それが当然だと。世界のために役立つ人間になる、と。それは魔法使いの子どもなら誰だって同じことだ。
俺の家の裏手に闇魔法使いが潜伏していた。そいつの魔力や詠唱がまだ覚醒前だった俺に少しずつ影響を与えて、俺は闇魔法に覚醒した。両親は当然言ったさ、魔法を捨てろ、と。
だが、それができるか? 魔法使いはどいつもこいつも心の底で非魔法使いをバカにしている。力に目覚めない奴は無能だと。そんなものに後から成り下がれるか。
少なくともガキだった俺にはあり得ない選択だった」
無能よりも犯罪者を選んだ。その選択に後悔はない。
それでもこうやって水原家にいると、真っ当な道で生きている魔法使いを羨ましくも思う。闇魔法を使っているというただそれだけで、存在そのものを否定される。日の当たる世界では二度と活躍できないから、俺は闇の中で役に立てるなんでも屋を始めたのだ。
「結局魔法使いは魔法に振り回されているだけか。私だって、いっそ聖魔法なんて使えなければ期待などされなかったのに」
「いや、噛み癖は治せよ。普段は普通に話せてるだろ」
「うるさい! 詠唱となると緊張するのだ。もっと穏やかな状況で落ち着いて詠唱できれば」
そんな場面で攻撃魔法を唱える状況は一生でもほとんどないだろうな。平和な日常の中で突然聖魔法が降り注ぐ姿を想像して思わず笑いが漏れた。
「貴様笑ったな!」
「今のはナイフに笑ったわけじゃない!」
その後も時々なんでもない水原家の事件を聞きながらリンゴを剥き、大鍋で砂糖と煮詰めてビンに詰める。袋をかけてリボンを結び終わる頃にはすっかり夜は明けていた。
「これで小出しにしながらいろんなところに配っていけば目立たないだろ」
「あぁ、助かった」
俺は一瓶を手に取り、薄黄色に輝くそれを見つめると少し懐かしい気持ちになる。もう二度とあそこに戻る気はないが、一つ持っていたらまたあの魔女に会えそうな気がした。
「朝食の準備は俺がやってやるからお前はもう寝てろ」
「バカにするな、不眠で行動力が落ちるような、ヤワな体はしていない」
「通常時でもやらかして手間が増えるんだよ。俺の仕事が増えるからさっさと出ていけ」
まだ文句を言うイヴを厨房から追い出す。ちょうどいいから今日はリンゴジャムをたっぷり塗ったトーストにしよう。
朝食の片付けを終えて、時計を見ると、瑠璃の通学時間まではまだ二十分ほどあった。普段なら掃除が終わる頃で、ここから急いで食事を済ませて護衛の仕事に戻るのだが、今日は食欲よりも睡眠欲が勝っていた。
十分、いや十五分なら眠れる。そうして頭を少しでも休ませれば今日は何とか乗り切れる。そんな考えだけが頭に浮かび、俺は階段を上がって、物置兼自室へと向かった。
ドアを開けると、俺の部屋の中にはいっぱいの段ボールが積まれ、人が何とか一人通れるほどの隙間しか残っていなかった。
「なんだ、こりゃ!?」
部屋を出て廊下を見る。似たような光景が続く廊下だが、さすがに慣れてきた自分の部屋の位置は間違えない。
もう一度部屋の中を覗く。やっぱり段ボールが積まれて物置兼寝室だったのに完全に物置になっている。こんなことをするとしたら、あいつしかいない。俺は眠気のふっとんだ頭を振り回しながらイヴの部屋に向かった。
「おい、あの部屋どうなってんだ! 俺は今日からどこで寝ればいいんだよ」
「あぁ、今日からあの部屋は物置にすることにした」
眠そうに目を擦りながらイヴがベッドから起き上がる。この顔を見てると眠気がまた戻ってくる気分だ。
「隣の部屋が空いている。もう一つの使用人部屋だ。私の物置にしていたのだが、護衛仲間を物置で寝かせて仕事に支障が出ても困るからな」
「お前なぁ。本来の俺の部屋を勝手に使ってたのかよ」
「部屋の掃除は済ませているし、貴様は私物が少ないから移動させておいた」
なんかいいことしたみたいに言ってるが、今までのひどい仕打ちが普通に戻っただけだぞ。だが、少しは俺のことを認めてくれたようだ。今日のところはそれでいいことにするか。
「そろそろ通学時間だ。準備しろよ」
「わかった」
そう答えたのにイヴはまったく動き出さない。
「どうした?」
「どうしたとは何だ! 貴様がいては着替えられんだろう! 早く出ていけ!」
枕を投げつけられて、俺は逃げるように部屋を出た。
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