旅する厨二少女

奇跡を起こしたメイド

第28話 伝説の魔法

 水原家の面々との話を終えて、イヴの姿が見えないことに気がついた。俺のせいばかりじゃないとはいえ、最近使用人の仕事を任せることも多い。少しくらい労いと謝罪くらいは入れておくか。

 ドアの前に立つと、中から急に叫び声が聞こえてくる。


「ぎゃー」

「どうした⁉︎」


 まさかここに敵が入ってきたのか。慌てて中に入る。窓を見るとしっかりと閉まっていて、誰かが出入りした気配はない。


 声のした方を見ると、イヴが両手で口元を押さえながらゴロゴロと床を転がっているところだった。


「何やってんだ?」

「舌! 舌を噛んだ!」


「やっぱり誰かが忍び込んだのか?」

「違う。練習だ。詠唱の練習をしていただけだ」


 体から力が抜ける。つまり部屋で一人で詠唱をしようとして、自分の舌を噛んで叫んだ、と。


「心配して損した」

「うぅ、面目ない。心配してくれてありがとう」


 イヴの痛みが収まるのを待って話を聞く。

 ようやくまともに話せるようになったイヴは飴を舐めながらバツが悪そうにベッドに腰をかけて俺の言葉を待っている。


「いつも練習なんてしてたのか? 床を転がってるのは今まで見たことなかったが」

「別に床を転がる練習をしていたわけではない! 私だって、魔法警察なのだ。魔法が使えない魔法警察に何の価値がある」


「使用人としては、まぁ、頑張ってるんじゃないか?」

「そこは濁すな! 疑問形にするにゃ!」

「また嚙むのかよ」


 痛みにうずくまったイヴはまだ何か反論があるみたいだが、声にならない声をあげるばかりで全然聞こえない。これじゃ話を聞くだけでだいぶ時間がかかりそうだ。


 たっぷりと時間をかけてようやく俺はイヴが舌を噛んだ理由を聞きだすことができた。


「最近の私は貴様に頼りすぎだと思うのだ」

「いや、最近も何も俺が来てからずっと頼りきりだと思うぞ」


「うるさい! それには感謝している。今日だって超高額の有名賞金首を相手に私は何もできなかった。貴様に任せて逃げ出すなど魔法警察の、聖魔法使いの恥だ」


 別にあの状況で逃げ出すのは恥でも間違いでもない。勝てない相手に挑むのはただの無謀だ。勝てる相手にだけ勝っていれば生きていける。どうしようもないときはあるんだが。


「でも子供の頃から魔法警察に昔からいたってことはそれなりの戦果を挙げたんだろ?」

「あぁ。一回だけ。私が母国のドイツにいた頃だ」


 少し恥ずかしそうにイヴは俺の顔を見る。自分の過去を話すのはあまり楽しいものじゃない。他人に笑顔で話せる過去なんて多くないことは互いに理解していた。


「何か飲み物でもとってくる。コーヒーでいいか?」


 イヴの決意が固まるには少し時間が必要そうだ。俺が聞くと、イヴは黙ったままうなづいた。俺が戻ってくると、どうやら決心がついたようだった。


「気持ちが揺らがないうちに話す。早く座ってくれ。ただし、絶対に笑うなよ」


 俺をテーブルの向かいのイスへと促す。俺は持ってきたコーヒーをイヴに差し出して頬杖をついた。


「約束はできないな」

「まぁいい。私が覚醒したのは六歳の時だ。最初は光魔法だった。指が光ることを母に自慢したら驚いていたのを覚えている」

「ずいぶんと早いな」


 魔法の覚醒には個人差があるが、だいたい十〜十五歳で起こるのが普通だ。六歳で覚醒となれば天才児として周囲から期待と羨望の眼差しを浴びせられてもおかしくない。


「すぐに私は魔法警察の養成学校に転入させられ、警察としての戦闘技術や隠密技術を学ぶことになった。

 魔法警察は才能のある魔法使いがスカウトを受けて入隊する。六歳で入隊となれば異例の事態だ。私は周囲の期待を受けて訓練に取り組んでいた。

 その魔法警察の養成学校を、闇魔法使いが襲撃したのだ」


 イヴはそこで言葉を止めた。表情が曇る。カップを持つ手が震えていた。


「警察の候補者を若いうちから殺してしまおうってわけか。頭の悪い策だ」


「実際のところ有効だった。その日は長期休暇の中日で、教官はほとんどいなかった。計画的な犯行だったのは間違いない。半人前の候補生では闇魔法使いたちに対抗するのは難しかった。かなりの手練れも数人混じっていたようだったしな。そこで私はもう一度覚醒したのだ」


「属性覚醒か。本格的にエリート街道まっしぐらって感じだな」


 魔法の覚醒は四大元素と呼ばれる火土水風に光と闇を加えた六属性が起こる。その後、一部の魔法使いは、そこから派生した属性へと覚醒する。これが属性覚醒だ。

 火から雷、水から氷といったよくあるものから、土から宝石や風から音といった珍しいものもある。聖魔法は光魔法が属性覚醒したものだ。


「十二歳、五年前の話だな。ピンチになって新しい力に目覚めるなんて瑠璃様のマンガの主人公みたいなご都合主義の話だ。聖魔法の覚醒とともに、私は自然と詠唱を始めていた。魔法警察では伝説として語り草なのだが、闇魔法使いには知られていないようだな」


 五年前の魔法警察と闇魔法使いの抗争か。ドイツということもあってはっきりとは知らないが噂程度には知っていた。


 その場にいた聖魔法使いの大魔法で召喚獣ごと焼き尽くされて、全員が逮捕されたって話だ。策もなく魔法警察に正面から挑むなんてバカな奴らだと思っていたが、そんな突発的なものだったのか。


「私の魔法はほとんど暴発でその後に詠唱と使っていた規格は伝え聞いたのだが、あれ以降一度も成功していないんだ」


 魔法は理論的に構成された神の言葉だと言われている。いにしえの言語は現代の人間には発声することができないので、現代語で詠唱を行い、それを魔力で翻訳コンパイルさせて呼び出している。


 構成された魔法を同じように呼び出すには当然まったく同じ詠唱が必要になり、翻訳コンパイルするための規格プロトコルも同じものを使わなければならない。


「私が魔法警察の凶悪犯罪対策部隊に抜擢ばってきされたのは、その魔法を使ったことがあるというだけに過ぎないんだ。それがただの偶然で、使えないことがバレてからは部隊のメンツのために解雇できないだけ。落ちこぼれなんて言葉もおこがましいくらいだ。

 そんな私を天河様が護衛として魔法警察に籍を置いたまま雇ってくださったのだ」


 イヴは自嘲気味に笑いをこぼす。その伝説になっているという魔法はイヴにとって唯一の拠り所であり、自分の価値そのものなのだ。

 冷めたコーヒーを口につける。口の中に心地よい苦みが広がっていく。


「それさえ使えれば、私は貴様を見捨てて逃げるようなことは絶対にしなかったのに。いや、これは言い訳だな」


 話を終えると、イヴは思い切りカップの中身をあおる。


「ブラックじゃないか、これ!」

「何も注文がなかったからな」

「そんな雰囲気じゃなかっただろう。もっと察して持ってこい!」


 文句を言っているイヴは少し元気が出てきただろうか。それなら苦いコーヒーを淹れてきた価値はあった。俺はシックスの甘いコーヒーが嫌いだっただけなんだが。


「それで、噛み癖は治ったのか?」

「治ってたら床ペロしてない」

「残機減ってたのか、アレ」


 舌噛むだけでそれならアクションゲームの主人公にはなれなさそうだな。不満そうにじとりと視線を向けてくるイヴに俺は大きくため息をついた。


「練習、付き合ってやるよ」

「本当か!?」

「瑠璃を覚醒させた奴がシックスみたいに高位の闇魔法使いなら戦力はあって損はないからな」


 半分は本当だ。俺の力で対抗できない奴が相手なら信頼できる仲間が欲しい。もう半分はなんとなく俺と似ていると思ってしまったからだ。


 魔法に覚醒したせいで人生をめちゃくちゃにされたという意味では俺たちは似た者同士と言える。シックスの言っていた通り、俺は自分と同じように魔法で苦しむ人間を見たくないと思っているらしい。


「言っておくが、俺は優しくないぞ」

「魔法警察養成学校をなめるな。貴様の特訓などそよ風のようなものだ」


 すっかりと調子の戻ったイヴを見て少し嬉しく思いながら、俺は最初の課題を考えていた。

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