第25話 オリジナル魔法
入って一番に腐乱臭が鼻に入って咳き込む。昨日も掃除したはずなのに、また新しい死体が床に転がっていた。
「一体どこから持ってくるんだ?」
死霊魔法は魔術書も禁書として
この魔法を手に入れれば、俺も一人前の闇魔法使いとして生きていける。この奴隷生活からも解放されるのだ。
ノートを開くと、最初は
俺はノートの内容を脳に焼き付けるように読み込んで丸暗記する。そして、自分の部屋でそれを練習する。できるようになったらまたシックスの部屋に忍び込んでノートを探す。
それを繰り返し続けた。障壁魔法のやり方。オリジナル魔法の研究方法。魔法使い同士の戦い方。敵の欺き方。そういったものが教科書のように順を追って書かれていた。
「今回のは、
ノートの内容から少しアレンジして、使い心地を変えてみる。オリジナル魔法を作る練習にもなる。
「確実に倒すためには頭を狙って食らいつく。でも俺が操れるようにして手や足に食らいつかせれば。これならシックスを殺すこともない」
俺のアレンジの方向性はいつも決まっていた。多数の敵を同時に相手にすること。俺の意思通りに動くこと。相手を殺さないで済むこと。
たとえ闇魔法使いとして生きていくとしても、俺の魔法は誰かの役に立つものでありたい。命を奪っていてはそのちっぽけな自尊心すらもなくなってしまいそうだった。
「ダンって最近魔法が上手になったわね」
「そんなことない。私は魔法なんて全然使えないから」
シックスの前ではそんなことを言ってごまかしていた。シックスは俺にそれほど興味がなくなったのか、それ以上聞こうとするでもなく、俺は密かに魔法の練習をする日々が二年ほど続いた。
その頃から大きな問題が持ち上がってきた。成長期だ。男である俺は少しずつ背も高くなり、だんだんと高い声が出なくなってきた。
「最近、ダンって男っぽくなったわね」
「そ、そうかな?」
「もしかして本当は男だったりしてー。おねーさん、嘘つきの男は殺しちゃうかもしれないわよ」
冗談のように茶化しているのにぞくりとする声。人殺しをなんとも思っていないからこそ、そんな言葉が当然のように出てくるのだ。
「どうする? もうごまかせないぞ」
魔法の練習中も家事の最中もそのことばかりが頭をぐるぐると巡っていた。シックスの隠れ家から抜け出すことは簡単だ。買い出しの途中で逃げ出せばいい。
ただ、今の俺に使える魔法だけじゃ一人で生きていくにはまだ足りない。もう数年くらいは猶予が欲しい。
シックスのノートに目を通す。今まで練習してきた魔法を眺めながら、ふと頭に答えが浮かんできた。
「俺だけのオリジナル魔法を作るしかない」
魔法というのは別に相手を攻撃するだけじゃない。自分を守る障壁魔法はもちろん。シックスはマントの影を使った転移魔法を操っている。それと同じように闇魔法を使って、性別を変える魔法を作れば、シックスにバレることなく弟子としてここにいることができる。
俺の初めてのオリジナル魔法制作はそうして始まった。
性別を偽る魔法のベースはシックスのノートに書かれていた。自分の体にできた影を上書きする魔法。ただそれはそのままじゃ使えない。表面に魔法を使っていることは簡単にシックスにバレてしまう。魔力の残り香がついてしまっては、解除した後も何かしていたことがわかってしまう。
そのために外からバレないこと、そして外からの干渉で魔法が解除されないことを組み込んで研究を始めた。まだ駆け出しの頃だった俺にとって魔法の改良研究は難しかった。他の攻撃魔法だってまだ自分の考えたように使うこともできなかった。
「でも、使えなきゃ俺は死ぬんだ。師匠に殺されるか、ここから逃げ出して野垂れ死ぬか」
死と隣り合わせになれば人はいくらでも限界まで自分を追い込めるものだ。俺がためらいなくゴミ袋に入っていた女の服を着て、絡んでくる奴らを狩っていたように。
いつバレるかわからないという背を焼く焦燥が俺の集中力を何倍にもしていた。
魔法は霧状になって体の内部に入っていく。そして体の中から構成を変えていく。数分かかるのが難点だが、魔法の残り香は体内に包まれ外には漏れていかない。これならたとえ相手が魔法使いであっても、見破られることなく女としてここにいられる。
理論を作り上げ、試し、直す。
寝る間も惜しんで作り上げた性転換の魔法。使いどころは限定的すぎるが、今の俺には一番必要な魔法だった。生唾を飲んで詠唱を始める。
「——赤子よ、なぜ喚く。己の心がわかっておもしろいのか。
黒い霧が俺の体を包んでいく。太陽の当たることのない体内で闇魔法がうごめいている。くすぐったいような感触を目を閉じてこらえる。ようやく感覚が戻ってきた俺は急いで鏡の前に立ってみた。
「うまくいってる」
思わず上がった声は、声変わりする前のものだった。喉元を探ると、少しずつ出始めていた喉仏のでっぱりがない。腕も足も柔らかな脂肪に包まれた丸みを帯びたフォルムでどうみても女の子のそれだった。
「これなら、シックスだって気付かない。魔力の残り香も感じない」
「どうしたの? 鏡なんか見つめて」
自分の顔を触りながら確認していると、後ろからシックスに声をかけられた。俺はドキドキしてゆっくりと振り返る。その顔は満面の笑みを浮かべていた。俺がここに来てから初めて見たほどの笑顔だった。
「今日は少しおしゃれがしたくなって」
「そうね。全然おしゃれなんてさせてあげられなかったものね。今日は一緒にお買い物に行こうかしらね」
「師匠が一緒に?」
ものぐさでほとんど隠れ家から動かないシックスがそんなことを言い出す。もしかすると今まで俺のことを男だと疑っていたのが、誤解が解けて態度が柔らかくなったのかもしれない、と思った。
「今日は好きなもの何でも買ってあげるわ。おねだりしてもいいのよ」
シックスのこんなに嬉しそうな声を俺は初めて聞いた気がした。それと同時になんとかこの反転の魔法が間に合ったことに心の底から安堵していた。
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