フリンデルのいる世界へ

「あのときは、生きた心地がしなかったわ」


 タラバスが戻ってきたことを、リコットは心の底から嬉しく思った。


 それと同時に複雑な気持ちも抱えていた。


 兄が蝶たちにしでかしたことは許されるものではない。


 いくら被害が出ていなくても、だ。


 幸いにも、タラバスの動向はエニンが事前に蝶たちへ伝えていた。

 逃げ隠れる道もあったが、蝶たちにとって大陸の北以外はどこも安全な場所は無かった。

 何より花は大陸の北以外では咲くことができない。

 そのため、蝶たちはタラバスとの応戦を決めた。

 応戦と言っても、迎え討つのは蝶の姿をした作り物だけだ。

 タラバスが起こした虐殺も、結果的にはタラバス1人が返り討ちにあっただけで終わったのだ。


 帰ってきたのはタラバスだけではない。


 エニンまでもが帰ってきたのだ。


 タラバスの代わりとして雇われた以上、もうエニンがここにいる必要はない。

 そんな中、タラバスの見張り役をエニン自ら申し出たのだ。

 エニンがタラバスを監視下に置くことで、タラバスも蝶たちからお咎めなどはほぼなく自由の身となった。

 それは、エニンにもタラバスにも間違いなく良い話であった。


 リコットにとっても同じだ。


 リコットは今、遠くへ行ってしまったものの全てを取り戻したのだ。


「あのとき、どうして私のこと手放したの?」

「あのとき?」


 リコットに聞かれて、エニンはいつのことだか分からず振り向く。


「こっちは分かってるんだから。エニン、あのときの蝶だったんでしょ」

「結局あのときはいつなんですか……」

「あのときは、あのときよ!」


 エニンはリコットの亜麻色の髪に触れながら優しく笑う。

 リコットも少し頬を赤らめ、照れくさそうに笑った。


「ありがとう。エニンが私のフリンデルで本当に良かった」

「僕こそ、リコット様のフリンデルで光栄です」


 そして、自分の手をリコットの手に重ねた。


「今度は、手放さないようにしっかり守りますから」


 リコットは緑の瞳を潤ませ――エニンの目を見て大きく頷いた。



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蝶の涙が枯れるまで ハスノ アカツキ @shefiroth7

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