リコットと蝶

 エニンとリコットが共に過ごす時間は1日の中でも多くを占める。

 リコットの兄が軍に入ってからというもの、兄の代わりとしてエニンを離さないのだ。

 幼い頃に両親を亡くした兄妹は、寂しさを埋めるように常に一緒にいた。

 勿論、兄タラバスが軍に入ると決まったときは泣き叫んで誰も手がつけられなかった。

 困り果てたタラバスは、自分の代わりとしてフリンデルのエニンを雇うことにした。

 そのためか、リコットはエニンを手放さず常に傍にいたがったのだ。


 リコットは窓際のベッドで月を眺めていた。

 エニンはベッド横の椅子へ腰掛け、静かに本を読んでいる。

 「私、蝶に会いたいな」

 ふと、リコットは呟いた。

 エニンははっと顔を上げると、リコットの顔をまじまじと見つめる。

 その群青の瞳は相変わらず悲しげだ。

「そのようなこと、言うものではございません。蝶のことは禁句ですよ」

「研究者が蝶を大量虐殺して、罪の意識を感じてでしょ? だったら、それこそ禁句なんておかしいよ。自分たちが悪いのにそれを隠すなんて」

 蝶が姿を消して以来、人間にとっては蝶のことを話題に出すことすら躊躇うようになった。

 研究者たちのおぞましい行為は非難され、フリンデルたちも迫害されるようになった。

 研究者もフリンデルも身を潜め、人間たちは蝶を忘れたかに思えた。

 やがて、姿を消した蝶からの報復を恐れるようになる。

 リコットの兄タラバスが所属する軍のように、万が一にも蝶が報復してきたときのために対抗する隊があるほどなのだ。

 それほどまでに蝶を恐れ、その恐れのあまり蝶の話題は禁句にまでなった。

「リコット様。お気持ちは分かりますが、とにかく蝶の話などしてはなりません」

「昔の友達でね、蝶がいたの」

「リコット様」

 たしなめるようにエニンは語気を強くする。

 だが、リコットは構わずに続ける。

「両親を亡くしたときにね、友達になったの。きっと私があんまりにも不憫で、お母さんが天国から私に届けてくれた贈り物だと思うの。だから、友達のことを話せないなんて悲しい」

「分かりました。分かりましたから、今日はもうお休みください。もう友達もタラバス様もいらっしゃらないのです」

 エニンは無理矢理にリコットをベッドへ潜り込ませた。

「今は、僕だけがリコット様の寂しさを埋められるという誉れをくださいませんか」

 エニンは相変わらず涼しげな声で囁く。

 静かな夜にその囁きは悲しく響いた。

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