リコットと兄

『今日からコイツがお前の兄さんだ。だから、良い子にしてろ』

 タラバスは幼いリコットの機嫌を伺いながらも、ぶっきらぼうに言い放った。

 その隣には悲しげな瞳でリコットを見つめる空色の髪の男が立っている。

 リコットはぽかんとしていたが、その内盛大に泣き叫び始めた。


 違う。違うのに。


 短く切り揃えられた黒髪で、しっかりと筋肉のついた頼れる兄のタラバス。

 それに比べて、隣の男は空色の髪を肩まで伸ばし、筋肉はついているものよ兄に比べれば細身に見え、頼りなく感じてしまう。


 そもそも、兄でないと嫌なのだ。


 誰であっても、兄の代わりになんてならない。

 兄だって、そんなことは十も百も千も承知だ。

 幼いリコットにとっては兄が全てで、兄と離れることは身を引き裂かれるようなものである。

 とにかく、誰が何と言おうが兄と離れるのは嫌だった。

 タラバスにとっても、離れるのは耐え難いことだった。

 リコットは聞き分けの良い素直な妹であり、何が何でも守り抜くと決めた存在だ。

 軍に志願したのだって、蝶などの脅威から妹を守るために他ならない。

 妹を守るために、妹と離れるのだ。

『俺はいつだってお前のことを見守っている。心ごと離れるわけじゃねえんだ』

 タラバスは泣きじゃくるリコットを慰めるように亜麻色の髪を優しく撫でた。

 リコットはいつもと変わらぬ感触に僅かに落ち着くも、まだぐずっている。

『困らせるなよ。最後くらい、お前の笑顔を見てから軍に行きたいんだ。だから、な?』

 タラバスは屈み込んでリコットを抱き締めた。

 強く、強く。

 妹の温もりを体に宿すかのように。

 どれほど時間が過ぎたろうか。

 タラバスがそっとリコットの顔を見ると、緑の瞳に涙をいっぱいにためながらも泣くことを我慢していた。

 そんな妹のいじらしいところが、タラバスの胸を余計に締め付ける。


『悲しまないでください、リコット様』


 タラバスの背後から、涼しげな声がした。

 兄妹が声の方へ向くと、空色の髪の男が悲しげな群青の瞳で2人を見つめていた。

『お2人の悲しみの深さは想像を絶するものと推察いたします。それでも』

 エニンは涼しげな声で、群青の瞳から涙を零した。

 それを右の中指に嵌めた指輪で拭う。

 すると指輪は青く輝き、やがてエニンの手には2つのペンダントが握られていた。

『お2人の悲しみを少しでも癒やすため、これをお持ちください』

 そう言って、それぞれにペンダントを手渡した。

 ペンダントはロケット式で、中を開けると幸せそうな笑顔の兄妹が描かれていた。

『やるじゃねえか。さすがは俺が選んだフリンデルだ』

『恐れ入ります』

 エニンは深々と頭を下げる。

 リコットもペンダントを見て、不思議と兄が近くにいてくれるような安心感を覚えた。

『そろそろ行かなきゃな。リコット、元気でやれよ』

『兄さま』

 リコットの声は相変わらず悲痛が込められていたものの、その小さな手を兄に振っていた。

 それを見てタラバスも安心したのか、もう振り返らなかった。

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