リコットと手紙
「……兄さま?」
リコットは夢を見ていた。
エニンが来たときの、そして兄のタラバスと別れたときの夢。
どうして急にこんな夢を見たのだろう?
あの日からリコットは毎月タラバスへ手紙を書いていた。
兄の方は忙しいのか、なかなか返事はこない。
それでも、たまに送ってくれる手紙にはリコットを案ずる優しい兄の思いが詰まっていた。
そういえば、最近も手紙が来ていない。
ということは、そろそろ手紙が返ってくる頃だろうか。
そんなことを思いながら起き上がると、エニンの姿がなかった。
「エニン?」
リコットはエニンを探して部屋を出た。
屋敷の中を探したが、いない。
不安に思いながら早足で玄関へ向かうと、エニンは郵便受けの前で立ち尽くしていた。
相変わらず群青の瞳が悲しげだ。
「エニン、探したのよ。どうしてこんな朝から」
言いかけて、エニンの持っているものに目がいく。
エニンは兄からの手紙を持っていた。
手紙にしては、不自然に膨らんでいる。
不安が過ぎり、リコットはエニンから手紙を取り上げ急いで部屋へと戻った。
エニンも遅れて続く。
リコットはペーパーナイフを取り出すと、もどかしそうに手紙の封を切り裂いた。
中からは、手紙とペンダントが出てきた。
『愛するリコット
勝手なことばかり決める俺を許してくれ。ペンダントのお前を血に染めたくないんだ。
さよなら、それでも俺はお前をいつまでも見守っていることを忘れないでいてほしい。
タラバス』
手紙はそれだけしか書いていなかった。
だが、リコットにはその意味が分かってはいたが、その上で認めたくはなかった。
「エニン、兄さまは……元気でやっているかしら」
エニンは茫然と立ち尽くしていたが、不意にリコットへ顔を向ける。
「きっと、お元気です。タラバス様のことですから軍で上手くやっていらっしゃいますよ」
「兄さまは、蝶の報復に備えて軍に入ったんじゃないの。兄さまはいつからか蝶を憎んでいた。蝶を殺すためなら何でもしそうだったわ」
リコットは手紙をぐしゃぐしゃと握り潰してしまう。
「兄さまは、何をするつもりなの。一体、何の任務で、私にペンダントを」
エニンに初めて出会ったときのように、大きく泣き叫ぶ。
エニンはリコットへ駆け寄り、強く抱きしめた。
タラバスがかつてやってくれたような温もりだったが、それでもリコットは心の穴を塞ぎきれなかった。
それがさらに悲しく感じられ、リコットはさらに泣く。
長い間、ずっとずっとリコットは泣いていた。
その間もエニンは抱きしめ、髪を撫でていた。
「いなくなるの。みんな、いなくなってしまう。私が大切に思えば思うほど、みんな遠くへ行ってしまう」
「僕はリコット様を一人にさせません」
「ばか。うそつき」
リコットは力なくエニンに言う。
「いいよ、もう。エニンだって、どっか行ってよ」
「リコット様」
「もうどっか行ってよ。どこへでも行きなよ」
傷つけた。
エニンがリコットを案ずる気持ちは痛いほど分かるのに、兄のタラバスがこの世にいないという事実が心を締め付けて、自制がきかない。
エニンがリコットの肩をそっと叩いた。
「リコット様、少し休みましょう。落ち着いたら紅茶でも淹れますから、今はお休みください」
リコットは手足の重さを感じながらベッドへと戻る。
「悲しみを埋めるために、一人の時間が必要なこともあります」
エニンはそう言って、リコットの部屋から出ていった。
リコットは寝ているのか泣いているのか分からないまま時を過ごし、いつしか夜になっていた。
頭が重い。
ふらふらとよろけながら部屋を出て、弱々しくエニンを呼ぶ。
だが、エニンはどこにもいない。
リコットは段々と意識をはっきりさせ、屋敷中を探した。
リコットの部屋も、食卓も、書斎も、物置も、タラバスの部屋も、隅々まで探した。
だが、エニンは見つからない。
玄関から外に出ると、月が美しく輝いていた。
それでもエニンはいない。
うそつき、なんて言ったから。
どっか行って、なんて言ったから。
ああ、そうなのだ。
そもそもエニンは私のために働いていたのではない。
タラバスに雇われたから私に甲斐甲斐しくしてくれたのだ。
そして、今タラバスがいない。
今日のことだけではなく、エニンと出会ってからの全てが鮮明に焼け付くように蘇ってくる。
最初からエニンは私のために優しくしてくれた。
だが、そのエニンの手を振り払ったのは、いつも私だった。
振り払っても差し伸べてくれるエニンの手に、甘え過ぎていたからこんな仕打ちを受けたのだ。
リコットはもう涙が出なかった。
タラバスの死で枯れてしまったのだろうか。
それとも、あまりに悲しくなると涙なんか零れなくなるのだろうか。
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