蝶の涙が枯れるまで

ハスノ アカツキ

蝶の嘆きと、嘆く青年

 焼け焦げた臭いが、一帯を覆っていた。

 見渡す限りの焼野原を、幾多もの死体が埋め尽くしている。


 死体は人間だけではない。

 軍装の人間の死体を飾り付けるかのように、蝶の亡き骸もそこかしこに散らばっていた。


 その赤黒く染まった大地を、青いハーフマントの男が一歩一歩踏みしめるように歩いていく。

 短く切り揃えられた髪は闇に似た藍色に染まり、瞳はこの世の悲しみを全て吸ったかのような深い群青色に沈んでいる。

 転がっている死体の軍装よりも華美な装飾の軍服が、地位の高さを示していた。


「こんなもんか。嘆かわしいことだな」


 男は蝶の亡き骸を見下ろし、そのまま踏みにじる。

 視線を正面へとやると、その先には数百匹の蝶が群がっていた。

 無傷の蝶もいるが、大半は傷ついている。

 

 男は目を閉じると、不意に一筋の涙を零した。

 その涙を右の中指にはめた指輪で拭う。


 すると、指輪は仄青い光を放ち始めた。

 それを見るや、蝶たちも羽をはためかせながら青白く輝き始める。


 蝶から放たれた幾筋もの閃光が男を襲う。

 男は避けようともせず、そっと右手を閃光へと向けた。


 指輪から放たれた仄青い光が壁となり男を包む。

 光の壁は閃光を飲み込むように巨大化していく。


 男は蝶の群れへとゆっくり歩み始めた。

 その間も光の壁は男を守りながら厚さを増していく。


 蝶たちを捉える男の悲しげな瞳の奥に、隠し切れない鋭さが増していく。

 口元は震えながらもどこか笑っているようだ。

 

 やがて、男は蝶の群れの目の前まで来た。


「二度と歯向かうんじゃねえ、虫けらが」


 男は蝶へと向けた右手を握りしめる。

 逃げ惑う蝶や死力を振り絞って閃光を放つ蝶。


 光の壁は雪崩のように大きな流れとなり容赦なく襲い掛かる。

 逃げることも反撃することも許されず飲み込まれる。


 なす術は、無かった。


 光の雪崩が過ぎ去ったときには、動ける蝶など残っていない。


 男は悲しげな瞳で蝶を見つめると、どこか嬉しそうに口元を歪ませる。


「嘆かわしいことだな。蝶の身で生まれたことを呪いたくもなるだろうよ」


 男の指輪が仄青く光る。


 それに呼応するかのように、死んだ蝶たちが青白く輝いていく。

 

 その内、男へ跪くかのように、足元へと仄青い光が静かに集まる。

 おびただしい数の光の死骸はいつしか荒んだ焼野原を青白く染めていった。

 

 やがて、男の笑い声が狂ったように響き渡っていく。


 それでもなお、男の瞳は悲しみに沈んでいた。


 

 

 こうして、世界から蝶は滅びた――。

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