エニンとリコット
「ただいま戻りました」
エニンは焼き立てのパンと沢山の荷物を抱えて、仕えている小さな屋敷に戻った。
涼しげな声と肩にかかる空色の髪は女性的な印象を抱かせる。が、薄手のシャツから伸びる腕は筋肉がついていて引き締まっている。
そして、明るい群青の瞳はどこか悲しみを帯びていた。
エニンは抱えていたパンと荷物をテーブルに置くと、ぐるりと部屋を見渡した。少し考え込むようにし、ポケットから懐中時計を取り出す。もう夕方に近い。
「リコット様? 戻りましたよ」
しばし待つ。返事はない。
隣のリコットの部屋の方を見ると、扉は開いていた。
そっと部屋を覗くと、大きな窓の下にあるベッドで少女が微睡んでいた。
亜麻色の髪が、枕代わりの華奢な白い腕へ幾筋か零れ落ちている。
幸せそうな寝顔を確認すると、エニンはそっと夕食の準備を始めた。
◇
「リコット様、そろそろ食事のお時間ですよ」
エニンは先程買ってきたパンを皿ごと少女の顔へ近付けた。
リコットと呼ばれた少女は寝言を1つ2つ小さく呟きゆっくり緑の瞳を開ける。
眠気を覚まそうとしているのか、寝たままの姿勢でぐいと腕を伸ばす。
「お帰り、エニン。思ったより長く寝ちゃったのかしら」
ベッドから起きようともせずにパンへ向けて手を伸ばす。
エニンも抵抗の意思を示すべく、目の前からパンを遠ざけて抵抗の意思を見せる。
「はしたないですよ。このパンは食卓でリコット様を待ちたいそうです」
「ちょっとだけ! パンと一緒に寝たらもっとよく眠れるわ」
「まだ眠る気ですか? 早く起きないとなくなってしまいますからね」
エニンはパンを食べる素振りをリコットに見せる。
「待って、私のパン!」
リコットはがばっと起き上がるやいなや、足早に食卓へと向かう。
エニンは少女らしいその様子に自然と頬を緩めて眺める。
だが、その群青の瞳だけは悲しそうなままだった。
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