エニンとリコット

「ただいま戻りました」


 エニンは焼き立てのパンと沢山の荷物を抱えて、仕えている小さな屋敷に戻った。


 涼しげな声と肩にかかる空色の髪は女性的な印象を抱かせる。が、薄手のシャツから伸びる腕は筋肉がついていて引き締まっている。

 そして、明るい群青の瞳はどこか悲しみを帯びていた。


 エニンは抱えていたパンと荷物をテーブルに置くと、ぐるりと部屋を見渡した。少し考え込むようにし、ポケットから懐中時計を取り出す。もう夕方に近い。


「リコット様? 戻りましたよ」


 しばし待つ。返事はない。

 隣のリコットの部屋の方を見ると、扉は開いていた。

 

 そっと部屋を覗くと、大きな窓の下にあるベッドで少女が微睡んでいた。

 亜麻色の髪が、枕代わりの華奢な白い腕へ幾筋か零れ落ちている。

 幸せそうな寝顔を確認すると、エニンはそっと夕食の準備を始めた。



「リコット様、そろそろ食事のお時間ですよ」


 エニンは先程買ってきたパンを皿ごと少女の顔へ近付けた。

 リコットと呼ばれた少女は寝言を1つ2つ小さく呟きゆっくり緑の瞳を開ける。

 眠気を覚まそうとしているのか、寝たままの姿勢でぐいと腕を伸ばす。


「お帰り、エニン。思ったより長く寝ちゃったのかしら」


 ベッドから起きようともせずにパンへ向けて手を伸ばす。

 エニンも抵抗の意思を示すべく、目の前からパンを遠ざけて抵抗の意思を見せる。


「はしたないですよ。このパンは食卓でリコット様を待ちたいそうです」

「ちょっとだけ! パンと一緒に寝たらもっとよく眠れるわ」

「まだ眠る気ですか? 早く起きないとなくなってしまいますからね」


 エニンはパンを食べる素振りをリコットに見せる。


「待って、私のパン!」


 リコットはがばっと起き上がるやいなや、足早に食卓へと向かう。

 エニンは少女らしいその様子に自然と頬を緩めて眺める。


 だが、その群青の瞳だけは悲しそうなままだった。

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