壬生・新選組 佐伯と斎藤

東方 文明 Tohbow Fumiaki

第1話 序章・始まりの戦い

 鯉口を切り、柄に手をかけ、少し持ち上げるようにして、腰の刀を引き抜く。無銘の安物だが、刃文の綺麗さで買った刀。陽を浴びてキラリと光った。

人前で刀を抜くのは初めてだ。今まで剣術をやって来たのだが、それがついに刀を抜いて命のやり取りすることになってしまった。

 まっすぐ伸ばした正眼に構え、目の前の刀を構える男に向けた。

「本当にやるのか?」

「なに言ってんだ。人の刀に、刀をぶつけて無礼だろう。ただ済ます訳にゃいかない」

「刀を抜くときは、命のやり取りをする時。自分が斬られるか、相手が斬られる。それでもなされるか?」

「あったりめぇだ。そうじゃなきゃやれねぇよ」

 問答無用か・・・・・・いきりたって刀を抜いたこいつに何を言っても無駄だろう。

・・・・・・・人を無礼呼ばわりしているこの男、態度や身のこなし、大小二本差しではあるが、髪の毛は伸び放題で尻を捲っている姿を見ると、博徒ではないか?

そもそも武士なら左に刀があるため、前から来た人とすれ違う時は刀の方向に体を寄せ左側に避ける。それなのに、こいつらは往来を三人で並んで歩き、両側に分かれてこちらの刀側を抜けた。これじゃ刀はぶつかる。

そんな常識も知らないこいつらは、どうしても侍とは思えない。

「仕方ない。お相手つかまる」

抜いた刀を中段で止めて、攻撃と防御、どちらでも対応の正眼で構えることにした。

「佐伯、手伝うか?」

同じ道場で拙者より若いが師範代を務める斎藤一(ハジメ)が後ろから聞いてきた。

斎藤は五尺三寸(約170センチ)の大きな身長。目が鋭く、睨むと怖い。それが急に声をかけてきたので、相手は警戒した。

「いや構わん。それより左にいる仲間が抜いてきたら頼む」

「心得えた」

 刀を抜いている奴の仲間が、今の言葉で柄に手をかけたが、まだ抜いていない。どうやら加勢する気はないようだ。

刀は先に抜いたほうが悪くなる。争いを仕掛けたと見なされるからだ。

居合切りや抜刀術が進化したのは、相手より遅く抜いて早く相手を斬る。

そういう理由のためである。

 今、この状態。相手が先に抜いたので、こちらは正当な防衛になる。しかし殺傷となると勝っても審議され、なにかしらの咎めが来る。でもだからと言って斬られて死ぬ気は毛頭ない。

「こんな所で果たし合いか。死にたくない。しかし降り掛かる火の粉ははらわねばならぬと言う・・・・・・」

 一応、京都の剣術道場である聖徳太子流道場にて剣術修行をして目録を頂いているが、戦いとなると全く自信がない。まして真剣で立会いをしたことないから怖い。膝がガクガクして足が前に出ない。いくら落ちつこうとしても落ち着かない。

だが、その点は相手も同じようで手が震えている。身体全体が小刻みに震えて、こっちの出方を待っている。いや実際は向こうも同じ、怯えて動けないのじゃないか。

嫌なことに周りが気付いて、他の関係ない人がどんどん集まり出す。

『早く始めろ』と、ヤジを飛ばす奴もいる。人に見られたくない、晒し者は御免だ。

「どうする?こっちからいくか?」

「佐伯、急がなくていい。静かに対応すれば、こちらの方が強い」

「すまない。真剣は初めてなのでな」

 気がせいてしまった。その点、斎藤はおちついている。過去に人を斬り殺したことがあるって言っていた。やはり経験がある奴は違う。

「しかしこのまま見つめあってもどうにもならない」

ならばここは腹をくくって・・・・・・行こうとしたら、

「おお山口!山口じゃないか」

 突然、横から見知らぬ男が声をあげて近寄って来た。

その男は、まるで睨みあっているこちらなど、見えないかのように真っ直ぐに近づいてくる。誰だ、こいつ?誰だ、山口って?

すると意外なことに、後ろにいた斎藤が反応。

「あ、お久しぶりです。山南さん」

「やはりそうだったか。おお、少し大人になったか?山口」

 嬉しそうに、斎藤の肩を叩き笑いあっている。一体誰なんだ?この男。

「まあ、成長期ですから。あ、それで京都に出てから名前を変えました。山口から  変名し、こちらでは斎藤と名乗っています」

と、少し照れながら斎藤は答えた。

「ほう、それはもしかして・・・斎藤道三からか?」

「ええ、そうです」

「マムシだな。昔、言われたてた時があった。お前の目はマムシそっくりだって」

「まあまあ、そんなこともありましたね」

「あの時お前は『マムシとは失礼だ。斬る』と、怒ってなかったか?」

「過ぎてみると悪くないように感じてくるから不思議ですね」

 笑う山南と呼ばれている人。

この人も斎藤と同じく身長が高いが、和やかなため怖くない。月代を伸ばしているせいか、むさっ苦しい感じもする。


 あまりにも突然に入られたため、あっけに取られていたが、刀を抜いている相手がやっと気を取り直し、大声を上げた。

「なんだぁてめえは?」

「これはご無礼、取り込み中ですかな?なにやら剣まで抜かれていますが、どうなされた?」

「おうよ。この野郎がぶつかってきやがってよ。こちらは売られた喧嘩は買わないと、男が廃るってもんだろ」

「それは災難。大変でござるな」

 山南と呼ばれた男がこちらを見て頭を下げる。

うまい具合に、両方の気を削いでくれたため、立会いを止めることが出来た。

助かった。こちらは剣をしまい、頭を下げて挨拶を返した。

「なんだ?おまえも仲間か?斬るぞ」

「斬るとは穏やかじゃない。互いに斬ると息まけば、これは私闘ということになります。浪士組に私闘は禁止と説明受けたでしょう。取締の山岡殿に知れると、詮議されることになります」

「なんの、これは立派な無礼討ちだ。人の刀にぶつかってきたので切り捨てるまで」

「農民や町人じゃあるまいし、武士同士に無礼討ちは成立しない。これは果し合いになります。負ければ死ぬし、勝っても内容次第で切腹ですな。そこまで全うする原因ですか?そんなに大事な果し合いなのですかな?」

「え、そうなのか。無礼をはたらいた奴ならだれでも斬れると思ったのに」

 無知だ。あまりにもばかばかしい。やはり武士でもなんでもないのだろう。

しかしこれで男は完全に気を抜かれ、どうすることも出来なくなったようだ。

後づ去りしながら、刀を収め、

「今日のところは見逃してやる」

 と、仲間二人と逃げて行ってしまった。

くだらない。こんなことで命をかけるなんて、本当に馬鹿馬鹿しい。

「かたじけない。仲裁ありがとうございます。山南殿」

「今、ここ壬生村はこんな奴らばかりでとても物騒ですよ。きっと誰か手頃の奴を 見つけて因縁を吹っかけて、その人間を斬ることで自分の勢いをつけようと探し歩いていたのでしょう。それがたまたま貴殿とぶつかって、さあ人を斬れるって勢いづいたと思います」

 そうだな、こちらが刀を抜いたら、怯えていた様子。もしかしたら途中で引くに引けずに、困っていたのかもしれない。

「将軍徳川家茂様、入京。二条城に入ることが決まって、京都の治安を正すために江戸で募集され、上ってきた浪士組ですが、隊っていっても得体の知れない博徒や雲助の類のような奴ばかりです。今のような者も何か起こそうと、うろうろしていますので気をつけてください」

 山南殿は、そういって再びこちらを見てほほ笑んだ。

凄味があるが、とても内面のやさしさが、にじみ出る笑い顔をする人だ。きっと剣に覚えがあるのだろう。余裕というやつだ。羨ましい限りだ。

「それでどうした?サイトウハジメ。ここに来たということは何の用があるのか?」

 改めて気が付いたようで山南殿が聞く。

「土方さんから、文をもらいまして・・・・・・京都が初めて者が多く、まるで勝手が掴めない。少々苦労している。一年前に京都に行った俺のことを思い出し、手伝ってはもらえないかという打診です」

「確かに。そこら中で『一見さんお断り』などと言われ、酒を飲みに行くのさえ往生し、困りはてている始末。京都在住のハジメが来てくれればありがたい。しかし文だけで、よくここが分かったな」

「今、京都で評判になっています。江戸から武士が大挙して押し寄せてきたって」

「京都人は外部からの人間を警戒するからな」

年かさのある山南殿は、何度か京都に来たのか、少しわかっている様子。

「まあそれが京都ですから」

 と、今度は皮肉めいて少し笑う斎藤。

「ならば、ここからそう遠くない。ついてきたまえ。案内しよう」

 山南殿は、踵を返すと、元来た道を戻りながら歩き出す。

「あれ?山南さん。今、どこかに出来かけるところだったのじゃありませんか?」

「かまわん。甘いものでも食いに行こうかと、出てきただけだから」

そういうと我々の前を先導して壬生村に向かってあるきだした。


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