第14話 佐伯の語りー7  狂う芹沢

 前を歩く芹沢。数人の後に続いて、拙者はその後ろ姿を見る。

前から来る人間は、みんな芹沢を見た途端に逃げる。見た目で大きいこの貫禄。この押し出す威圧感。誰でも関わり合いたくない。道を開ける。

 壬生浪士組。確かに芹沢によって変わった。

貧しい隊から芹沢が運んでくる金のお陰で誰もが潤ってきた。

しかし浪士組が大きくなり、会津藩や他からの支援が増えれば増えるほど、芹沢の悪行をなじる意見が増えた。

そしてここへ来て、芹沢の乱心が始まっている。これは普通では終わらない。


 芹沢は、終わったか?離れるか?

いや芹沢は金になる。

芹沢を案内するとその姿だけで、大店はひれ伏し、小遣いというお賽銭を袖下に入れてくれる。素晴らしい集金力。

 今一番、京で力があるのは芹沢だろうと思う。欲しいものはなんでも手に入る。

殿さま?こういう風になれたらどんなにいいだろう。

「だけど狂えんな。それほど拙者は大物ではない。芹沢にはなれない」


 巡回はいつも毎回違う。今日は二条城の方にブラブラと歩を進める。

芹沢が思いつくまま歩き、周りがついて行くのが巡回になっている。まあ徘徊と言っていいだろう。

 すると八百屋の前を通ると、現れた女に突然声をかけられた。

「こんにちは、佐伯様」

「そちはどなたかな?身に覚えがござらんが」

 誰だかわからんが、丸顔で目が切れ長で、愛嬌のある顔立ちをした、いい女だ。

「すみません佐伯さま。これを佐々木愛次郎にお渡し願えますか?」

 これ?帯?いやタスキか?これを佐々木に?

「そちは誰だ?」

「アグリと申します。佐々木愛次郎様にご贔屓にしてもらっているものでございます」

「何故拙者の名前を知っている?」

「前に佐々木様と一緒にいた時に佐伯様を拝見しまして、あの人は『さえき』、拙者は『ささき』といっていたことがあったのでお名前を見知った次第でございます」

「佐々木は・・・・・・確か壬生の更雀寺に寄宿しているだろう。家の方に持っていけばいいのに」

「寄宿先は荒くれの男が多いから、来ない方がいいと、佐々木様に言われていますので」

 たしかにそうだ。貧しい男どもの巣。こんな綺麗なら、みんなが黙っておらぬ。何か起きても不思議ではない。

「佐々木様にお渡し願います。よろしくおねがいします」

 去って行くアグリという女。いい女だ。

なんだ、平隊士にも女がいるのか。幹部であっても女がいないのに、贅沢な奴だ。




 八木邸に戻るとみんなが盛り上がっている。女を祇園に買いに行く相談を始めている。

 そうか今日は給金の日か。月に三両。今日を逃すと借金とツケで現金が無くなる。その前に使ってやろうという魂胆のようだ。

 島原は格式高いので体を売る女はほとんどいない。祇園も大夫あたりだと駄目だが、仲居や飯盛り女くらいなら買えるので、自ずと平隊士は祇園の安い女郎を買うことになる。

「馴染みの女が出来て、優しくされると嬉しい」

「出来れば女房が欲しい」

「いいな。女房は」

「辞めたほうがいい。拙者たちのような、その日暮らしの奴が所帯なんて責任感がない」

「そうだな。いつ死ぬかわからんのに女房は、かわいそうだ」

「だから必要だろ。死んだことを悲しがってくれる女が」

 ひとしきり女が欲しいと騒ぐ隊士、急に拙者に意見を聞いてくる。

「佐伯殿はどうですか?」

「拙者も女房はいらんな。身軽がいい」

 と、答えたが・・・・・・・拙者はいい女を抱けるだけで、どうでもいい。

男が進むもの。女は従うもの。長州ではそう育った。京都では違うと言われた?

判らん。男の出世を願い、助けるものが女。それが女である。

 まあ金を出せば、女とはいつでも出来る。五月蠅い女は要らん。女なんて所詮、拙者たち男の言う事を聞いていればいいのだ。



 稽古が終わった佐々木愛次郎を見つけ、聞く。

「愛次郎、三条見回り中に突然声をかけられた、アグリとは誰だ?」

 突然、知り合いの名前を出され慌てる愛次郎。

「どうぞ、内密に」

「アグリと言っていたあの女は誰だ?」

「許嫁です」

「おまえ、許嫁いるのか、どこの店だ」

「いいえ商売女では無いので」

「じゃあ何処の女だ」

「勘弁してくだされ。京女なので恥ずかしがりなのです」

 京女?アグリは京の女なのか。

「愛次郎、京女というのはどう言う女なのだ?」

「おしとやかに見えますが、一途な女です。激情の激しい女です」

 女なんか同じだろ。そんなに変わるはずがない。

「申し訳ございません。このことはくれぐれも内密に」

 そそくさと逃げるように去っていく愛次郎。


 まああれだけ綺麗な女なら、ほっとかないか。秘密にしたいのもわかる。

「おっと、そうだ渡すものを頼まれたていたのだ」

懐から預かったタスキを出し、再び愛次郎を探し歩くが見当たらない。

稽古が終わったので井戸にいるかと思ったら、そこにもいない。

「誰か、佐々木を知らんか?」

  すると数名の隊士が笑う。

「愛次郎は、今、壬生寺で女と会っているはずです」

「いつもこの稽古が終わると、一目散に駆けて、八百屋のアグリと逢引ですよ」

「え?知っているのか」

「ええ、この前、見世物小屋で芹沢さんが、因縁付けて暴れた時に、それを治めたのが佐々木で、そこの娘と付き合いだしたそうです」

 また芹沢のご乱心か。

「アグリというのは近所でも評判な美人だそうですよ。働いている八百屋の看板娘です」

「なんだ知らぬのは拙者だけということか」

「ああ、あれだけの女です。知らない訳がないですよ」

 顔を知っている奴までいる。なんだ気にして損した。ならば壬生寺まで持って行くか。



 壬生寺の境内、八木家すぐ裏の寺だ。その境内に行くと確かにいた。

「忘れ物だ」

「あ、佐伯さん。どうしてここへ?」

「みんな知っとるぞ」

 アグリが拙者の顔を見て、微笑んでお辞儀をする。

やっぱりいい女だな。

「アグリとやら、そちらの方が早いではないか。これはそちらで渡すべきだったな」

「大事なものだと思ったから少しでも早くと思ってお頼みしたのです」

 懐から預かりものを出すと、アグリは両手で受け取り、愛次郎に持っていく。

「ありがとうございました。佐伯殿」

 けなげで可愛い。こういう女もいいな。しかし美男には美女が行くのか。羨ましいな。

悔しいが、所詮拙者の抱ける女は商売女が関の山だろう。


 それから佐々木によく会うようになった。

逢引しているのが壬生寺のため、八木邸に近いのでよく来ているからだ。

そんな佐々木を見回りに出ようとしている芹沢が、庭で稽古をしているのを目に止めて何故か呼ぶ。

「お主の名は、確か佐々木愛次郎といったな?違うか?」

「はい、芹沢局長。覚えていただいて光栄です」

「なるほど女みたいだな。平助より可愛い。お稚児さんみたいだ」

「れっきとした剣士です」

「すまんな。噂ではそう聞いたのでな」

 芹沢がこれから行く見回りに、愛次郎を誘った。

「一緒にこい。こちらに同行せい」

「こちらと行っても」

「これから見回りに出る、ついて参れ」

「え、いま、稽古中で・・・・・・・」

 師範代を務めている斎藤が成り行きを見て「構わんよ。行きたまえ」と許す。

ならばと、羽織と刀を持ち、芹沢の見回りに加わる。

「なかなかいいですね。馬詰親子といい。色男ぞろいだ」

 一緒にいる美男子の馬詰馬詰柳太郎と馬詰信十郎の横に行き愛次郎は挨拶する。

「そうだな。いい男は。こっちに回せ。見回りも映えるというもんだ」

なんだか芹沢局長派閥を増やそうという目論見か?愛次郎を巡回に同行させた。



 最近は近藤たちの浪士組と芹沢局長の浪士組として分かれが強くなっている。

近藤局長の浪士組は会津藩が望む通り、市内警護、不穏な志士の取り締まり、暴行などの鎮圧で地域を見回り循環しているが、こちら芹沢局長と言ったら完全に見回り巡回には参加せず、勝手にうろつき、両替所や大店、そちらに警護、確認と称してうろつき回っている。

 だいたいが大店の店内と、その周辺の見回り。

たまに店を覗きに入り、「変わり無いか」と聞き、「ご苦労様です」と、いくばくの金をこずかいで貰う。そんな具合の見回りだ。

それでも芹沢の威厳。不意に現れる意外性で、浮浪志士の動きを封じていることもあるので、あながち捨てたものでもない。


 呉服橋から三条の橋に向かい巡回。

この辺は、壬生浪士の巡回地域ではないのだが、芹沢は勝手気ままに歩く。

巡回中に、八百屋脇を通り通過すると、中から店先にアグリが出てきて挨拶する。

「こんにちは、壬生浪士組様。お世話になっております」

「アグリだめだよ。仕事中だ」

 隊列にいる愛次郎がアグリを戻そうとする。

「お、これは可愛いお嬢さまだな。声援すまぬ。誰かな?知り合いか」

 目ざとく芹沢が見つけ、近寄ってくる。

「前にそちらの佐々木様に、色々と助けていただいてるものです。こちらへの巡回は初めてお見かけしたので、挨拶だけでもと思いまして」

「こちらの八百屋の娘ごか、佐々木とご懇意か。なるほど」

 気狂いが興味を示している。馬鹿だな。目をつけられおった。

「愛次郎。こちらの可愛いおじょうさんを紹介して貰えるか?」

「はい。こちら京都守護職・会津藩松平容保預かり壬生浪士組筆頭局長・芹沢鴨様。こちらは八百選の娘、名をアグリと申します」

「そうかアグリというか。是非とも一献飲みたいものだ。愛次郎、近日中に段取りをつけておいてくれ」

 やられたな愛次郎。それが目的だったのか。




 思うに芹沢は誰かに、アグリの話を聞きつけていたのだろう。

壬生寺まで来ての逢引き。アグリのあの可愛さ故に知れ渡るのは簡単だ。

芹沢としては単なる噂の美人を見ようと、佐々木を自分の派閥に引きずり込んだのかもしれないが、アグリのあまりの綺麗さに、すかさず愛次郎を絡める方法をとった。

 「一献飲みたい」だって?それで済むわけはない。

この前の菱屋の手代の代行で、返済催促に来ていたお梅を手篭めにした。誰も来ないように平間に見張りをさせて、八木邸で犯したのだ。

花柳病(梅毒)のせいで、女が寄り付かない。今は奪ってでも手に入れるしか芹沢には残されてない。

菱屋のお梅。そして次の獲物が八百屋のアグリ。芹沢の女あさりが始まったのだな。


 とにかく「一献」段取りを取れと言われたので、愛次郎はアグリと飲む場所を設けた。

 誰もが、芹沢の企みが判っているが、下手に愛次郎に忠告して、とばっちり受けるのが嫌で、誰も何も言わなかった。

 場所は角屋。小さめな座敷に小人数で飲みを始める。

参加は芹沢と愛次郎、そしてアグリの他に、芸子と舞妓。そしてなんと拙者を呼んだ。これはアグリのたっての願いだそうで、知らない人ばかりの所は恥ずかしいので嫌だと断ったそうだ。

それでは愛次郎の立場が危ういということで、一度、会ったことある拙者を同伴させるということで成立させたそうだ。

「断ろう」

 そう思ったが、しかしそれを芹沢が許さない。

「佐伯が来なけりゃこれが流れる。拙者はこれをすごく楽しみにしているのだ」

と、芹沢が拙者の横を離れてくれず、見張れて連行されるように、そのまま角屋に来てしまった。

 まあ実際は、これはこの後どうなるのだろうという野次馬根性もあり、自分は関係ないので、少し成り行きが楽しみであった。


 角屋に着くと、もう愛次郎もアグリも来ていて、芹沢が来たら上座を勧めた。

「いや今日のお客はアグリだ。上座に座られよ」

「それじゃあ、かないません。どうぞ上座に」

「ならば一緒に座ろうではないか」

 アグリの手を引き、同席する。

 酒を飲み、舞を見て、時は過ぎていき、そろそろアグリがお暇を申しあげると、

「何をもうす、夜はこれからでござるよ」

「しかし明日もござるうえ、拙者も隊務があるのでこの辺で・・・・・」

 愛次郎もアグリを帰そうとするが、

「おい、佐々木。主は本当にその言葉を申しておるのか?」

 芹沢の声が変わった。

「すみません。拙者も、もう少しいます」

「そうだ。その方がいい。本当に愛次郎はさっぱりだ。・・・・・どうだ。アグリは愛次郎を幹部にしたくないか?いまのままじゃ伍長になれるかどうか。・・・・アグリ、今宵わしと一回、・・・・どうだ?一回だけだ。それで愛次郎は幹部に登る、悪い話じゃないだろう」

「私・・・・」

 アグリが口ごもると、愛次郎が芹沢の前に来て、土下座をして頼む。

「申し訳ありません。それだけはお許しを」

「なんだ佐々木、拙者はこちらのアグリ殿に聴いておるのだぞ」

「申し訳ありません、アグリは拙者の許嫁です。なにとぞお許しください」

「おまえに聞いているのでは無いわ」

 お膳を土下座している愛次郎にたたきつける。

酒や肴でぐちゃぐちゃんに成りながらも

「ひらに、ひらに、お許しを」

 と、謝り続ける愛次郎。

芸子たちは、無言で透明になるかのように固まって気配を消す。


 酒の席では刀を店に預ける。芹沢は立ち上がり、愛次郎の頭の前に立ち、唯一持つ武器の鉄扇で殴り殺しそうな勢いのため、拙者が止めに間に入った。

「私闘は禁止です。私闘、するべからずです」

「拙者を止めるのか?」

「うぐ」

 こちらの肩口を鉄扇で殴られた。

それで状況を察して、アグリも芹沢の脚にすがる。

「おやめくださいまし芹沢どの」

 そこでついに芹沢が爆発する。


「出ていけ」

 アグリを蹴る。

「ここから出て行け。おまえたちの顔をみていると酒が不味くなる」

 拙者は、芸子と舞妓に舞うようにいい、アグリと、愛次郎を掴み部屋の外に。

「今、出ろ。とにかく出ろ。これ以上、芹沢殿を怒らせるな」

 と帰す。そして部屋に戻ると、芹沢が笑っている。

「いい女だ。貞節もある。益々気にいった」

 倒れてない徳利を掴み座り込んで酒を飲み始める芹沢。

拙者をそばまで来るように呼び、酔っているのか、狂っているかわからない目で、拙者の目を覗きこんで言う。

「なんとかしろ。やり方は構わん。アグリを連れて来い。いたぶってやる」

 怖い目だ。合わせるのも怖い。

「拙者にはなんとも。」

「どうにかせい」

「・・・・・(断れない)」

「愛次郎。あんな男は殺しても構わんぞ。切ってしまえ。そしてアグリを連れて来い。いいな佐伯」

「・・・・・・はい」

 気狂いだ芹沢は。

どうする?手伝わないと拙者もやられてしまう。今の狂った芹沢に逆らえない。

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