第13話 斎藤の語りー6 虎徹
「研ぎが終わったそうです」
研ぎ師 源龍斎俊水から八木源之丞さんに連絡があったそうだ。
「拵えはどうするか聞いてきましたよ」
「前に山田一郎を頼んだ時と同じでお願いします」
「はい、仕様書ありますので送っておきます。それで鞘も同じで?」
「はい。漆黒のニスで。できるだけ暗闇で見えない方がいい」
差し量の長さを計らせたくはない。それで間合いを読む奴もいる。
「判りました」
そして三日後に取り来てほしいと返事がきたので、清水通りの三十三間堂向かい、八木さんの紹介の研ぎ師 源龍斎俊水の所に行く。
こちらが着くと、微笑みながら源龍斎が迎えてくれた。
名前からすると年輩かと思ったが、若い師匠で、忙しく精力的にこなしているようだ。
「最近、特に忙しいです」
攘夷志士も頻繁に研ぎに出しているのだろう。
「それでお預かりしたもの、こちらになります」
渡された刀は無駄のない実質的な作りになっている。自分好みの拵えだ。
しかし鍔が思いのほか大きめだった。
「たまたま、良いものが見つかりまして。お気にめさなかったら変えてください」
蛇が3匹、回りながら刀に向かって進むように円になっている鍔。やや大きめで分厚い。
普段の持ち物なら、薄くて小さい方が好きなのだが、これは何故かこの刀を見た時から、しっくりしていると感じていた。
「良い鍔だ」
この鍔が、刀を守ってくれているように思った。
「これはいい鍔です、ありがたく使わせていただきます」
「拵え自体は、お手持ちと変わらないですね」
こちらの、つけている刀を見て源龍斎が訪ねてくる。
「この落ち着いた拵えが好きなんで。・・・・・・よろしいかな?抜いても」
「どうぞ。ご自由に」
渡された刀を鞘から抜き出す。
「素晴らしい良い研ぎだ。刃文といい。肉厚といい・・・やはり・・・」
「とても良いものです。研いでいるとき、現れてくる姿に感動しました」
「なら、これは・・・・・・それで銘は?なんとありましたか?」
首を振る源龍斎。
「無銘です。名前が無いのです。不思議なことに誰も削った形跡がないのです。盛り 打ち直しとかもなく、最初から誰もしなかったように綺麗にありません」
「判別が出来ないか」
「・・・・・・しかしこれは斬れます。見ただけでわかります。刀を扱うものとしてわかる。ですから細かく拵えをお聞き直した次第で」
なるほどそういうことか、無銘だが素晴らしい刀。これは拵えの扱いに苦しむな。
「ためしに切って見ますか」
「ああ是非ともお願いします。」
これは斬れる。絶対に斬れると刀、自身が言っている。それが見たい。
「こちらへ。・・・・・・首の硬さにしてあります」
裏に出ると竹を藁で包んだものが重ねて置いてあり、その一つを取り上げ、地面の穴に差し立てる源龍斎。
俺は抜き身のまま、そちらに移動し、竹の前に立ち、正眼から上段に上げて、
「ぬん」
と落として当てる。斜めに刀がストンと当たり、何事もなかったように切れる。
「力を全く入れてないのに・・・・・・」
斬れる。間違い無く切れる。凄まじい。やはりこれは・・・・・・
「虎徹?」
「多分。それも出来は最上級品。千両刀と呼ばれるものに匹敵するとおもわれます。ようございましたな。朽ち果てず再び世の中に出て来れて」
俺の持つ刀に話かけるように話す源龍斎。
刀を鞘に戻し、腰に刺す。数回抜き打ちをして見る。
新しくて柄巻きの紐が手に馴染んでないが、刀の抜けが良いことは判った。
少々、手の中の編んだ紐が握りを拒絶しているが、振っていくうちに手になじむだろう。
やはり刀が来るとなると、気持ちが昂る。
八木邸に戻ると、八木さんを見た途端、嬉しくなって呼び止めてしまった。
「嬉しそうですね。いいことありました?」
「刀が研ぎからあがりました」
「あ、例のやつですね。見せてもらえますか?」
「勿論、真贋していただきたい」
蔵の部屋に行き、八木さんは刀の手入れの道具を出す。
口に和紙をかみ、息を出さないようにして、こちらの出した刀を鞘から出す。
そして口の和紙を手に持ち、今度は手の油が付かないように、刀を乗せる。
「綺麗な刃文です。あれ・・・・・・これはこれは、もしや」
「わかりますか?」
ひとしきり見て微笑む八木さん。
柄を持ち替え、前から後ろから光の反射具合いなど見て嬉しそうにしている。
「そうですね。長さは短いですが・・・虎徹」
「やはり、そう見ますか」
「銘はなんと?」
「ありません」
「銘柄ない?珍しい。削られていたのですか?」
「いえ、先から刻印されなかったのではないかと研ぎ師の源龍斎殿は言っていました」
「嘘でも打ってしまう世の中なのに、それがないとは」
「平助は、それが罠じゃないかと言っています。目利きと自負している奴を騙すために」
「私ですね。まんまと騙されてしまいます。わははははー」
「そんなもんでしょう。商売人じゃないのだから」
「素晴らしい。今まで見てきた虎徹の中でも一番・・・・・あ、失言です」
「わかります。そこに引っかかって躊躇したのですから」
「まあ素人目利きの見立てで、あえて言わせて貰えると、これは初代トラの方ですね。それも抜群の奴です。しかしこれが泥棒市にある。侮れないですね」
「古物商で錆だらけの状態でした。ここまで来られたのも源龍斎殿の研ぎの力です」
「いいものを見つけましたな。素晴らしい」
「八木さんの眼福のお陰です。ええ、使うのが楽しみです。それで頼みがあります」
「なんでしょ?」
「この刀。虎徹かもしれないけど、みんなには黙っていてください。知れたところで誰も喜ばない」
「まあそうですね。・・・・・・わかりました。言わんときましょう。しかしたまには見せてくださいね」
「ええ、勿論」
長曽弥虎徹、無類の剣。切れると有名だった剣の一つで、凄く人気があった。
あまりの人気のため、偽物が出回り「虎徹を見たら偽物と思え」という言葉があるほど、誰もが虎徹の偽物を持っていた。
虎徹は個人名ではなく団体で・・・・・・初代、2代目、5代目、7代目と南部鉄の鍋釜などで一度使用したことがある鉄を溶かして刀に混ぜて使ったという所から、名前を「古い鉄」の音を取って「虎徹」と命名した。
「この虎徹を使いたい」
しかし、そういう時にかぎって、不逞浪士と当たらない。
毎日、そんな志士が暗躍しているはずもなく無闇に喧嘩を吹っかければこっちが不逞浪士にされてしまう。
続いて永倉さんが隊列を組み、祇園方面の見回りに出動する。
そこに混じって、隠れて後についていくと、永倉さんに振り返られて見つかる。
「あれ?ハジメ、さっき島原方面の見回り当番に出てなかったか?いま、休憩だろ」
「何もなく終わったので俺も連れて行ってください」
「それは構わんぜ。腕が立つ奴が多い程、こちらは楽だからな。何か手柄が欲しいのか」
「いや、そうではなく・・・・・」
まさか剣が使いたくて、人斬りがしたいとは言えない。
「血が・・・血がたぎるのです」
「ガキが。女を抱け、ハジメ」
笑う永倉さん。
そりゃあそうだが・・・しかし思うに、俺は、「死」と「女」はつながっているような気がしている。
隊務で志士と遭遇して人を斬ると、女を無性に抱きたくなるのは事実だ。
前に原田さんが「血を見ると女を思い出す」と言っていたが、俺は人を殺すと、また世の中に、人を補充するため、タネを巻きたくなる気がする。精を吐き出したくなるのだ。
無論、人間が生まれるのは10月10日の期間が必要なので、そんなことで生と死の釣り合いなんか取れるはずないが、出したくて無性にいきり立つ。
「壬生浪士様、おねがいします」
祇園を歩いた永倉隊は、今日は暑いので鴨川の横で水分を補給の休息をしていると、呉服屋の手代が走ってきた。
今、自分の店に『壬生浪士』と名乗る者が来ていて金を無心している。浅葱色の羽織を着ていないので本物どうか分からないそうだ。
もしかして芹沢派閥かとも思ったが、鴻池の時のあと隊士たちには「私的に金策するべからず」と伝えてあるので、安易にしないはずだ。
ならば多分、偽壬生浪士組。
最近、壬生浪士組の噂は、知れ渡っているので便乗してくる奴がいる。その類だろ。
「行くぞ。草攻撃剣の順番確認。隊列作れ。行くぞ」
永倉さんは隊長として動く。俺は途中合流なので伍長に混ぜてもらう。
五条通りを入り一本下がった所に着くと、偽物壬生浪士も勘付いたようで店から出て逃げ出そうとしているところだった。
浅葱色の羽織が走って来るので、バレたとわかったのだろう店前から慌てて逃げ出す偽物の浪士たち。
俺は足が速いせいか、一番についてしまったので、
「手前の奴を囲め『乱応剣』。奥は俺が追う。俺の後ろの奴はそのまま付いて来い」
「はい」
そう指示を出し、一番に逃げた奥の奴を追うことにした。
逃げている奴に追いつき抜刀する。
右手で柄の最後の部分の頭を掴み、長く使えるように持つ。追走して接近し、剣の間合いまで近づいたら、走りながら横払いで殴り打ちをしてみる。トンと相手に届いた感じがした。
途端、血と腸が道に散乱して男は倒れた。
「えー。ただ当たっただけだぜ」
やられた方は何が起きたか分からず、のたうち回っているし、やったこっちも実感なく、ただ呆然と見つめてしまった。
「凄まじいほどの切れ味。虎徹というのはこれほど斬れるか」
追いついた隊士に、
「苦しむようなら、とどめを刺してやれ」
と後を頼むと、店の方に戻る。
店の前では残った奴を隊士たちが囲い、相手の戦力を奪う「乱応剣」で囲っている。
永倉さんが見ている班はもうすぐ仕留めるだろう。いくつかある囲みの一番元気な奴がいる所に助太刀に行く。
ここの奴は、右へ左へ流れて逃げ回っているため、囲みが固定しておらず、右に左に揺れている。
「俺がやる、脇を固めてくれ」
周りを囲み少し締めて、逃げられづらくする。
その中に入り、抜き打ちを試す。
刀を鞘に入れ、腰を落とす。向こうも抜き打ちとわかり身構える。
「行くぜ。覚悟しろよ」
手首を柔らかく、抜き打ちできるように鍔もとを軽く握り、足腰はしっかりと踏みしめ抜刀の構えをとる。
「最高の形で・・・・・・」
ジリジリすり足で向かうと、刀を振り上げ奇声を上げて、走りこんで来る志士。
「ハジメ、抜け」
突っ込んで来るのに少し遅らせて、左手で鞘をとばし、少し屈んだ腰を上げ、その反動で刀を横にナギ払う。
志士の上段からからの打ち込みと俺の横の攻撃が交差する。
血が飛び、志士の胴体が切れる。
勢いで腹がズレるが、あまりの早さで斬られたため、中から内臓が出てこない。
志士は斬られたことが解らないらしく、俺の体を過ぎて振り返った。
しかし、そこで出てきた内臓を見て、驚きのあまり力尽き地面にへたり込む。
「凄まじい切り口だ。お見事」
鮮やかすぎて、ついお見事と言ってしまった永倉さん。
斬った刀をくるりと回し、着いた血を飛ばして、目の前に刀を持っていき、刃をみる。
「斬れる。凄まじい。まるで刃こぼれもしてない。傷さえもない。これは斬れる」
志士たちは、ほぼ乱応剣で打ち取れて鎮圧できた。永倉さんは、奉行所に知らせに行かせる。そして俺の所にきて聞いてきた。
「刀変えたのか?」
「ええ、無銘の雑多な刀ですが」
「凄まじい切れ味だな、怖いくらいだ」
「ええ、俺も驚いている次第です」
「ハジメ・・・・・・目が怖いぞ。殺気がすごい。暴れ馬の目だ。正気じゃない」
「確かに人が斬りたい。辻斬りの気持ちですね」
「キチガイか?やめておけ」
「この刀で斬って、斬って、どれだけ斬れるのか見てみたい」
「宮本武蔵にでもなりたいのか?戦国時代じゃないのだから。人斬りになっちまうぞ」
そうだな。それは単なる人殺しになっちまう。
でもこの刀で何人切れるか、もしやれるなら試したいと思わせるぐらい斬れる。
「得てして大体こういう時、へまをやらかすものだ。確認せずに切りかかったり、深追いして反撃を食らったり、ろくなことが起きない。気を付けろよハジメ」
永倉さんはそう言って、俺の背中を叩いた。
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