第15話 斎藤の語りー7 剣の魔力

 月の明かりを背に受けて、相手に近づく。相手は何処かに隠れている。

うかつに明かりを持って歩くと,相手がそれを狙って飛び込んでくる。

こちらも暗闇に進み、体を隠す。

耳だけがたより、あとは漂う匂いを吸いながら、空気が揺れるのを探して、そのまま、音もなく進んでいく。


 路地奥。暗くて判らないが刀を振り上げた時、必ず月の明かりを受け光る。

いや光らないまでも何か動くものが見える。それを逃さぬようにゆっくりと歩みを進める。

光った。

半歩下がる。

風が通り過ぎる。相手の刀の振られた風が流れる。

その風に虎徹を当てる。

向こうが勝手にぶつかって来て手応えを感じる。

「ぎゃー」

カタナを握った腕が地面に転がった。

もう相手は見えた。真っ暗闇でも動くものは見えるのだ。いや見える気がする。

横に払うと手応えあり、そしてそこを軽くトーンと突く。

悲鳴と感触で致命傷を与えたのを感じる。

こちらに倒れてくるのを感じ、横に払う。何かが分断された。

血と肉の生温かい匂いが漂ってくる。

「明かりを持て」

路地に入る手前にいる隊士を呼ぶ。

提灯を持った隊士が、地面を照らすと、腕と首を半分切られ絶命している志士が横たわっている。

「見分を頼む」

 そういって路地を出ると、驚かれる

「どうしました?やられましたか?」

「いや」

 店灯りの明るい所で見ると、相手の返り血を浴びて、自分は血だらけになっていた。

「これはまた。・・・・・・屯所に戻る」

「はい」

 路地に3人残し番所に届け、あとは一旦、壬生八木宅へ。


 最近、芹沢が八木邸の入り口に『壬生浪士組・屯所』という看板を掲げた。

そのため、みんな屯所と呼ぶが、当主の八木さんにしてはいい迷惑だ。

壬生浪士組となって、やっと出て行ってくれると思っていたら、なんと屯所にされた。そして向かいの市川邸など、全て召し上げられてしまった。「いつまで続くのだ」と思って悲しくなったろうと予想できる。


 井戸で水を浴び、血やら汚れやらを落とし、久しぶりに八木さんを訪ねた。

「こんばんは、お邪魔ですかな」

「これはこれは斎藤様。どうぞどうぞ大歓迎ですよ。ご活躍、お聞きしていてますよ」

 やはり八木さんは蔵にいて、新しい隊士に新新刀・山田一郎を渡し、説明をしていた。

「何か、珍しい品物でも入りましたか?」

「残念ながら、それ何処でありまへん。最近戦闘が増えまして、刀が何本も折られてしまって、その確保が大変なのです」

 そういえばそうだ。長州の浪士がとても増えた。どこに行っても長州藩士だらけ。そして居酒屋で聞く話は、討幕の話ばかり。

 非番の状態でも聞くが、なんせ討幕の話だけなので取り締まることは出来ないが、京都の町は今、異常な熱に動かされ始めている。

「どうですか?久しぶりに無銘さんの姿もみたいですね。どのくらい使用されました?」

「忘れました。数えていると、嫌なことまで記憶に刻みこんでしまいますから」

 俺は微笑んで、鞘ごと八木さんに預けた。

八木さんは握って構え、鞘を引き上げるようにして抜く。

「噂のご活躍具合と、これを見比べると、それほど痛みはないですね」

「はい。俺も驚いているんです。もうかれこれもう10人は斬っているはずです。数えてないですけど。ハハハー」

 それでもよく見れば刃こぼれはある。しかしこの綺麗さは尋常ではない。

「斬れますか?」

「斬れます。相手に当てるだけで、すーっと食い込んでいきます。まるで力を必要としない。刀の重みだけで入って行ってくれます。魔剣といってもいいじゃないですか」

 そう今の奴だって、勝手に向こうがぶつかって来て、斬られてくれた。

「なるほど魔剣・虎徹と言われるだけありますね」

「あ、これ、無銘刀ですから」

「あ、そうそう、そうでした。泥棒市の拾い物でしたね。・・・・・・しかしこれは何故に銘を打たなかったのだろう」

 そう、それは俺も気になっていることでもある。

「一本一本、丹精込めて刀匠が作るので、無銘なんてことは普通、起きないことなんですよね」

「これには名前が無い。・・・・・・真似た偽物かもしれません。しかしこれは見て何かを感じました。・・・・・・そして使ってみるとこれが切れる。どの刀より、強く固い。・・・・・・・この前、平助がいっていました。上総介兼重。これは俺自身。俺が藤堂平助であるという証明だって。俺は使ってみて確かに、俺はこの刀を求めていたものだと判り、この切れ味に驚いています。・・・・・もしかしたら平助が言っていたこれが俺の刀で、「この刀」が斎藤一だという証明になるのかなと思い始めています」

「よろしですな 。それは刀も喜びはる」




 翌日の夜見回りは永倉隊長が率いて祇園に出たので、そこに伍長で加わる。

「最近出ているな?働きすぎだぞ。褒美、欲しさか?退治して手柄を立てれば功労金が付く。その金でどうする?女を買いに行くのか?それともいい女できたか?」

「いえ別に」

「なんだつまらん。沖田とハジメは女の話が出ない。たまには女を抱け」

 夜の花街は、人が集まってきて往来を行き交う。祇園さんが終わったので人の量は減ったが、最近、長州藩士が、すごく多く京に上がってきているため、盛り上がっている。

「平助はどうしています?」

「あいつは心配ない。酔うと見境なく口説くから何処かでやっているよ。可愛い顔しているから女も許す。徳なやつだよ」

「そういう永倉さんはどうなのです?」

「いま、いい女がいてな、口説こうかどうしようか、悩んでいる」

「永倉さんは純情で奥手ですからね」

「心外だ。おまえのような奴に言われたくない。・・・・・・・そういえば最近の芹沢さんことを知っているか?若い女の尻を追っかけ廻しているらしいぞ。それも人の女だ」

「菱屋の女房ですか?もう食べてしまったって聞いていますけど」

「あれはまだ咥えたまま、別口だ。もう一人食べたいということだ。それも隊の許嫁を横恋慕して手に入れようとしている」

「貪欲ですね」

「そうだ佐伯に聞いてみろ。詳しく聞けるぞ」

 あ、そういえば佐伯と話をしてないな。同じ聖徳太子流から加わったのに、向こうは勘定方になってさっぱり会わなくなった。うまくやれていると思うが、いささか身勝手な奴だからな。


 どこかの店で大声が上がった。喧嘩だ。

永倉さんは、声のする店を特定、店前に着く。簡単な居酒屋だ。ただ座って飲む店だ。

「すまんな。喧嘩か」

永倉さんの命令で島田魁という隊士が、聞きに入った。

「拙者、京都守護職・会津藩松平容保預かり、壬生浪士組・島田魁と申すもの。詮議のため藩名と名前をお聞かせ願えるか」

「壬生浪士組・・・・」

 喧嘩がやみ、喋り声が消えた。

けっこう壬生浪士組の名前が浸透し始めている。壬生浪士組と言われただけで、逃げる奴もいる。

「どうした?返答なければ、番所まで同行願うぞ。外に出てもらえるか」

「・・・・・・・・」

まだ出てこないので、『草攻剣』で、突っ込む順番の隊列に、永倉は変える。

「待ってください。お店では困ります。すみません旦那様方、一度、外に出てもらえますか。お頼み申します」

 そういわれて侍が2人、店から出てきた。俺は鯉口を斬り、抜刀の構えで待つ。

「おい、ハジメ待て。詮議が先だ。斬るなよ」

 その言葉で、怯える侍たち。

「再びお聞きする。拙者、京都守護職・会津藩松平容保預かり、壬生浪士組・永倉新八と申すもの。詮議のため、藩名と名前をお聞きしたい」

 藩名はさっきの喧嘩している時の言葉の訛りで長州藩士ということは判っている。まあ脱藩しているかどうかは判らないが。

「お答え出来なければ、番所にご同行いただきます」

「・・・・・・なぜ、行かねばならぬ」

「言い争う声が聞こえましてね。言い争うは何が原因ですかな」

 これも討幕の話であったのは明白。

「・・・・・・そちらに関係ないこと」

「斬りましょう」

「ダメだハジメ。おいそこまでやらなくいい。それじゃ人斬りだぞ」

永倉さんが止める

「緩すぎます。奴らは討幕の話をしていたのは明白で」

「気をしっかり持て。おまえおかしいぞ。そんなことだけで人を斬ってちゃ、京都の半分、殺さなきゃならねえ」

 こっちが揉めていると感じ隙が出来たと勘違いした二人は、いきなり走って逃げだす。

 俺は反射的、打ち込んだ。

逃げている侍の背中を、大きく斬り、相手はのけ反って倒れた。

「やっちまいやがった。囲め。『乱応剣』で打ち取れ」

 永倉さんは命令をしながら、俺の斬った奴の止めを刺す。

「逃亡を図ったもので打ち取り。生かすな。止めをさせ。喋すなよ」

 そしてもう一人もすぐに仕留める。

「どうしたハジメ。あれぐらいで決めるのは早いぞ」

 刀の血を拭い、鞘に納める永倉さんが、聞いてくる。

「俺は剣で手柄を立てるしか取り柄が無いですから」

「一体、何の話だ?」

 あ、そうか、この話は佐伯と将来について話し合った時の話だ。




「凄いな。こりゃまた」

血だらけの俺を山南さんが迎えてくれた。

「ハジメの羽織は洗っても洗っても、追いつかない。そのうち青と赤で緑の羽織になっちまうな」

殺戮の後のすがたを笑う山南さん。

「ハジメ。あまり人を斬るな。捕獲して斬らずに済ませてもいいのだぞ」

「仕方ない事です。俺たちは見回りですから」

 永倉さんにも言われたが仕方ないことだ。斬らなければこちらが斬られる。

俺は井戸端に行って、羽織と着物を脱ぎ、頭から水をかぶった。

流れる水が赤い。髪の毛や脇とか耳とかに入った返り血が出てきて流れていく。

「ハジメ、おまえは人殺しになるのか?」

 山南さんは手ぬぐいを渡し、なおも話し続ける。

「人殺しには二種類いてな。人が怖くて殺してしまうやつと、人殺すことが楽しくてやってしまうやつだ。人が怖くてする奴は、自分に自信がなく、人に会うことさえ怯えて、とにかく自分を強くしたくて勝負する。そして自分を高めようとして生き、とにかく勝負を繰り返し、そして殺す」

 山南さんは、何が言いたいのだ?

「そちらはまだいい。始末に負えないのは人を殺して、自分が優位になったことを喜ぶ奴だ。こいつは誰もいいから人を殺す。人が苦しむのや痛がることによって自分の快楽になるからだ。とにかく人を殺したい。いつもそう思っている・・・・・・・ハジメ。お前はどっちだ?」

「いえ、俺はどっちでもありませんよ。人を斬るのは単なる仕事ですから」

ふう、溜息をつく山南さん。

「まあ、いい。どっちであっても。ハジメはハジメだ。同志だからな」

 そういうと背中を叩いて、去っていく山南さん。

「違うのだよな。俺は剣で生きてるだけなのだよね」

 見送りながら、心ではそう思っていた。


 俺は剣を使う。すなわち人を斬ることになる。だから必然的に人斬りになってしまう。そこに自分は存在しない。喜びも悲しみも存在しない。ただ剣がある。それだけ。

 みんな俺が変わったというが、より理解したというほうが正確な気がする。

他の人のように、その場の感で緩めたり厳しくしたりするのは単なる個人の感情で、とてもあやふやなものだ。

そこに無理矢理、勝手な基準を作り、その場の判断と称して変えて対応する。それはおかしいと思う。

 俺だって相手を殺すことは良いことではないと思っている。相手にも子供が、親が、兄弟がいて、悲しむことを知っている。しかし戦いにおいてそれは必要ない。

「意志をもって俺たちはあたる。相手を殺す戦いなのだ」

これが最優先。それでなきゃこっちが斬られる。戦いとは単純でなくてはいけない。



 体を洗って着物を着ると、八木さんと会った。

「斎藤殿、ちょっとこっち。いいですか?」

 八木さんに呼ばれれば二つ返事でついて行く。しかし今日は蔵ではなく、茶の間に案内されて、刀ではなくお茶とお茶菓子が出てきた。

「斎藤殿、面白い話を聞いてきました。お持ちになっている無銘刀の話です」

「お、それは興味深い。銘が解ったのですか?」

「いえ、その刀の銘はわかりません。それより知ったのは銘を掘らない刀が、あるということです。これはとても珍しいもので、ほぼ世の中に出ないものです」

「面白そうな話ですね」

 あまり甘い物は食べないが、お茶菓子を戴いた。

「奉納刀というモノがあるのはご存知ですよね?」

「はい神社仏閣に納められて魔除けや神事やお清めにときに、悪を斬る。役を斬るための刀です」

「そうです。あの奉納刀。製作されるとき、必ず二振り作るのはご存知か?」

「いえ、聞いたことありません」

「神に奉納するためには最高の物を作らなくてはならない。無論、斬れることは当たり前で、綺麗で美しくなくてはならない。そのため刀匠が選ばれて製作するのですけど、製作は時の運。火の具合や配合の問題。打ち子の問題とか、同じものが二つ出来ない。だから最高の物を目指すため二振り作られている。そしてその二振りを吟味して選び、良い方を選ぶ。選ぶ基準はただ切れればいいとか、美しいだけでいいとか単純なものでなく、刀匠が吟味に吟味を重ねて、一本選ぶ。そしてその一本に名を刻み、奉納刀にする」

「とすると、もう一本は?」

「そう、破棄されます。もともと刀は人斬りのもの。一つは神の刀として行く。ではもう一本はというと、反対の業とか欲とか悪いものを全部しょって潰される。それで終わる。そこまでが奉納刀の製作です。当然、破棄されるその刀に銘は打たれません。元のように潰されて、鉄の塊に戻されてしまいます。・・・・ですが、もしそのもう一本が破棄されずに残されてしまったら?なんかの原因で紛失してしまったら?」

「銘のない本物の刀が存在する」

「斎藤殿、これはあくまでも銘のない刀が存在する可能性の話です。あの刀がそうだと言いません。でもこういった具合で存在する可能性があります」

 嬉しそうにニコニコと微笑む八木さん。

「非常に面白い話、ありがとうございます」

 お茶を飲み干し立ち上がった。

「潰されるものだから、銘はない。もしそれを誰か、哀れに思い残したら・・・」

 手に持つ虎徹に似た刀を見つめる。

「しかし表に出られず、人知れず、誰にも見つからずに密かに生きる。朽ち果てる時を待ちながら。・・・ならば、おまえも可哀そうな奴なのかもな」

 玄関まで来ると、ちょうどその時、永倉さんの班が戻って解散し、次に島原方面の見回りに出る平助の班が出ようとしていた。俺はそこにも参加させてもらうことにした。



 島原、時も遅くなって、人通りが減って来る。

暮れ四つ亥の四つ(夜10時半過ぎ)花街なので、人通りはなくなりはしないのだが、店も閉まっていくので、帰る芸妓たちも足早に帰路を急ぐ。

 しかしここいら刻限から、泥棒、強盗、辻斬り、暗殺の時間になる。

隊務としては、こんな遅くまで見回りをしなくても良いが、隊長の決めた巡回なので、今は平助に行動は任せされている。

「ハジメ。本当に大丈夫か?」

 辺りを警戒して歩いていると、平助が並んでくる。

「おまえ昼からずっと、出てるじゃないか。気が狂ったか?」

「なんだ仕事しちゃいけないのか?」

「別に構わないのだが・・・・・・刀を変えたときから、おかしいな。何人斬った?」

「数えないことにしている。別に誇る訳ではなし。供養出来る訳でもない」

 所詮死んだ人間は戻らないのだ。考えるだけ自分の負担になる。

「おまえ、もしかして・・・・・・ハジメは死にたいのじゃないだろうな?」

「なんだそれは?何故俺が死ななきゃならない?」

「そうだよな。・・・・・・だがあまりにも戦いの中に自らを追い込んで行くから、もしかしてと思ってな」

「それは逆だ。死にたくないから殺すのだ」

そう俺はただ仕事をするだけだ。本当にそれしか考えてない。

だが他人の行動が、自分が理解できなことの場合、勝手に解釈をつけ、心を収めたがる。「おまえは人殺しか?」「こいつは死にたいのか?」と。




 清水寺まで着いた所で、巡回を終えて屯所に戻る指示を平助が出した。

「今日の仕事は終わりだ。屯所に戻って解散」

みんな何事もなく、安心して無事に済んだことを喜び。隊列のまま、帰路につく。

帰りながら隣の平助が言う。

「俺は人が死ぬのが嫌だ。その中でも一番嫌なのは仲間が死ぬことだ。・・・・・江戸地震で習作先生が死んで、火事で藩邸が燃えて、みんなみんな死んでいった。昨日まで笑っていた奴が目の前で死んでしまったり、急に居なくなってしまったり、そういうのが、堪らなく嫌だ。ここ京都に来てもう半年になろうとしている。どんどん京が騒がしくなってきた。やりがいはあるが・・・・・・でもここでも、みんな死ぬのか。そう思うと嫌になってくる」

平助の言うものはわかる。だが俺には俺の人生観がある。


 俺は人が死ぬときは運命だとも思っている。そこまでが寿命。諦めるしかないと。

だがそれを終わらせない方法があり、それが技術、練習、稽古だと思っている。

ただ生きるにもコツがあり、飯を食うのも女を抱くにも、そして糞をするのものコツがあり、それを練習して身につけたものが、より上手く生きて、長生きできると思っている。

だがこれは俺だけの思い。他の人には判らんだろうな。



  前から男が走って来た。暗闇に走る男、みんな警戒する。

「旦那がた、すみません。あっしは水取通りの岡っ引きの銀蔵と言います。斬らねえでくだせい」

走ってきた銀蔵は、至急の助けを求めに奉行所に向かっていたが、その途中で俺たちを見かけ、頼み来た。

 銀蔵が言うことには、盗賊が呉服商の大店に盗みに入っているのを同心と二人で見つけ、何とかしたいのだが、たった二人じゃどうにも手に負えず困ってしまった。

 とにかく奉行所に助けを求めて人を集め、すぐに踏み込まなければ、盗賊は店の店員を皆殺しにして逃げてしまうだろう。それを阻止するには、「すぐに応援を連れてこなくては」と急いで奉行所に向かって走っていたが、見ると壬生浪士組の方々が歩いているではないか。

 駄目で元々と思い、とにかくお願いしに、頭を下げに来たのだ。

「どうする?もう帰る道だ。刻も経っている。戻ってもいいぞ」

  平助、隊士を見回し言う。

「これは褒美が出ますか?」

  隊士の一人が聞いて来た。

「さあ、分からん。・・・・・・・どうするハジメ?」

  悩むことはない。

「何処だ。あないせい」

「へい旦那。こっちでさあ」

 俺が歩き出すと、平助とみんなも後を付いてくる。

「褒美がでなかったら、ハジメに貰えよ」

「おー」

平助の班は、捕物に合流する。



「俺は無銘だ。でも斬れる。しかし沖田さんのような天才になれない。ならば、経験を積むしかない。俺には抜刀。達人にはかなわぬが人より早い。これをもっと早く抜く練習をして強くなる。そして掴んだ技は左手一本突き。これで突きを磨き威力を増す。これが俺の生きるための稽古だ」

 自分で自分に刻み込み。これからを生きる。



 着くと、同心が角に隠れて、あたふたと焦っている。

「旦那、壬生浪士組の方が、助けにきてくれました」

「おお有難い。今、みんなが順に出てきているのだ。奉行所の人間が間に合いそうもないので、せめて追跡でも思っていた所だ。拙者はこれからどうすればよろしいですか?」

 角から首だけだして見ると、大八車が停めてあり、店の裏木戸が開けられ、荷物を出している。金箱か、売り物の反物だろう。

「人数は?」

「10人を超える大盗賊です」

「多いな。二人一組で『双龍剣』で、打ち取るだけうち取ろう。逃げる奴は深追いするな。一人で追うな。いいな」

平助はみんなに指示を出す。無言で抜刀するみんな。そして平助の合図で、盗賊団に無言で斬りかかる。

「うおー、なんだ?」

「役人か?」

 俺も走って抜き打ち切り。荷物を積んでいる奴を袈裟斬りにする。

「壬生狼だ。逃げろ」

 構わず逃げようとしている奴の背中に唐竹斬りを食らわす。

「斬れる。まるで大根を切るがごとくだ」

 人肉の油が少しついたが全く濁ってない。綺麗に斬れた証拠。

「虎徹。一本は神の剣として生き、そしてお前は捨てられた。しかしおまえは人を斬るため業を、役を、一身に持って蘇った。ただ純粋に機能を全うするために。・・・斬ってやる。蘇ったお前に血を吸わしてやる。それがお前の宿命なのだから」

 と、口の中で呟いて、虎徹を振った。

 だが・・・あまりにも芝居じみた言い草で、バカバカしくて、つい笑いが出てしまった。

「無銘結構、俺と同じだ」

刀を見ながら大笑いを始める。

三人を斬って、笑いながら四人目を斬りふせる。

「ハジメ・・・・・・」

 平助は何か言おうとしたが、声に出せず見つめていた。俺は笑い声を上げながら、五人目に襲い掛かる。

「ハジメが狂った」

 平助は、見つめたまま呆然と立っている。

そう俺は狂ったのかもしれない。俺はもう刀になってしまったのだから。

神への奉納と別れ、修羅の道に進んでいく刀と同化したのだから。




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