第6話 佐伯の語りー3 新隊士試験

 暇なので部屋で寝転んでいると、平山が迎えに来た。

「おい、佐伯いるか?」

「ハイなんでしょう」

「京に詳しいのは、斎藤と佐伯と聞いた。芹沢局長が呼んでいる。ちょっと来い」

 なんだろう?まあ局長に呼ばれたら行かない訳にはいけない。

しかし芹沢さんは怖いな。威圧感がある。


 部屋に入ると、芹沢さんのほかに、野口、平間さんもいて、座っていた。

火鉢に当たる芹沢さが手招きするので、正面にすわると、

「京都は分からん。京と言うのは、どう言う事だ?」

 単刀直入に聞いてきた。

京?町か人か?まあ、わからない。

でも質問に質問で返すのも失礼かと思ったので、雰囲気を言ってみる。

「そうですね。察しなさいと言う文化です。大体、京の人間が笑って言うことが本音で。泣いて言うことが嘘です」

「あまのじゃくか?」

「いえ、本音をいうのは野暮でしょ。でも伝えてなくては。自分も意地あるので言いたくない。そういうこと察して貰って、うまく付き合いましょうと、言うことです」

「言わずも察すれ、ということか」

 すると横の野口さんも聞いてくる。

「ならば『一見お断り』というのは?」

「知らないで来るな。勉強してから来いということで、紹介者から教えて貰ってから来いと言うことです」

 明らかに嫌な顔をする芹沢。

「不公平だな。他の土地から来た人は困る」

「そうですね。京都で公平にしたら、公家さん達は生きていていけませんからね。 人の上にいることと、人を見下して生きる。そして特権こそが京都を動かしている力ですから。公平には絶対になりません」

「くだらない。そんなもので人の価値が決まるのか。この京都というものは。京ではなく虚というものだな」

 笑って言う芹沢。

そう江戸の人は正直だ。本当の時に怒る。泣くときは悲しい。人の感情はそうだ。しかし京では悲しいことが多すぎるから、それを見せずに笑うのです。・・・・・・まあこれを言っても他の国の人にはわからないでしょうね。


「それで拙者たちは金が無い。どうすればいいか?」

「働いて手に入れるしかないですね」

「何かしなくては金は稼げない。しかし金がない所に行っても金は無いよな」

「はい」

「ならば金があるところを教えてほしい」

 え、どういうことだ?

「金のある場所?ですか?」

「そうだ。京で金のある場所だよ」

「金があるといえば、・・・・・・両替商ですか?」

「よし、じゃあ行こう」

「え?どこへ」

「両替商だよ」

 芹沢にせきたてられ、芹沢、平山、平間、野口と出かけることになった。



壬生村から出て、東へ。

途中から北へ上がると、清水の繁華街に出る。

「それで佐伯、両替商はどこだ?」

「それはあちらです・・・・・・」

「行くぞ」

 暖簾くぐり中に入ると「いらっしゃいませ」の声。

芹沢が、店内を進んでいくと頭を低くして手代がやって来る。

「お武家様、どんな御用でおますか?」

 ジロリと手代を睨みつけ、言い放つ芹沢。

「我々は壬生浪士組と申すもの。ご店主はおるかな?」

「ただいま店主は多用で外出中でございます。よろしければ用件をお聞きしておきますが」

 さすが京だ、手慣れたもの。浪士や志士崩れの対応が素早い。

「この辺一帯は壬生浪士組が、見回りに廻ることになった。その挨拶がてらに寄ったまでのこと。このところ不逞の輩が来るので気を付けるように。もし困るようなことが起きたなら、こちらまで申し出てほしい」

「ご苦労様です」

 手代が数枚の小判を紙に包み、芹沢の横に出す。

それを見ないようにして、受け取り、袂にしまう芹沢。

すげー、これはひどい。ゆすりじゃないか。不逞浪士と同じことを始めた。

出ていく芹沢、みんなその後に続き当然のように歩いていく。

誰もなんにも言わない。どういうことだ?あっけに取られて後ろを歩いていると、

「佐伯、あの大きな店はなんだ?」

今度は、大きな店を見つけ、指さして聞いてくる。

「あそこは大文字屋です。呉服店です」

「そうか」

 そういうと大きな呉服店入って行く芹沢。


「この度、京都守護職、会津藩・松平容保様預かりになった壬生浪士組という。店主はいるか?」

 手代が出てきて対応する。

大きなお店であればあるほど責任者を出さず、下の者を出す。

しかしあまり下の者を出すと、それが判ったお客は怒るので、店はお客の身なり言葉使いで偉い地位のものが出てくる。

芹沢の服装を値踏みして、店内で一番偉い番頭が出てきた。

「揃いの羽織を作りたい」

「それはもうかしこまってございます」

「早急に話がしたいので、来てもらいたい」

「判りました。会津藩・松平様預かり壬生浪士組様ですね。早急に行かせてもらいます」

「それでこれをご縁に。何かお困りのことがあれば相談に乗るぞ。不逞の輩や、天誅組とかの被害はないか」

「・・・・少々お待ち下さい」

 察したようだ。

番頭が顎をしゃくると、手代が近寄り紙包みを渡してくる。それを番頭は何も言わず、芹沢の袖に差し入れ渡す。

「ないか、ないならよろしい」

 袖に手をいれ確認する芹沢。

「近日中に立ち寄れよ」

 と出ていくと、店内では、番頭、手代、丁稚など、全員が「ありがとうございました」と言い、送り出す。

これじゃ天誅組と同じだ、拙者たちは、ゆすりをしに来たのか・・・・・・。


 店を出ると、芹沢は上機嫌。

「これぐらいでいいか。飲もう、佐伯くん。どこか良いところあるかね」

「ならば島原でも行きますか」

「そうだな。案内頼む」

 と、前を歩かされた。そう、これは完全に不逞の輩と同じ行動を我々はしている。



 島原につき、いくつかお店を指さすと、芹沢は首を振る。行ったことがあるらしい。どうやら、あまり行ったことのないところに行きたいらしい。

何件か指をさすが首を振るので、もういいやと有名な場所で「一見客お断り」と書いてある店に入る。

「いらっしゃいませ。どちら様でございますか?」

「京都守護職、会津藩松平様預かりの壬生浪士組だ。いいな?」

 これを大阪言葉なまりで伝えた。すると

「これはこれは会津藩松平様ですか。どうぞこちらへ」

 すんなり通る。

「どうぞ、芹沢殿」

「うん」

「さすが佐伯殿だ。素晴らしい」

 野口が喜んで芹沢の後を続いて歩いていく。

みんな入れたことに驚いている。きっと過去に断れたのかもしれない。


 大体の店は、現金商売を嫌うのでツケで決済するところが多い。

『一見客』は支払い請求が確認とれておらず、ツケを清算できないことを警戒して断っている。

ところが所在がはっきりしていれば、一見であっても入れるところが以外に多いのだ。

 壬生浪士組にについて、江戸浪士組が帰り、残留した武士が京都守護職松平様の預かりになったという情報は、京都では誰もが知っていることだろう。

ゆえに所在がはっきりとしている。だから今日は入れたのかもしれない。


「これでもう一見じゃなくなりましたから、また使えますよ」

 部屋に入って座ると、くつろぐみんな。

「やはり京都を案内する人間は必要ということか。本当に京都は閉鎖的だ」

 文句を言う平山。

みんな断られ、思うように行けずに、窮屈していたようだ。

「佐伯、これを」

 芹沢に1両金を貰う。

「これは、手間賃だ」

「ありがとうございます」

 子供の駄賃だな。しかしこれでいいのだろうか。疑問だ。

「それですまんが飲み代は、京都守護職の水府藩公用方の木村に回してくれ」

「水府藩公用方、木村さまですか?」

「ああ、拙者の兄だ」

 なるほど、そっちの方の人脈も繋がっているのか。

この芹沢と一緒にいる者たちの格好は、いつも綺麗。

確かに今やった、強請り,たかりもあるだろうが、そうそうやっているはずはない。京に人脈を持っているからこそできる身なりなのだな。

と、段々に分かってきた。



 そしてそのまま飲み、朝を迎えた。

酒は嫌いじゃない。朝まで飲むのも嫌いじゃない。

しかし物を投げる。鉄扇で割るとういのはいかがなものか。

酒乱と言うやつだ。

刀は店に入るとき預けるので刃傷沙汰にはならないが、暴れる芹沢は巨漢のため、止めるのは大変だ。

「一見お断り」のお店に入れて、はしゃぐのは仕方ないかも知れないが、

「やれ、食べ物がまずい」「女が酌をしない」「踊りが下手」それこそ、なんにでもケチをつける。

とにかく喧嘩を吹っかけたいとしか思えない行為を繰り返す芹沢だ。

こっちも最初は暴れている芹沢の機嫌をとって抑えていたが、面倒になり、ほっといたら、いつの間に寝ていた。みんな寝ていた。雑魚寝というやつだ。

 そして気が付いたら朝になっていた。そして寝ていた座敷を見て驚いた。

みんな床に転がっているのだが、その周りにしてお膳はひっくり返り、食べ物は散乱。徳利が転がっており、柱にたたきつけられて何個いや何十と破片になって飛び散っている。見回すとひどい情景が広がっていたのだった。

 これは宴会の後ではなく、戦闘あとの死骸を見ているような有様になっていた。

「ひでえ。どうしよう?」

 しかしどうなるものじゃない。

そういえば「朝、戻ってください」と土方さんが、念を押していたのが、思い出す。

「みんなを起こすか?」

しかしきっと煩がれるに決まっている。

「もういい」

こちらはほっといて八木邸に戻ることにした。




 八木邸に戻ってみると、家の前に人が並び、訪問客で溢れている。

どうしたことだ?これはいったい・・・・・・

「この集まりは?」

斎藤がいそがしく動いているのを見つけ、聞いてみた。

「先日、新しい隊士の募集のため道場巡りをした。それに答えて集ってくれた人だ。これから試験をやる。いま、その受付をしている所だ。・・・・・・そういえばしばらく見なかったが、芹沢局長と一緒だったのだよな?そちらは、どうしていた?」

「こちらは・・・・・・」

 芹沢たちは押込み強請りのようなやり方で金を稼いでいる。・・・・・・どうする?みんなに言うか?しかし言えば問題になるだろう。・・・・・・あとで考えよう。

「・・・見回りだ。そして酒飲んで、今帰りだ」

「すまんが中で人が足りない。手伝ってくれ」

 母屋に入ると、人が並んでいる。土間で署名する列を作っている。

生国、身分、道場、そして名前を書かせる山南さん。


「なかなか集まったな。いいぞ」

 近藤局長は土間を見下ろし嬉しそうに見つめている。

「たった1日でこの反響か。ゆっくりと浸透させてようと考えていたが早い。さすが京だ。・・・・・・そんなに浪士組は人気あるのか?」

 いや違う。みんなの顔を見ると拙者には分かる。

「みんな金がないから、新しい仕事先を探して集まってくる」

 今、全く仕事がない。志士の侍はうるさい。攘夷と天誅で歩いているだけで因縁付けられて殺されかねない。

どうせ命をかけて戦うのなら、それで金を稼ぎたい。

この浪士組はそんな仕事。だから参加する気になっているだけだ。


 庭に出ると斎藤も出てきて、検査官として立会いを見るようだ。

「佐伯、署名が済んだ順番に、こちらに連れて来てくれ」

 拙者を呼び補佐にさせる。

土間で名前を書いた順に二人一組ずつ作り、斎藤の前に出していく。

そこで立ち会わせて、剣術確認する段取りだ。

 他に目録や免許と書いてある人間は、別に連れていく。そして順番に、指南役と立ち会うように並ばせる。


「木刀?うえー」

 応募者全員、拙者が渡す木刀に驚く。

「噂は、本当だ。木刀だよ」

驚くのは無理もない。今、習っているみんなが習っている剣術道場は、竹刀で打ち合いをしている所が多い。

 江戸で有名な道場は皆、竹刀でやっている。竹刀によってケガが少なくし、剣さばきを上達させるための稽古をさせているのが主流だからだ。

それも流派によっては、腹に胴をつけさせた上で、小手をつけたり、面をつけたりしてもっと防備を装着させて、とにかくケガをさせないように配慮している所もある。

そんな道場では、木刀などめったに持たないのだ。

 拙者もそうだ。いきなりは木刀は厳しいである。

竹刀稽古は足捌きでいけるが、木刀となると重くてそうはいかない。しっかりと踏み込まないと振り下ろすことさえ出来ない


「立会いの試合は木刀なのですか?」

 誰かが聞いたのに斎藤は答える。

「当たり前です戦いです。殺さないと殺されます。でもさすがに真剣で出来ないので木刀です。これから稽古も全て木刀と思ってください」

「・・・・・・」

 息が詰まる緊張感が漂った。

そう竹刀と木刀では、断然怪我の数が違う。木刀ならば頭に食らって死ぬ奴も出るからだ。




 立会い相手は藤堂平助がした。

藤堂平助という男は身長・約五尺(153センチ)町中の人間では平均的な身長だが、剣術をしている人間は五尺七~六尺(171~180センチ)とか大きいものが多い。

 試衛館の人間も大きい者が多く、その中ではとても小さく見える。

 そして藤堂平助は綺麗な顔立ちをしていて年齢も19歳と若いため、まるで女の子のように見えた。だから平助を見て立ち会う相手は、大体少し舐めてかかって行く。

 しかし平助の腕は北辰一刀流の目録。

その上、人斬り経験者。そう簡単には行かない。おまけに生まれも育ちも江戸。江戸っ子で物凄く気が短い。

「早くしねえか。来ねえならこっちから行くぜ」

 最初の相手が身構えた瞬間に跳ねて、上段から頭に面を食らわす。

あまりの速さに相手は対応しきれない。木刀で受けれず面をもらう。

いくら寸止めでも、木刀の重みは止まらず、打ちが流れて頭に当たってしまった。

相手は額が割れて血を飛ばし、一発で気絶した。

平助という男、随分乱暴な奴だと分かった。


「ダメだ、平助。交代だ。お前じゃ立ち会いにならん・・・・・・佐伯、交代だ。頼む」

「うへ」

 拙者かよ。まあ使命を受けたからには行かねばならん。

「ちぇ、もうちょい遊びたかったな」という平助から木刀を預かり、次の順番の相 手と向かい合う。そして次に出てきた男は、

「身体がデカい。凄いな」

 身長が6尺1寸(185センチぐらい)がっしりした体格の大男が前に現れた。

「摂州浪人島田魁と言います。目録です」

「柔術上がりだから頑丈だぜ。思いっきり行ってくれ」

 いつのまにか永倉が見に来ていて横から言う。どうやら知り合いのようだ。ならば手練れだろう。


 互いに構えて、斎藤の「始め」の声で始めた。

「確かに、独特の威圧感がある。剣術と違うな」

 立ち会うと山のように見える。

「しかしこちらも目録、そう簡単にはやられない」

 見ると小手が空いている。

「掴みがぎこちない。あまり慣れてないのか」

 掛け声とともに、こちらは面を打ちに行き、そして小手うちの連続技を繰り出し、相手を押し込む。

 向こうは突っ込みを鍔で受けて、面は頭を振ってかわす。

ぎこちないが右手を振って小手を避ける。

それから上段に振りかぶって面を打ってくる。


 それを受け、ここでぎこちない右手を狙い、すかさず小手へ打ち込んだ・・・・・・が、向こうは木刀から右手を外していた。

「え?」

  当然空振り。

すると島田はニヤと笑って左手一本で木刀を回し、上段から面打ち。

とっさに頭は何とか避けれたが、肩口に木刀の先が袈裟斬りのように体に当たる。

う、痛ってえー。

「浅い。まだまだ」

 と、検査官の斎藤の声が聞こえたが、打たれた痺れのために左手が効かない。

いかんと思い後ろのに跳び下がり逃れようとしたが、

「まだまだ、それじゃ近いですぞ」

 島田、笑って踏み込むと、体が大きいので一歩で目の前まで来る。

そこで踏み込んで横なぎの胴打ち。

 それが胴に届き、見事に決まる。

崩れるように四つん這いでヘタリ込んでしまった。

「お。それまで。島田殿、そこまで」

 島田、礼をして下がる。

「ダメか?佐伯。・・・・・すみません。沖田さん変わってください」

 四つん這いで、息を整えている拙者の所に、沖田が来て笑う。

「大丈夫ですか?もっと稽古しないと、これじゃ貴方が不合格になっちゃいますよ」

「すみません。精進します」

 そう言ってなんとか立ち上がるが、まったく足に力が入らん。


「佐伯こっちに来て見ろ」

 永倉に呼ばれ、沖田に木刀を渡し代わってもらい、ふらつきながらたどり着き、着物をはぐって診てみると、最初に食らった袈裟切りの跡が真っ赤にミミズ腫れになっている。

「うん、鎖骨が折れているが、大した事ない。よくあることだ。心配ない」

 肋骨を折られた?よくあること?どんな稽古だ。

「まあ数日は重いものを持たない事だな。・・・・・・剣が持てないと言うことだから、せいぜい天誅組に気をつける事だ」

  原田が、笑っていう。

その言葉を聞いて、試験に場から逃げさせてもらう。

そして最後にすれ違った土方さんに脅される。

「佐伯、おまえ死ぬぞ」

 耳元でボソッと、言って去っていく。

「・・・・・・」

 そうだよな。拙者には無理だよな。拙者は誰よりも弱い。剣術で勝てない。

その拙者が、修羅の道?無理だろう。

拙者が剣術で手柄をあげるのは、難しいかもしれないな。


母屋で、框に寝転がる。

「確かお預かりだったよな?お預かりって手柄を立てないと報奨金が出ないのだよな?」

 拙者はどうする?うまく立ち回らないと、やっていけないだろう。

参ったな。


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